第1依頼 依頼主side; つかの間の休息①
いい提案でしょう?
と言わんばかりの、自身満々の笑顔だった。
しばしの沈黙のあと、最初に口を開いたのはヤミーさんだった。
「……ミナ?」
「ん?なあに?」
満面の笑みで、ヤミーさんの方を向いたミナさん。
その行動がまるで、子犬のように褒めて褒めてと言っているように見えて可愛らしかった。
「……」
そんなミナさんをジっと見て、黙り込むヤミーさん。
今度は、しばらく沈黙が続いた。
その間、ミナさんは笑顔を崩さなかった。
はぁ~
ずっとミナさんを見つめていたヤミーさんが、
正面を向くと、額に右手を当てて目を瞑り、深いため息を吐いた。
その表情は呆れているようだった。
ヤミーさんが、チラッとミナさんを見て話し出した。
「あなた……学食で、ご飯を食べたいだけでしょう?」
「う゛っ」
ピキーンと固まった。
図星をつかれ、言い訳出来なかったようだ。
その証拠に、
ミナさんの視線が、だんだんと左側にある壁へと移る。
対面に座っている俺からしたら、右側だけど…
逃げられないと悟ったのか、
ヤミーさんの方へ向き直ると、一言。
「だぁってぇ~、学食だよっ!学食!あの学食なんだよ!食べたことないんだよっ!どんな感じなのか、気になったんだもん。そのくらい、良いじゃんっ!憧れの学食が食べられるかもしれないんだからっ」
そう学食についてしゃべ……じゃないな、語り終えると、ぷくっと、子供のように頬を膨らませた。
「ククク。」
2人のやりとりに緊張感が無さすぎて、思わず笑ってしまった。
俺が笑ったからか、2人ともクルっとこっちを見てきた。
驚いた顔をする2人。
いや、よく見たら執事くんも驚いていた。
いやいや、なんか失礼じゃねっ!
俺だって、笑ったりするからねっ!
君たちは、俺をなんだと思ってるんだ!
「堂島さんっ」
ミナさんに突然呼ばれた。
「はっ、はい」
「笑っていたほうが、素敵ですよ」
「ふぇ?」
変な声が出た。
「この世の終わりだ、死ぬしかない、みたいな顔をしていましたけど、堂島さん、カッコいいですしもっと笑ったほうがいいですよ!」
ねっ!と
首をかしげて笑うミナさん。
「あっ……」
『お兄ちゃん、カッコいいんだからちゃんとしててよね!私の自慢のお兄ちゃんなんだからっ!ねっ!』
そう言って、満面の笑みで笑っていた遥とミナさんが重なって見えた。
ああ~、そういえば、いつの日だったか出掛けようとしていたときに遥にもおんなじようなことを言われたのを思い出した。
靴を履いて、家を出ようとして遥に声をかけたら呼び止められた。
「ちょ~おっと~、まさかとは思うけど…その格好で行く気じゃないよね?」
おそるおそるといった感じで指差してきた。
「え?そのつもりだから、今、玄関にいるんだろ?それに、そんなにまずいか?俺的に普通だと思うんだが?」
「はぁ━━・・・」
盛大に深いため息をつかれた…
「白無地Tシャツにジーパンって…出掛けるのにその服装はありえないから…マジで、ありえない…」
「出掛けるっつっても、高校ん時の友達と遊びに行くだけだし、別に誰かとデートするわけじゃないんだし、何着てっても同じだろ!」
「そうゆう問題じゃないからっ!お兄ちゃん!!まだ、時間あるよねっ!」
めちゃくちゃ顔が近いです…
「は、はい……」
妹の気迫に負ける兄…
我ながら情けない…
「なら、ちょっとこっち来て、それからお兄ちゃんの部屋入らせてもらうからねっ!」
「あっ、うん、どぞっ!」
そう答えた瞬間、勢いよくドアを開けて俺の部屋に入って行く遥。
躊躇なく押し入れを開けて、ガサガサしながら、あーでもないこーでもないと服を選んでいた。
しばらくして、納得のいく服装が決まったのか、これでヨシッ。
って小さな声で言ったのが聞こえた。
「はいっ、これに着替えて!」
そう言いながら手渡してきた服は、淡い水色の長袖Yシャツだった。
今着ている服を脱ごうとしたら止められた。
「ちょい待ちぃ」
「え?」
「いや、そうじゃないから」
右手をブンブンと左右に振りながら言ってきた。
「じゃあどう着んの?」
「はぁ~、今着ているその白Tの上から羽織るのっ!」
ため息混じりに指を差しながら、呆れているような、怒っているようなそんな感じの口調で言われた。
「あね!」
「あ、あとコレつけて」
今度は、ネックレスを渡された。
透明な色のクリスタルに白色できれいなマーブル模様が描かれたネックレスだった。
遥の部屋にある姿見で自身の服装を改めて確認する。
我ながら印象が変わるもんだな~と思いながら、鏡に映っている自分を見ていた。
「フフン、まったく、お兄ちゃんはカッコいいんだからちゃんとしててよね!私にとってお兄ちゃんは自慢のお兄ちゃんなんだからっ!ねっ!」
どこか誇らしげに言い、そして満面の笑みで送り出してくれた。
そんなやりとりをして遊びに行ったことを思い出して、懐かしくなった…
あぁ~、なんで、今まで忘れていたんだろう…
俺…、遥がいないとホントダメだな…
「あはは……そうだよな…。うん。ダメだな…俺…自分で思っていたより、遥のことで切羽詰まっていたみたいだ。これじゃ、ダメだよな……。うん!少し休んで、学食行こうか!」
「いいんですかっ!」
机に手をついて身をのりだしてきた。
その行動が微笑ましくて俺は、
「ああ、いいよ!」
と、言って目尻にたまった涙を拭いながら笑った。
彼女の顔が、パアァァっと変わっていき、笑顔になると
「ありがとうございます!」
ミナちゃんが、バッと勢いよく立ち上がりペコリとお辞儀をしてきた。
なんか、彼女のこんなかわいらしい姿を見たらさん付けで名前呼べないな。
久しぶりに笑った気がする。
遥が死んでから、自分でも知らず知らずのうちにずっとムリしていたようだった。
こちらこそありがとうだよ…
ヤミーさんが、ぶつぶつと文句を言っていたが、俺と目が合うとコホンと咳払いをした。
「シャワーをお使いになるのでしたら、彼が案内いたします」
執事くんを手で差した。
執事くんは、右手を胸に当てて一礼してくれた。
「それから仮眠には、この部屋のソファーをご使用下さいませ」
「何から何まで、ありがとうございます」
テーブルに頭がつくんじゃないかというくらい、俺は深々とお辞儀した。
「いえ、お気になさらないでください」
「それじゃあ、お言葉に甘えてシャワー借ります」
「でしたら、堂島様こちらへどうぞ」
そう言って、執事くんが扉を開けてくれた。
「すいません。失礼します」
俺は、ヤミーさんたちに再度お辞儀をして執事くんのあとに続いた。
「あっ、ちょっとお待ちください」
部屋を出ようとして、ヤミーさんに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「話にでてきた、3人の女性の名前が書かれているというメモをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいですよ。はい、これです」
「ありがとうございます。お預かりいたします」
一礼して、俺はその場を離れた。
うっへぇ~
廊下までオシャレだよ…
コツコツと執事くんの靴音がよく響いた。
「こちらになります」
そう言って、また、扉を開けてくれた。
ちっっか!
さっきまでいた部屋の隣じゃんかよ!
「よろしければ、湯船に水を張りましたのでごゆっくりおくつろぎくださいませ。カミソリもご用意させていただきました」
「あ、ありがとうございます!」
至れり尽くせりっ!
どっかの高級ホテルか!
にしても、湯船か~
ここ1ヶ月くらいは、漫画喫茶にいたからずっとシャワーしか浴びていないことを思い出した。
うんうん。久々に浸かりたいな!
日本人はやっぱり風呂に入らなきゃだな!
よし!そうと決まれば、そっこー扉を閉めて、秒で素っ裸になり、まずはシャワーで髪を洗って×3、ヒゲを剃って、体を洗った×2。
ふうぅぅぅ、久々にまともにさっぱりしたぜっ!!
そして、ボチャーンと湯船に浸かった。
あぁ~、生き返る~
やっぱ風呂はサイコーだぜっ!




