home番外編~ココロのキョリのはかりかた~
オリジナル漫画のバレンタイン番外編になります。
恋人たちが浮かれるバレンタインが近づく中、ガルアディアはなぜか浮かない様子で……
「ああ、もうすぐバレンタインか…」
仕事で買い出しに来ていたフィリアは、店に飾られたリボンとバラの花を見つけて呟く。
2日後に迫ったバレンタインに向けて、あちらこちらの店先にバラが飾られだした。街全体も浮かれているように感じられる。
「そうですね。今年は平和に済むといいけど…」
同行者、ガルアディアが溜め息混じりに答える。昨年はフィリアにある事無いことを吹き込まれ大変だったのだ。
「まだ根に持ってんのか?悪かったって。でも、おかげで嬢ちゃんの気持ちも確かめられただろ?」
「っ、それとコレとは別問題ですっ!」
ガルアディアは頬を赤らめそっぽを向く。未だに初々しい反応を見せてくれるのが楽しくて、ついからかってしまうのだが。
「いいよなー。恋人のいるヤツは。楽しいバレンタインが待ってるんだから」
「……楽しいばかりじゃ無いですよ」
突然複雑な表情になったガルアディアを、フィリアは不思議そうな顔で見つめる。
「何言ってんの?お前ら誰がどこから見ても順調じゃん」
「本当にっ?そう見えますか?」
ガルアディアの勢いにフィリアは押され気味に答える。
「ええ~?見えるだろ。一緒に暮らし始めて、二人の仲だって急接近ルート一択だろ」
そう言った瞬間に、フィリアはヤバいと悟った。ガルアディアの周りの空気が一気に重くなったからだ。
「そう、ですよね」
「おい、ガル。これはだな……」
「すみません、先に戻ってます!」
フィリアの言葉も待たず、ガルアディアは塔へ向かって走り出してしまった。残されたフィリアは困り顔で立ち尽くす。
「あーあ。地雷を踏んでしまったね」
「わっ。キール!」
突然背後、いや、ほぼ耳元で声をかけられフィリアは飛び退く。
「驚かせんな。んで、盗み聞きするんじゃねぇ!」
「してないよ。君たちを見かけたから声をかけようと思っていたのに、ガルアディアが走っていってしまったんだから」
趣味はいたずら、特技は盗み聞き、なキルシェアージュの言うことなので、アテにはならない。フィリアはキルシェアージュの笑顔を睨みつけながら、一言尋ねた。
「……俺が悪ィのか?」
「さあ。僕には何とも。今回ばかりは僕たちが世話を焼くべきじゃないでしょ」
そう言って、笑顔のまま自身が山のように持っていた荷物をフィリアの腕に預け、先に帰って行った。
「重てっ。こらキール!待ちやがれ」
* * *
「リア、好きだよ」
ガルアディアはソファに座るリアの横に腰をおろし、抱きしめた。
「?どうしたの?急に」
リアは抱きしめられたままびっくりして問いかける。
「どうもしないよ。好きな人に触れていたいと思うのは自然なことだろ」
「そう……」
言葉を濁すリア。
「リアはそんな風には思ってないか」
ため息と共に少し険のある言い方をしてしまった。
「何よ、その言い方。私がガルのこと好きじゃないって言いたいの?」
リアの声が低くなる。つられてガルアディアもキツい口調になる。
「言ってねーだろ!思ってねーかは別だけどな」
「どうして……」
ガルアディアは声を荒げて言い返した。
「どうして、は俺のセリフだよ!リアは本当は俺のこと、何とも思ってないんじゃないのか?」
彼の剣幕に身体を強ばらせるリア。涙をこぼしながら、やっとの事で言葉を絞り出す。
「なんでそんな事言うの……?」
「不安なんだ。リアが本当に俺の事を好きでいてくれてるのか。俺ばかり好きな気がして。リアとの心の距離を感じてる」
リアとは目を合わせずガルアディアは今まで心に閉じこめてきた不安を吐き出す。
「……身体を許せば心を許してるって証明になるの?」
沈黙の後、震える手を握りしめながらリアが発した言葉に、ガルアディアはハッとする。
「ごめん。俺最低だな。今日は向こうで寝るよ」
リアを残し、ガルアディアは別室へ寝室から布団を運ぶ。いつまでも見えない彼女の気持ちに対する不安と、自己嫌悪で頭の中はぐちゃぐちゃで、なかなか寝付けなかった。
* * *
「暗い、うっとおしい。仕事にならん」
本日何十回目かのため息を聞かされ、リディが怒りを押し殺しながら言う。
「はあ」
「貴様、喧嘩を売っているのか?」
尚も態度を変えないガルアディアに、リディはキレる寸前だ。
「どうせ俺なんて、人を不快にすることしかできないんだよ。自分の不安とか気持ちばかり押し付けて、最悪だ」
「……」
尋常でない落ち込みようのガルアディアに、リディも困惑するばかりだ。
「いつも、うっとおしいくらいポジティブなお前が、そこまで落ち込むなんて何があった?」
「リディ~」
今度は半泣きで抱きつかれる。抱きつくガルアディアを引き剥がしながらリディは叫ぶ。
「本当にうっとおしい奴だな!お前は!」
ガルアディアの前に無言でやや乱暴にカップが置かれる。リディがコーヒーを入れてくれる事は珍しい。今回は、一通り話し終えても尚、メソメソしているガルアディアを落ち着かせる為、一旦席を外してくれたのだろう。
「さんきゅ」
一息ついたガルアディアにリディは冷たく言い放つ。
「つまり、お前は昨晩進展しない二人の仲に焦り、リアさんを泣かせた挙げ句、俺の事が本当に好きなのか分からないと言って、追い討ちまでかけたということか」
「あぁ……」
「最低だな」
「解ってるよ。リアにもきっと愛想尽かされた……」
リディに一刀両断され、ガルアディアは頭を抱え込む。
『……身体を許せば心を許してるって証明になるの?』
目に涙を浮かべながら最後にそう言ったリアの顔が頭から離れない。
「おい、彼女はお前に心を許していないなどと、本気で思っているのか?」
「正直自信はない。滅多に触れてくることもないし、こっちから動いた結果がこのザマだぜ?」
ガルアディアの返答にリディはため息をつく。
「まったく……、自分のことしか見えていないんだな」
「はあ?どういうことだよ」
苛立ちを見せるガルアディアに対し、リディは冷静に言葉を続ける。
「俺の印象でしかないが、彼女は男性に強い恐怖心を持っているのではないか?」
「あぁ……」
以前、異性に慣れていないとリアは形容していたが、男性の大きな声に怯える様子や、フィリアに肩を触られただけでも身を堅くする過敏さはそれだけが理由では無いように思える。
ガルアディアにも思い当たる節はあるようだ。
「もともと、あのような村に一人で暮らしていたんだ。何か訳ありなんだろう。何も聞いていないのか?」
「なかなかタイミングがなくて……」
ますます暗くなっていくガルアディア。思わずリディは彼の頭をはたいていた。
「いてっ」
「お前の覚悟は所詮その程度なのだな。彼女の覚悟と全く釣り合っていないではないか」
あまりの言われようにガルアディアはガバッと身を起こす。
「そんな事ねぇよ!俺はリアのどんな過去だって受け止めるつもりでいる。あいつがその気になるまで待つ覚悟だって……してたはずなのに」
なのに、自分は……。結局、不安になって泣かせてしまった。
彼女が自分の隣で笑っていてくれるのなら、他には何も望まない。たとえ、これ以上彼女に触れることが一生叶わなくても。
「俺がずっとリアを守るって決めてたのに、俺が一番傷つけた……」
暗い空気が室内を占拠する。落ち込むガルアディアを横目に、リディは作業の手を再開する。ほぼガルアディアは役に立っていない為、今日の業務はリディ一人で行っているも同然だ。一段落ついたところで、リディは再度口を開く。
「お前は本当に何も分かっていないな。彼女がどれだけお前を頼りにしているのか、お前に歩み寄ろうとしているのか、何一つだ」
「俺に……?」
「知っているか?彼女は未だに、異性には全く触れることができないんだよ。比較的身近にいる俺たちにもだ」
少し前に、リディとフィリアが研究中の事故で怪我を負った事があった。
近くを偶然通りかかったリアが駆けつけてくれ、手当てをしてくれようとしたが、出来なかった。包帯を巻こうとするも、腕に触れようとしただけで彼女の手は震え、動けなくなってしまったそうだ。
「ごめんなさい。少し驚いちゃって」
何とか動こうとするリアをフィリアが制止した。
「いやいや、無理するな。嬢ちゃんが野郎を苦手なのはわかってる。自分たちで何とかできるからさ」
「やっぱり気付いていましたか。こんな時にさえ何も出来ないなんて。本当にごめんなさい」
その話を聞いて、ガルアディアは驚く。
「そこまで……?だって俺には」
「そう。お前だからだ。彼女はお前にしか触れられないんだよ。彼女が、どれだけの覚悟を持ってお前に触れていたのか考えたことがあるか?」
今となっては抱きしめれば応えてくれることが当然で、それがどういう意味を持つかなんて考えたことかなかった。どれだけの葛藤を経て、自分を受け入れてくれたのだろうか。どれだけの勇気を持って、自らの愛を伝えようとしてくれていたのだろうか。
パン!
自分の両頬を叩き、気合いを入れるとガルアディアは立ち上がる。
「リディ、悪い。残りの仕事頼まれてくれ」
返事も聞かず、走り出す背中に向かって、リディは嘆息すると苦笑混じりで答えた。
「もう、全て終わっている!お前が凹んでいる間にな!」
「ただいま!リア、話を聞いてくれ」
夕暮れ前に、息を切らせて帰ってきたガルアディアにリアは驚く。
「お帰りなさい。……早かったのね」
「良かった。家にいてくれて」
リアの姿を確認するとガルアディアは安心して玄関にしゃがみこむ。
「ガル、あのね、昨日はごめんなさい」
ガルアディアが息を整えている間にリアが頭を下げる。
「私あなたに甘えすぎてた。ガルが優しいことに安心して目の前の問題から逃げてたの。不安にさせてごめんなさい。大好きよ」
微かに震える両手で顔を掴まれ、唇が重ねられる。
目を丸くするガルアディアから唇を離すと、言葉を続けた。
「昨日は突然で驚いちゃったけれど、ガルになら、って思ってるの……よ」
「ち、ちょっと待ってくれ。先に俺の話を聞いてくれないか」
ガルアディアはブラウスのボタンに手を伸ばそうとするリアを慌てて制止する。
「俺こそ本当にすまなかった!勝手に不安になって、焦って。どれだけ自分のことしか見えてなかったか思い知った。しかも、リアを怖がらせて。何度謝っても足りないよ。本当にごめん」
ガルアディアは大きく頭を下げると、言葉を続けた。
「ええっと、とにかく何が言いたいかと言うと、俺はリアが隣にいてくれるだけで、いいんだ。大切なこと見失ってた。心の距離なんて見えなくて当たり前なのに、見えないことに不安になってた。リアはちゃんと俺のこと好きでいてくれてたのに。俺が解ってなかった。ほんとごめん。少し早いけれどコレ、これからも俺の側に……いてくれますか?」
不安げな顔でおずおずと差し出されたのはリボンの結ばれたバラの花。花の色は去年と同じピンク色。リアにとって二本目のバレンタインのバラだ。
「っ、もう嫌われちゃったかと思った」
花を受け取り、泣き出すリア。
「俺だってもう許してもらえないかと思った」
ガルアディアも泣きそうな笑顔でそう返した。
ようやく家にあがると、ガルアディアはリアの肩に手を伸ばす。
「リア、抱きしめても平気?」
無言で頷くと彼女の方から胸に顔を埋めてくる。
「ガルなら怖くないの。本当よ」
「そっか。良かった」
そのままそっと彼女の頭をなでる。
「自分から触れるのはまだ少し勇気がいるんだけれど、ガルの温かさを感じられると安心できるの」
「そんな風に思ってたんだ。今まで気付けなくてごめんな」
「ううん、ごめんね。私もっとがんばるから……」
ガルアディアは謝るリアの言葉を遮るように唇を奪う。
「がんばらなくていい。リアが隣にいてくれる以上の事なんてないんだから。これからこのバラと一緒に毎年一本ずつ、一歩ずつ進んでいけばいい。俺はもう絶対に焦らないから。全部待つよ」
「ありがとう……」
「あーあ、結局バレンタインにはリアを泣かせる羽目になっちゃったな。来年こそは平和に過ごせるといいな」
リアが落ち着いたのを確認するとガルアディアがそう呟いた。
「これから毎年チャンスがあるんでしょう?そのうち平和に過ごせるわよ」
「ははっ。その通りだ。そのうち、だな」
リアの一番好きな、太陽のような笑顔でガルアディアは答えた。
* * *
「リアちゃん、ありがとうな。お返し期待しとけー」
翌日、世話になっている人へとお菓子を届けにきたリア達を、フィリアとキルシェアージュは見送る。二人の繋がれた手を見て、自然と口許が綻ぶ。
「今回のMVPはリディだね」
書類整理の手は止めず、キルシェアージュが言う。
「まあな。アイツに説教されてるようじゃ、ガルもまだまだだなァ」
二人の出て行った扉を柔らかな表情で見つめながらフィリアが答える。
「リディにも良い人が現れてくれるといいんだけれど」
「さあ、どうだかねえ?」
父親目線の何気ない呟きに、意味深な笑みを浮かべて返すフィリア。
「あれ?何か知ってるのかな?」
「知らねーよ。お、流石リアちゃん。美味い」
素知らぬ顔でフィリアは貰ったお菓子を頬張るのだった。
Fin.