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伝染病の特効薬(5)

全ての町人に薬が行き渡り、重症だった患者も快方に向かった早朝、ソフィアは消えた女性を思いながら疲れ切った体を建物の隅で横たえた。しかし数時間もしない内に、入り口付近で上がる怒声に叩き起こされることとなる。


「私は教会の神兵だ。ここに魔の者がいると聞き参上した!どこに居る⁈」

「そ、そんな。彼女は私たちの病を治してくれて…」

「魔の者を庇い立てすれば、其方も魔と通じる者として処罰するぞ!大体、この伝染病も魔の者が広めたのだ!それを治すなど、広めた張本人なら容易い事だろうよ」


聞こえてきた会話の内容に、ソフィアは顔を青ざめさせた。神兵が来たのだ。このままここにいては、庇おうとした人にも迷惑をかけるかもしれない。

ソフィアはクタクタの体を無理やり起き上がらせると、裏口から飛び出して走り出した。


「おい!裏口から逃げたぞ!」

「こっちです!あの女です!」


すぐに男の怒鳴り声が聞こえて来て振り返る。恐らく彼らが神兵という人達なのだろう。立派な白い甲冑を着込んだ数人が剣を手に迫ってくる。その横には、先日いなくなった女性がソフィアを指差し神兵を誘導していた。ソフィアは胸の痛みから目を逸らす様に女性から視線を離し、がむしゃらに足を動かした。


ーーとにかくここから離れればいい。私に、逃げこめる先などこの時代どこにもないのだから。

ソフィアは脳裏に浮かんだ赤髪を頭から振り払いながら、一直線に森へ逃げ込む。


しかし森の直前で、神兵から投げつけられた剣が腕をかすった。その衝撃と痛みで、ソフィアはズザッと地面に倒れ込んでしまった。


「うっ!」


痛みで滲む視界で必死に立ち上がろうとするが、下卑た笑みを浮かべた男達に囲まれ背を踏みつけられた。


「こいつが町民達を誑かした魔の者か」

「病を撒き散らしておきながら、如何わしい薬で町民を誑かしておったようだ」

「町民の中にはこの魔の者に肩入れしようとする者もいる始末、まったく嘆かわしい。神への冒涜だぞ。此奴はその罪を償う為にも、いたぶった上で町民達の前で首を切らねばな」


頭上で交わされる言葉に、ソフィアは恐怖で震える手をギュッと握りしめて耐えた。

せっかくカイルが心配してあんなに止めてくれようとしていたのに、結局捕まってしまった。怖いし、もちろん死にたくない。でも、もし死んでしまうなら、この事がカイルに伝わらないで欲しいと思った。あの真面目で優しい人は、数日共にしただけの私なんかの事でも、気に病んでしまうような気がしたから。


「とりあえずは、逃亡防止に足の腱を切っておくか」


まるで道端の虫を殺すかの様に簡単に落とされた言葉に、ソフィアはゾッと背筋を震えさせた。頭上でギラリと光を反射させた剣が振り下ろされるのを、ソフィアはギュッと目を瞑って覚悟した。その、瞬間ーー。


「グワッ」


キンッと剣同士のぶつかる音と、男の呻き声が響いて、次の瞬間にはふっと背中が軽くなった。そして目の前には、見慣れた灰色のフードと、そこから溢れる赤髪が鮮やかにソフィアの目に焼きついた。


「カ…イル…?」


カイルはソフィアに振り下ろされていた剣を自身の剣で振払い、流れる動作で残り二人の剣も弾き飛ばした。


「ぐっ、強い…⁈」

「その赤髪、まさかお前、近衛騎士の…⁈」


神兵の一人がカイルの髪を見て何かに気付いたのかハッと声をあげるが、カイルはお喋りは終わりだとばかりに手刀で男達の意識を刈り取った。そして振り返ると、座り込んだソフィアの前に膝を折った。


「すまない、もう少し早く来ていれば」


後悔するようにソフィアの腕の傷を見て、カイルは取り出した布で傷口をギュッと縛った。そこまで、呆然とカイルを見ていたソフィアはやっと消え入りそうな声で言葉を発した。


「カイル…?ど、して…」

「…さあな、俺にも分からん。ただ、来なければ後悔すると思ったから引き返してきた、それだけだ。言うなれば、勘だな」


やや気恥ずかしそうにそう言ったカイルに、ソフィアは泣きたくなるほどの安堵に包まれた。そして実際に、堪える事ができずにポロポロと両の目から涙がこぼれ落ちていた。途端に、カイルはオロオロと慌て出す。


「お、おい、そんなに痛むのか⁈本当は医者にみせてやりたいが、今から町に戻るのは危険だし…。落ち着けるところまで、少し我慢しててくれ…‼︎」


そう言ってカイルはフワリとソフィアを横抱きに抱き上げると、足早に森へ向かう。


「大丈夫…傷が痛いんじゃないの…。安心、したから。

…カイル、ごめんね。来てくれて、ありがとう…」


ソフィアの言葉に、カイルはホッとしたように息を吐いた。


「そうか。…はは、ソフィアは泣き虫だな」

「そ、そんな事ないよ!六歳の時から、泣いた事なんてないんだから!」

「そうなのか?俺の前ではちょくちょく泣いてる気がするが…」

「うぅっ」


笑いながらカイルとまた会話できていることが、嬉しくて仕方なかった。また迷惑をかけてしまっている事は分かっていたけれど、張り詰めていた糸が切れる様に安心感が胸を満たした。


そこに、小さな足音が近付いてきた。


「待って、魔女のお姉ちゃん!」


そこには大きな荷物を抱えたソーラが息を切らして立っていた。ソフィアの前までくると、その荷物をバッと差し出す。


「これ、町のみんなからなの!食べ物とか、包帯とかも入ってるから、持っていって!」

「こんなにたくさん…食料も少ないのに…」

「大丈夫!私たちはお姉ちゃんが治してくれたから、町に戻れるもん!それより、命の恩人の魔女様にちょっとでも恩返ししたいって、みんな言ってるの!だからお願い、持っていって!」


ソーラの言葉に、ソフィアはさらに涙腺が緩んでしまう。


「ソーラちゃん、ありがとう。みなさんにも、ありがとうって、伝えてね」

「うん、お姉ちゃん、本当にありがとう!」


手を振るソーラに、ソフィアはポロポロ涙を流しながらもカイルの腕の中から笑顔で手を振った。

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