05
結局私は私らしく生活していくしかないと考えた翌日。
放課後まで宮本さんが教室に来ることはなく、放課後になっても顔を見せることはなかった。
私と違って明るくて人気もありそうな子だからこういうこともあるだろう、そのため特に気にせず学校を出てきた。今日はチアキとの約束もあるのだからいつまでも残っているわけにはいかない。
「こんにちは」
「あら、早いのね」
「はい、今日は午前中で終わりでしたので」
チアキは私の後方を見て「キキさんはいないのですか?」と聞いてきた。
今日は来なかったことを説明して鍵を開けて中に入る。
「今日はリビングでいいわよね?」
「大丈夫ですよ、私はサヤカさんがいてくれればいいですから」
こちらも勉強に集中できるからいい。
間違ったところがあれば指摘してもらえるので(本来は良くない)、その点も助かるところだ。
大体18時ぐらいまでふたりと黙々とやって少しだけ休憩タイムを設けて。
「あの、キキさんを抱きしめているというのは本当のことですか?」
今日も私の膝に頭を預けながら聞いてくる彼女にそうだと答える。
頻度を抑えていようがしていることには変わらない、させていると答えるのが正しいが。
「それなのに今日はいないんですか」
「ええ、連絡もないから風邪というわけでもないと思うわ」
風邪を引いていたのなら看病に来てほしいとか言うのが宮本さんだろう。
変なところで遠慮するようなタイプではないからわかる。
「私にもあなたの時間をください」
「いまは正にそうだと思うけれど」
「む、確かにその通りですね、膝枕だってしていただいているわけですし……うーん」
よく考えたらすごい話だと思う。
相手に自分のために時間を割いてくれと頼むのは。
そうしてほしいと願うのではなく本人にぶつけられる勇気が。
「でも……あなたにとってはキキさんの方が優先なんですよね?」
「別にそういうわけではないわ、けれど教えてほしいと頼んだの」
「それって、もしかして恋のことをですか?」
「そういうことになるのかしらね、私を振り向かせてほしいと頼んだのと同じかしら」
クウナとフウナさんを見ていると純粋に微笑ましく思える。
いつかあのように言えるような人と出会いたいと毎回感じる。
そして、あれだけ拒み続けてきたのにも関わらず来てくれたあの子ならと考えたのだ。
利用しようとしているのはあちらも同じこと、だからいちいち引っかかったりしなくてもいいはず。
「サヤカさんは興味がないかと思っていました」
「いまでもあまり変わらないわ、自分がすぐに変われるとは考えていないもの」
「……キキさんとの仲を深めていったらこういうこともしてくれなくなるんですね」
「宮本さんがそう望むのならそうでしょうね」
いまでさえ拗ねてしまうぐらいなのだから。
ただ、仮にその人が好きなのであれば誰だってそれに当てはまるのかもしれない。
あのふたりだってそうだった、短時間他人といただけであの様子だ。
恋をしている人間としては正しい反応なのかも。
「それでもいつまでもあなたと一緒にいたいです」
「それは私だって同じよ、チアキといたいわ」
「それなら良かったです」
30分ぐらい最後にやって、送るために外に出た。
もう外は暗い、もう少しぐらい早く帰らせるべきかもしれない。
とはいえ、ガツガツと短時間で詰め込むようなスタイルはお互いにとって合っていないと。
おまけに休憩時間を減らしたりすると宮本さんと会った日に面倒くさいことになりそうだ。
「役に立てなくてごめんなさい」
「何度も言わないでくださいよ、私はサヤカさんといられればいいんです」
「そう……ありがとう」
「はい、それではおやすみなさい」
自分がもっと他人のために役立てるような人間ならと考える時は多くある。
いるだけで明るくできる宮本さんなどを見ているとなおさらのこと。
「帰りましょうか」
なにかできることはないだろうか。
日付が変わるまで考えてみたものの、いい答えが出てくることはなかった。
「あれから3日間ぐらい宮本来てないね」
「私の方にも連絡ないよ、なにかあったのかな?」
あっという間に3日も経過してしまった。
その間もクウナが言ったように宮本さんは来ていない。
それでチェックしに行ってくれたクウナだったが、あの子自体は普通に登校してきているらしい。
友達と盛り上がっていたようだ、健康であるのならば特に気にする必要もないだろう。
「おいおい、それでもサヤカは勉強ですかい?」
「ええ、やって損というわけではないでしょう?」
「そりゃそうだけどさ、会ってくればいいじゃん」
「誰に?」
「誰って宮本にだよ」
あれだけ来ていたあの子が自分の意思で来ていないのだ。
それは飽きたとか理想と違うとかそういうところだろう。
なのに無理して行ったところでデメリットばかりで終わってしまうだけ。
「フウナさんに言えばいいじゃない、連絡先だって交換しているのでしょう?」
「確かに交換しているけどいいの?」
「いいのって、そんなことを決めるのはあなたとあの子でしょう?」
よくわからないことを言うものだと思う。
あの子と同じように行かないことを選択しているのだから尊重してほしい。
3日間一緒にいないぐらいなにもおかしな話ではないのに。
私たちは結局のところただの先輩と後輩というだけ。
フウナさんは「わかった」と呟き教室から出ていった。
珍しくクウナの方は残ってフウナさんの席に座る。
「素直じゃないね、そんなんじゃ取られちゃうよ?」
「別に構わないわ」
「私だったら絶対にフウナを取られたくないけどなあ」
「それならどうして残ったの?」
「それはサヤカが素直じゃないから」
素直じゃないと言われても……実際になにも気になっていないのだからどうしようもない。
「どうせならあなたも勉強をしたら? 教えてあげることはできるわよ」
「あ、なら教えてもらおうかな」
それでしてみた結果は、宮本さんやチアキみたいな感じだった。
教える必要がないレベル、この高校はレベルが低いというわけではないのだから当然かもしれないが。
見ていたら「勉強をちゃんとしておかないとフウナの家に泊まるの許してもらえないから」と答えてくれた。なるほど、確かにそういう点をしっかりできないのであれば色々縛られてしまうよな、と。
「何位?」
「25位」
「ごめんなさい、30位の女が調子に乗ったわね」
「別に気にしなくていいよ、フウナといられるように頑張っているだけだから。それがなければここまで努力したりしない、あの子がいるおかげで私はこうしてこの学校に存在できているんだよ」
私がいればと言ってくれるチアキが同じような考えだとは思えないが。
なぜなら中学生であるチアキよりも優秀ではないからだ。
1位になろうと努力しているわけでもない、私はそれしかなかったから自分にできる範囲でやってきただけでしかない。だから一緒にいたいと本気で思ってもらえているわけではないはず。
「というか、フウと呼ばないのね」
「あれはふたりきりの時だけにしようと思ってね、特別感が出ていいでしょ?」
「特別感……」
「サヤカも宮本のこと名前で呼んであげたら? あ、フウナが戻ってきたから行くね」
それでも表に出すのはやめようと決めた。
これでは自己責任だと片付けることができなくなってしまうから。
宮本さんやチアキが来てくれているから私も対応しているという形にしたい。
決してこっちが依存し求めようとしているわけではないままでいたいのだ。
「牛若さん、キキちゃんは普通に元気だったよ」
「ええ、教えてくれてありがとう」
「だから牛若さんのことを言うのはやめておいた。人に言われて近づいても結局意味ないから、大事なのはあの子の気持ちだろうからさ」
「ええ、そうしてくれてありがたいわ」
このまま来なくなるのだとしても構わない。
なにをどう選択しようが全て彼女の自由だから。
最初から気になっているというわけではなかったため、普通に残りを受けて帰宅することに。
またチアキと一緒に勉強をして夜になったらいつも通りのことをして。
「ふぅ」
就寝前の復習も終えてベッドに寝転んで、なんとなく携帯をチェックしたがなにもなし。
逆に安心したぐらいだ、あのまま続けていたら距離感を見誤るから。
お弁当を作るという約束を果たしているものの渡せていなかったから。
なかなか夜ご飯として食べるにはいいのか悪いのか気になる。
作ってから相当時間が経っているとどの季節であろうが引っかかる。
明日も来ないのであれば作るのをやめようと考えた。
「あ、サヤカさん?」
「駄目じゃない、中学生なのにまだ起きていたら」
先程まで家にいたチアキからの電話。
彼女は「そんなに早くは寝られません、夜中に起きてしまうので」と中学生らしいのかよくわからないことを言って少しだけ黙った。
「キキさんのことですけど」
「ええ」
「仲良くしていますか?」
仲良くしていないと言うと面倒くさいことになりそうだから継続中だと答えておく。
普段電話なんてほとんどかけてこないのにそれを聞くためにわざわざかけてくるなんて思えない。
「先程、知らない女の人といるところを見ました」
「先程って私が送った後のことよね?」
「はい、今日は新しい本の発売日だったので本屋さんに行っていたんです」
その帰りに知らない子といるところを見たと。
恐らく宮本さんのことだから仲良くしていたに違いない。
妹がいると言っていたからその可能性もありそうだ。
「あまり遅くに出歩くのはやめなさい、付いて行ってあげるから」
「ありがとうございます、今度からはきちんと言いますね――ではなくてですね、いいんですか?」
「あの子が誰と仲良くしていようが自由じゃない、気にする必要はないわ」
早く寝るように言って切らせてもらう。
こちらには関係ない、重要なのはあの子が来たいと思えるのかということだ。
このまま会わないことを続けるのなら尊重しようと決めて寝ることに専念した。
「はい、もう1週間来てないね」
「ふふ、終わりかしらね」
なんだかんだでクウナが来てくれるからそこまで気にならない。
こちらに時間を使うことがもったいないと判断したのだろう。
それは賢明な判断だ、私といても得られる物はなにもなく時間を無駄にしてしまうだけだから。
「だからってフウナを狙わないでよ?」
「大丈夫よ、あなたを狙うから」
「だめー!」
「冗談よ、恋とかそういうのはわからないもの」
自分から動いたことがないから去られてもなにも傷つかない。
この時点で大したことのない繋がりだったのだということが証明されている。
「私はクウちゃんといるといつも胸の辺りがぽかぽかと温かくなっていいけどなあ」
「私はフウナといると落ち着くよ」
「だからクウちゃんは私じゃなければだめなの」
「そもそも宮本と仲良くしなければ良かったんだけどね」
「それは言わないで、友達になりたい子はいっぱいいるんだから」
どうやらふたりの世界を構築してしまったみたいだ、証拠に話しかけても反応がない。
いつだって賑やかで楽しそうで元気で幸せそうで、こういう子の側にいるのが1番だ。
私でもそう思えるのだから宮本さんにとっては――いや、別にこんなことを考えても意味はない。
暇なら勉強でもしておけばいい、放課後になればチアキという頼もしい子と一緒にできる。
孤独ではないのだ、学校でひとりだろうと本当に意味でひとりになることなど絶対にないのだから。
だから気にせず勉強だけに集中した、お昼休みも教室でお弁当を食べた。
逃げる必要などない、私の居場所も確実にここにあるのだから。
「こんにちは」
「今日は高校に直接来たのね」
「はい、一緒に帰りましょう」
でも、これは依存してしまっているだけではないだろうかという不安。
自分の側にいてくれるのはこの子と家族だけだからと考えたら駄目だった。
平日にチアキがやって来て抱きしめられた時の感じに似ている。
「今日もいないんですね」
「最近は忙しいみたいなのよ」
まだ外は明るいからなんとか隠したい。
いつも無表情で怖いと言われてきた自分を信じれば問題ないはず。
「あ、それより仲直りはできたの?」
「私のことはどうでもいいじゃないですか」
「……宮本さんならもう1週間も来ていないわよ」
「ですよね、本人から聞いていましたから」
ならどうしてわざわざこちらに聞くようなことを。
「言っておくけれどね、喧嘩とかはしていないわよ?」
それどころか逆に雰囲気だっていいように思えていたが。
あれさえ偽物だということなら私が見破るのは不可能ということになる。
「1度でも自分から行ったことはありますか?」
「それはないわ、だってあの子が自分の意思で近づいてきていただけでしょう?」
「つまり、自分から動くのが嫌だったんですね、それか傷つきたくないからでしょうか」
「それはあなたの言う通りよ。でもいいじゃない、あの子が近づかないことを選択したのだから」
チアキにとっても悪くない展開だろう。
いちいち言い争いをしなくて済む、もっとも、あれが本心から出た言葉であればだが。
ない、そんなことはないか、他人よりも自分のことは自分が1番理解しているのだから。
「すみませんでした、忘れてください」
「ええ」
今日は帰るということだったので送ってから私も家に向かった。
なんにもない毎日でもいい、悪い意味で目立って面倒くさいことに巻き込まれるよりかはずっと良かった。私は私らしく生きていくだけだ。




