連れ戻された
戻ってきてしまった。
「はあ悲しい……」
備え付けのソファで悲しみに暮れる私を侍女が触らないようにしてくれている。そっと淹れたての紅茶を口に運ぶ。
「おいしい」
「嬉しいです」
侍女がニコニコと対応してくれる。
「さっきは突進してごめんね。痛いところない?」
「はい。絨毯の上に転んだので」
この侍女は私がさっき自らぶつかっていった侍女だ。一応王城の備え付けのふかふか絨毯の上に倒れるよう計算して向かっていったけど、本当に無事かどうかは本人にしかわからない。少なくとも私自身がぶつかった部分は痛いんじゃないだろうか。申し訳ない気持ちになる。
「本当にごめんなさいね。あなたに恨みも何もないのに逃げたいがために痛い思いさせてしまって……」
「そんなに何度も謝っていただかなくても、本当に大丈夫ですよ」
そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねる姿は可愛い。可愛い。
ほっこりした気持ちになりながら尋ねる。
「あなた何歳?」
「十七です」
「私と身長同じぐらいよね」
「並んだ感じそうですね」
「体形も同じね」
「この間やっと痩せられたんです」
「髪色同じね」
「お揃いですね」
「瞳も同じ色ね」
「…………」
軽快に返事してくれていたのに急に口ごもられた。
侍女は意を決したように口を開く。
「何か考えてます?」
「素敵なことを」
「絶対素敵じゃないですよね!」
「大丈夫、ちょっと静かにして私の服着てくれればいいから」
「ほら素敵なことじゃない!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ侍女に近づく。
「大丈夫大丈夫、大人しくさえしていたら……ね?」
「ね? じゃないです!」
手をわきわきさせながら動かすと途端後ろに後ずさる侍女。
じりじりと睨み合いをする。
「いいじゃない。身代わりになることのひとつやふたつ」
「良くないです!」
「うまくいけばそのまま王子に見初められるかも!」
「絶対ないです!」
「でもほら私に似てるし」
「色とかが一緒なだけでかけらも似てないですよ!」
「色似てればそれだけで大丈夫じゃない。他にどこで人を判断してるの?」
「まさか色で人のこと判断してるんですか!?」
「顔を覚えるの苦手で……」
「覚えて!」
「あ、ところで名前なんて言うの?」
「マリアです!」
会話をしながらもじりじりとにじり寄っていく。マリア、名前も可愛いわねこの子。
「誰かー! 誰か助けてー!」
マリアは扉をバンバン叩き始めた。
「あ、まだ何もしてないのに!」
「これからされるんでしょう!?」
「そうだけど!」
「ほらー!」
涙目になりながら止めることなく扉を叩き続ける。頑丈な扉だから手が痛そうだ。
「あきらめたら楽よ」
「嫌です!」
「まあまあ、ちょっと気楽に考えて」
「無理です!」
意外と強情なマリアに近寄って扉から引きはがそうと思うが、扉の取っ手を握って離さない。
「ちょっと、ほんの少しだから」
「そのほんの少しで私の人生が終わる!」
「大丈夫、軽く物事考えましょ? ね?」
「いやいやいや無理無理無理」
意外と強情。しかも意外と力持ち。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
「いやあー! 助けてえー!」
マリアが一際大きく声を張り上げる。発声力! 発声力すごい! 耳が痛い!
「ぶっ」
扉が開き、ドアにすがっていたマリアは顔を強かに打ち付け、そんなマリアにすがっていた私もマリアと一緒にふかふか絨毯に倒れ込んだ。
「何をやっているのかな? レティ」
ひええええええ。
笑顔で訊ねてくるのが怖くて震えていると、復活したマリアが王子に声をかけた。
「助けて下さい!」
「レティは何をしようとしたんだい?」
「私を身代わりにしようとしました! 同い年で背格好が似てて髪色などが似てるからって!」
全て告げ口された。
「レティ?」
「ひえ」
笑顔、笑顔が怖いんだったら!
「なぜ彼女が身代わりになると?」
「え、えっと、王子は私に一目惚れしたらしいから、私に似た人が見つかれば、それで何とかなるかなー、とか、思ったり、しま、して……」
言葉がしぼんでしまった。だってしゃべるたびに王子のこめかみがぴくぴくしてるんだもの。
王子は爽やかに微笑むと口を開く。
「そうか、レティ、君に俺の思いは伝わっていなかったんだね」
「い、いえ、そうではなく……」
「今から俺が君のどこが好きか話してあげよう。じっくりと、しっかりと」
「け、結構です」
「何時間あれば語り尽くせるかな?」
「結構です!」
ぱっと顔を上げて退路を見ると、しっかりと重たい扉は閉ざされている。
ついでにマリアもいない。に、逃げられた!
「さ、二人っきりで、仲良く語り合おうじゃないか」
「い、いやあああああああ!」
私の絶叫などないものにされたまま、王子に抱きしめられた。