うそなき
「俺、嘘だけはつかないから。」
「ふーん。」
君に出会ったのは初夏の日差しが強くなり始めたとき。
手に持つ自動販売機のアイスが溶けないように舐めながら彼の言葉に反応する。
「その顔、信じてないでしょ」
冗談めいた口調でそう言う君はサイダー味のアイス。
「信じてるよ」
呆れたように返す私はチョコレート味のアイス。
アイスと言ったら何味か、なんてくだらないことで盛り上がる。
数十分しか外にいないのに汗が染みたTシャツがまとわりつく感覚が気持ち悪い。
「早く車に戻ろうよ、暑い」
アイスが溶けていくのを感じながら私は言う。
「これだから冬生まれは暑がりなんだから」
そう言いながら彼は車の鍵を開けてくれた。
よくある二人のただの休日。
「もういいよ。俺のこと好きなフリしなくて。」
「なにそれ」
君に見抜かれたのは晩秋の夜の寒さが厳しくなったとき。
指が冷たくなったから、缶の暖かさで暖をとりながら彼の言葉に少し腹を立てる。
「気づかないとでも思ってんの。」
怒りと悲しみを混ぜたようにそう言う君はブラックの缶コーヒー。
「何の話か検討もつかない。」
怒りを隠そうともしないで返す私はホットココア。
君がブラックしか飲まないこと、私がコーヒーを飲めないこと、お互いがお互いを知り尽くしていたはずだった。
夜の公園の風は思いの外冷たくて、寒いと言うより刺すような痛みが辛かった。
「とりあえず車に入ろうか、寒い」
缶から温もりが消えていくのを感じながら君は言う。
「これだから夏生まれは寒がりなんだから」
そう言いながら持っていたカイロを彼に渡して車に乗り込む。
よくある二人のすれ違いの瞬間。
「もういいんだ。君の嘘には飽きた。」
「私がいつ嘘をついたって言うの。」
ムッとして少し強い口調になってしまう。
「俺は嘘だけはつかないって言ったよね」
彼は責めるように続ける。
「じゃあ君は?嘘つかないってそれがもう大嘘じゃないか。」
「嘘無きようにしようって二人の約束じゃん。私は守ってたよ。」
何でそんな目で見つめてくるの。泣きそうな目で、悔しそうな目で、そんな目で見ないでよ。
「君はもう、俺のことなんて好きじゃないよ。いや、最初から好きなんて嘘だったのかも。」
「なんでそんなこというの。」
声が震える。抑え込んでいた感情が、蓋をしていた汚い心の奥の部分が、堰を切ったように溢れ出す。
「もうこれ以上喋らないで……」
口を開いた君を牽制するように私は言う。体感時間およそ5分。実際は1分にも満たない沈黙。
どんどん曇っていくフロントガラスを見つめながらまた彼が口を開く
「愛の使い回しはもうやめろよ。」
「さっきからどうしてそんな酷いことばかり言うの!」
つい語尾が強くなる。彼が言う言葉は心臓を抉り取られるような感覚になる。
「これを酷いと感じるのは図星だからだよ」
前を向いていた君が私も見た時の目があまりにも切なくて、つい言葉が詰まる。
彼の言う通り図星だったから。私が発する「好き」と言う言葉は一種のサービスで、君が私を好きでいてくれるための必要最低条件だと理解した上での言葉だ。
私は馬鹿でも鈍感でもないから、君が私を好きでいてくれることに気づかないふりができなかった。
私はずるい女だったから、君が私を好きでいてくれるようにリップサービスをすることができた。
私は好きになれなかった男に対して、過去の好意の記憶から愛を使い回した。心からの言葉ではなく、新鮮な好きでもなく、私の経験上の言葉を使っていたのだ。
それを彼はとっくに見抜いてた。
私が彼の好意に気づいたように、彼は私の演技に気づいていたのだ。
「ごめん、本当に……」
溢れ出す涙を拭きながら私はただ謝ることしかできない。
バレると思わなかった。自分の汚い部分が。嫌われたくない、むしろまだ愛されていたいと言う欲深い部分が。
「もう信じてくれないと思うけど、それでも私は君が好きだったよ」
大粒の涙を流す私につられたのか、君の驚いたように開く目にも涙が溜まっていた。
「君は本当に最後まで大嘘つきだ。」
彼はそう言いながら泣き出す。私は何も言えずに黙る。それを見た彼は更に私を責めるように呟いた。
「嘘泣きなんてしないでよ。」