重版お礼:お塩は万能
コミックス重版決定しました!ありがとうございます!
お礼のSS書いてみました。
コミックス一巻に時間を合わせまして、本編の誘拐前ぐらいだと思いながら読んでください。
コミックスについての詳細は活動報告をご覧ください。
初恋だなんだと言われても、やっぱり逃げたい気持ちはあるわけで。
「この鉄格子さえなんとかなればいけると思うのよね!」
私は窓にしっかりとはまり込んでいる鉄格子を指ではじいた。逃げるための気合を入れるためにやったのだが普通に痛かった。もう二度としない。
「ふっ、なかなかやるじゃないの! 今に見ていなさい!」
ジンジンする指を押さえながら、私は鉄格子に向けて宣言した。傍から見たら鉄格子に話しかけるやばい女だけど、今はマリアも部屋から出て行って、私一人しかいない。
だから別に部屋の中でどうしようと勝手である。
私は強敵である鉄格子を睨め付ける。
「そうしていられるのも今のうちよ!」
私は鉄格子を指さした。ふん! そんな堂々としているなんてやるじゃない!
私の心の中の声にツッコミを入れる人間はいない。なぜなら一人だから。
一人って素敵! だってこっそり脱出できる!
私はいそいそと隠し持っていた物を取り出した。
「じゃじゃーん! お塩ー!」
小さな小瓶に入った真っ白な塩を両手に持ちながら天に掲げた。
夕食時にテーブルの上にあったものを失敬したのだ。
「ああ、お塩ちゃん! あなたがこんなに愛しく思えるのは初めて!」
塩がこんなに愛おしく思えるだなんて!
塩と言えばスープに焼き物ドレッシング、ありとあらゆるものに使える万能調味料! ありがとうお塩! あなたは優秀よ!
小瓶の蓋を取っていそいそと鉄格子に寄る。
「これでもくらえ!」
ふてぶてしい鉄格子に向かって塩を振りかけ……られなかった。
なぜなら振り上げた腕を後ろから握られているから。
いやな予感しかしない。
私はブリキのおもちゃのように、ギギギと鈍い動きで後ろを振り返った。
クラーク様がいた。
「レティ、それはなに?」
とてもいい笑顔だった。
「あ、あの……これは……その……」
にじみ出る汗を掴まれていないほうの手で拭いながら言い訳を考える。
「い、いつからそこに?」
言い訳がなかなか思いつかないので時間稼ぎのために訊ねてみるとクラーク様はそっと私の手から塩を受け取りながら答えた。
「レティが鉄格子に啖呵を切ったあたりかな」
「初めからだし聞かれてるー!」
普通に恥ずかしい! 穴があったら入りたい! 今度床下収納以外の穴探そう!
「で、これなに?」
もちろんクラーク様は初めの質問を忘れてはいない。私は両手を揉み合わせながらどうにかできないか考えたが早々に白旗を上げることにした。
だって初めから見られてるし聞かれてるもの!
「あの、本で、ですね」
「うん」
「鉄格子に、スープをかけて、その塩分で錆びさせて脱出したってあったので……できるかなあと思って……へへ……」
から笑いする私に、クラーク様は静かに頷いた。
「それ、何年もかかるやつだよ」
「え⁉」
年⁉ 鉄って錆びるのに年かかるの⁉
本には何年かかったかなどは書いてなかった。創作物、いわゆるフィクションだったので。
さすがに待てない。年は待てない。
「というわけでこれは没収」
「ああああああ!」
塩がクラーク様の懐にしまい込まれ、悲痛な叫びをあげる。他に使い道あるかもしれないから持っておきたかったのに!
しかしどう考えても返してくれるはずがない。
「で、レティ」
「はい」
いい笑顔で顔を寄せてくるクラーク様に引き攣った笑顔を返す。
「逃げようとしたんだからお咎めあるよね?」
「え」
一晩中こってり恋愛小説音読された。恥ずか死ぬかと思った。