07
調理実習でクッキーを作ることになった。
初めてというわけではなかったので班のみんなと協力して努力して。
食べてみた感じでは美味しいものが仕上がったと思う。
「あー、余っちゃったね」
「どうする? みんなで持って帰る?」
「ちょっといいかしら」
「うん? 牛若さんどうしたの?」
なかなかにらしくない言葉を言おうとしていた。
班の子はクウナとフウナさんというわけではないから少しだけ緊張して手を握った。
「これ、持って帰っていいのなら少し欲しいのだけれど」
「あ、いいよ、全部持って帰っても。というか、牛若さんが1番真面目にやっていたもんね」
「そうそう! そのおかげで美味しいのが食べられたわけだしね」
「そう? ありがとう」
「「こちらこそありがとうございます」」
袋を先生から貰って中に入れていく。
ただ宮本さんにあげたくて貰っただけだ。
別にそのために真面目にやっていたわけではなく、班の子の足を引っ張りたくなかったからで。
あまり長時間持っていてもあれなので終わったらすぐにあの子に渡すために移動。
「宮本さんを呼んでくれる?」
「わかりました。宮本さーん」
初めて教室に直接やって来たからか、彼女は少し驚いたような顔でこちらを見ている。
「ど、どうしました?」
「これ、調理実習でクッキーを作ったのよ、良かったら食べてほしいのだけれど」
たかだか渡すぐらいでなにを緊張しているのか。
お弁当だって食べてもらっているのにいまさらすぎる。
「あ、ありがとうございます」
「ええ、それではまたお昼休みにね、あ、いつもの場所で」
元々教室には入っていなかったのに離れた瞬間、物凄くほっとした。
そんな寄り道をしたからなのか、教室に戻ったらまたフウナさんに絡まれて困惑。
そういうわけではないのだ、好きだと言ってくれているから渡しただけで。
作った物を美味しいと言ってもらえるのは純粋に嬉しいだけ。
なのにクウナにもかわかわれて、恥ずかしくて、お昼まで落ち着かなかった。
「「お、またふたりきりで食べるの?」」
「もう……やめなさい」
「「ごめんごめん、ふたりでごゆっくりー」」
はぁ……自分たちがからかわれた時のことを考えたことがないのだろうか。
いや、それでもふたりは喜ぶだけか、寧ろ自慢さえ始めそうだ。
「さやかさん」
「来たのね」
もうここで食べるのが当たり前のようになっていた。
食べ終わった後は扉の前で彼女に抱きしめさせて予鈴が鳴ったら戻っての繰り返し。
「はぁ……してはくれないんですか?」
「ええ、あんなことは滅多にしないわ」
「……してほしいです」
そういう時のためにこうして見えないところに座ってしている、と言いたいのだろうか。
「そんな顔で見ても駄目」
「そんなぁ……」
クウナとフウナさんはこういう時、どうしているのだろう。
抱きしめてあげて満足させて解散するのが1番、という可能性も……。
「ならせめて頭を撫でてくださいっ」
「それぐらいならいいわ」
彼女の柔らかな髪を優しく撫でていく。
ひとつ怖いのはこういうことを本心から求めてくれているのかということ。
いや、寧ろ興味もないのにこういうことを言ってくるのは怖いか。
「……今日もまたチアキちゃんとやるんですか?」
「ええ、受験が終わるまではずっとでしょうね」
こちらも捗るから悪い時間ではない。
チアキにとってはどうかわからないところが不安ではあるが。
「私も行きます、もうあなたから離れたくないっ」
「ええ」
やはりこうして急に変わられると困ってしまう。
無敵の「ええ」としか言えずに好きなことをやらせておくしかない。
安心してほしくて頭を撫でておくのが精一杯。
「キス……」
「えっ?」
「フウナさんとクウナさんはしているんでしょうか」
「あの仲だと……」
しているのではないだろうか。
一緒に寝るのは当たり前みたいだし、堂々と抱きしめあったりもできるわけだし。
家でそういうことが行われている可能性は0ではない。
「したこと、ありますか?」
「ないわね、相手がいなかったもの」
両親はノーカウントだろう。
それなら安心してほしい、私にはこれまで親しい人がひとりもいなかったから。
「あ、クッキーとても美味しかったです、ありがとうございました」
「え、結構枚数があったと思うのだけれど」
「全て食べました、サヤカさんがくれた物はすぐに食べますよ」
みんなで作ったということは内緒にしておこうと決めた。
確かに無駄に張り切っていたから私が作ったと言っても過言ではないからだ。
「あの、今日はチアキちゃんに内緒で泊まってもいいですか?」
「わざわざ内緒にする必要はあるの?」
「あります」
「私は別に構わないわ」
「ありがとうございます」
――そういう約束をしたところでやることは変わらない。
放課後になったらいつも通り帰って勉強会の開催。
休憩中にはチアキを甘やかして、終わったら送って。
でも、今日はわざわざ送ってからまた一緒に帰るという不思議な時間を過ごすことになったが。
「サヤカさんとふたりきり……しかもお部屋で……」
あの時浮かべてくれた表情をすぐ目の前で見せてくれた彼女。
大丈夫、私は普段通りに過ごしていればいい。
ご飯を食べたりお風呂に入ったり、終わったら復習をして寝るだけ。
なのに……すぐに寝ることができなくて体を起こす。
「寝られないんですか?」
「ええ、喉が乾いてしまって、少し下に行ってくるわ」
あのまま寝られていたら、あくまでいつも通りで終われていたのに。
彼女だって想像よりも大人しかったのだ。
一緒に入りたいとかそういう変なことは言ってこなかったし、いまだって大人しく横で寝ようとしてくれたというのに壊してしまった。
「はぁ……どうして」
このソワソワ感はなんだ?
大好きな家にいるのにこれは……良くない感情だ。
「やっぱり私が無理言ったからですか?」
「いえ、そういうわけではないの」
いつの間にか私ものめり込んでいたのかもしれない。
素直じゃないと言った時のクウナの気持ちがわかった気がする。
本当は怖かったのだろう、直接「興味を失くした」と言われるのが。
だからこの子が望むならとかそれっぽいことを言って直視しようとしていなかった……のかも。
「それなら床で寝ましょうか?」
「気にしなくていいわ、あなたが嫌なら敷布団を用意するけれど」
「いえ……私はサヤカさんと寝たいです」
「それなら戻りましょう」
それならせめて反対画を向いて寝よう。
意識しないで済むように耳栓を利用してもいいかもしれない。
「サヤカ……さん」
「な、なに?」
「このまま、いいですか?」
いいですかってなにを? と困惑していたら抱きしめられて体を硬直させる。
そんなに魅力的な背中だったのだろうか、思わず抱きつきたくなるようなそんな。
「……満足、できるの?」
「はい、えへへ、おやすみなさい」
それから割とすぐに穏やかな寝息が聞こえ始めて。
こちらは動揺が伝わらないようにとか、起こさないようにとか考えていたら当然寝られず。
初めて朝まで起きておくことになってしまった。
「ふぁぁ……おはようございます」
「ええ、おはよう」
こちらを抱きしめるのをやめて座り直した彼女は眠たそうに目を擦っている。
寝られなかったこちらとしてはいますぐにでも転んで寝たいぐらいだけれど……もう無理、諦めて起きて、顔を洗って強制的にすっきりさせた。
そこからは自分の分のお弁当を作って、朝食は摂らずに家を出た。
「キキ……」
「えっ?」
いやいや、いまのは都合よくそういう風に聞こえてしまっただけだろう。
それにたかだか名前を呼ばれた程度でいちいちドキドキしていたら心臓が保たない。
「キキ、もういいわ」
「あ……大丈夫なんですか?」
「ええ、少し寝られて楽になったわ」
体を起こして伸びをしている。
それでもまだ眠たいのかなんとも言えない表情でこちらを見てきた。
「昨日、なぜだか落ち着かなくて寝られなかったのよ、そこで抱きついたりなんかしてきたからそのままずっと起きていたの」
「す、すみませんっ」
私が寝られたのならいいと言って微笑むサヤカさん。
待って、これまでこんな自然で柔らかくてすてきな笑みを浮かべてくれたことなんてなかったぞ。
名前を呼ばれた後だからそう感じてしまっているだけ? 単純な私の心が過剰に反応してしまっているだけの可能性も否めない。
この人はずるいんだ、それこそそれっぽいことを口にしてこちらをその気にさせている。
これでもしあっさりと別のいい人なんて見つけられたらどうしようもない。
私は頼まれた、そういうことを教えてほしいと。
けれどそれは重要ではない、私がただ単純にこの人といたいと考えて行動している。
悩んだのは本当のことだ、このままでいいのかって1週間も馬鹿みたいに。
だけど1週間ぶりにピシャリと言われて、その後に優しくされて。
もう駄目だった、悩むことすらできないぐらいになってしまったのだ。
「この前、クウナに名前で呼んでみたらどうかと言われたの、だからしてみたのだけれど……嫌ではないかしら?」
「嫌なわけありませんよ、寧ろこれまでの方が嫌でした」
サヤカさんは「そういうものなのね」と呟いて立ち上がった。
私よりも数センチぐらい高いとはいえ、頭を撫でようと思えばできる高さ。
「名前で呼んでくれてありがとうございます」
「さっきもしていたわよね」
「うぇ!? き、気づいていたんですかっ?」
「ええ、またあの乙女の顔をしていたわよ」
それはめっっちゃっ、恥ずかしいな!
正直に言って指摘された時にどういう顔をしていたのかはわからない。
なんで自分で自力で確認する術がないんだろうと相当に文句を言いたくなったものだ。
でもサヤカさんは困ったような表情を浮かべてしまうぐらいのもので。
あの時の私は真面目にやっているサヤカさんをぼうっと眺めてしまっていて。
特になにも考えていなかった、見ていなければならないという使命感みたいなものがあって。
喋りかけられてからやっとじっと見ていたことに気づいたくらいだった。
「綺麗でしたから、サヤカさんの顔や雰囲気が」
「ふふ、そんなこと初めて言われたわ」
そうじゃなければ困る、ライバルはいない方がいい。
また予鈴というものに邪魔をされてしまったので仕方がなく別れた。
「そこの」
「キキだよー」
「サヤカとは上手くいっているようだな」
「うーん、どうなんだろうねー」
嫌がられているわけではないことはわかった。
後輩に頭を撫でられたというのにあの類の笑みを浮かべているということはつまりそういうこと。
一緒にいてくれているのも恐らく少し――1ミリぐらいは一緒にいたいという気持ちがあってのことだと思っている。
「良かったな」
「ありがとね、私のために動いてくれて」
「もしそうでなかったのなら」
あれ、なんか絶妙に噛み合っていない気が。
「私がサヤカを貰っているところだったから」
うそ……と困惑している間に「冗談だ」と笑って彼女は教室へと入っていった。
私も慌てて教室へ入ったが、こちらを煽ることもせず大人しく席に座っているだけだった。




