ハロウィン
「はろうぃん?」
ブリっ子の言葉を反芻すると、ブリっ子は胸を張った。胸が揺れた。
この胸を張るのは癖なのか? 嫌味か? 腹にばかり脂肪がつく私への嫌味か?
「そう、ハロウィン!」
胸から視線を逸らさない私を気にせず、ブリっ子は続けた。
「ハロウィンと言うのは——」
「最近異国からきた文化で、十月三十一日に、仮装をして、お菓子をせびって、お菓子をもらえなかったらイタズラしてもいいんだぞ! 知ってたかマリア!」
「へえー、ルイ殿下は物知りですねえ」
マリアにいいところを見せたかったのだろう。ルイ王子が鼻息荒く説明した。
自分の見せ場を奪われたブリっ子は、悔しそうにしながら、話を続けた。
「まあ、そうよ……。というわけで」
いやな予感がして逃げようとした私の後襟を掴まれ、身動きが取れなくなった。
どうしてこんなに力持ちなのよ!
バタバタ暴れる私をものともせず、ブリっ子はトランクケースに手をかけた。
もうわかる。あれでしょう? なんか入っているんでしょう? 私にとっていやなものが。
「じゃじゃじゃーん! 仮装衣装でーす!」
「ほらぁ! だと思った!」
ブリっ子が開けたトランクケースには、色とりどりの服が見えた。全貌を見なくてもわかる。よくないやつだ。
「またメイド服とか出してくるんでしょう!?」
「いやメイド服はすでにお買い上げ頂いているから別のやつ」
別も何も着たくない!
暴れても暴れてもブリっ子の腕は外れる様子がない。本人に疲れた様子もない。
……首根っこを掴まれた猫ってこんな気分なのだろうか……。
疲れて大人しくなった私に満足したように微笑みながら、ブリっ子は片手で器用にトランクケースの中身を漁り、一着抜き取った。
にこりと笑うその笑顔は悪魔の微笑みにしか見えない。
◆ ◆ ◆
「わあー! 私の分まであるだなんて!」
マリアがきゃっきゃっとはしゃぎながらクルリと回った。ふわりと服の裾が舞う。
全体的に薄緑を基調とし、スカート部分はフワフワの軽い素材で作られている。
森の妖精らしい。
その隣でルイ王子が感動したようにうんうん頷いている。ちなみにルイ王子はカボチャパンツを履いた、白馬の王子様である。
「カボチャパンツがよく似合うわよ」
「マリアの姿を見て満足しているんだから水を差すな!」
ひどい。あんまりである。
「ひどい、あんまりだ」
私の心の声に被せるように呟いたのはライルである。ライルは真っ黒な服を着ている。全身黒一色である。
「天井裏にいる影武者ってなんですか……誰ですかこんな服作った人……」
たぶんあなたの姿を見て満足そうにしているボインである。
ブリっ子は、カボチャ色のドレスを着ている。それだけでなく、カボチャの顔をした帽子を被っている。ちょっと可愛いから腹が立つ。
なぜなら私の恰好がこれだからである。
「何これ」
「リス」
「いや、それはわかるけど……どうして私だけしっかりした着ぐるみ?」
そう、マリアやルイ王子、そしてライル、ブリっ子はしっかりした衣装であるのに、私はリスの着ぐるみである。いや、もこもこしていて肌触りはいいけれど。
「いや普通のにしようと思ったんだけど」
「普通のでよかったんだけど」
ブリっ子はふう、と息を吐いた。
「マンネリ化しそうだから、インパクト勝負も必要かと思って」
「いらないんだけどこんなインパクト」
「結構可愛くできて自信作なんだけど」
「いや可愛いけれども」
でも違うんだ。たぶんこういうのではないんだ。
「リスのぷっくり頬も表現できたんだけど」
「何で頬袋にため込んだバージョンにしたのか小一時間問い詰めたい」
そう、頬がぷっくりしているのである、このリス。いや、わかるよ、リスが頬に詰め込んでいるの可愛いよね!
でも違うよね! それ本物だからいいんだよね!?
「しっぽもくるんとできたんだけど」
「いやだから気にするところが違う」
何だその並々ならぬ熱意は。着ぐるみ作り以外に向けてほしい。
「で、クラーク様呼んでるんだけど」
「呼ばれたんだ」
「うわああああああ出たあああああああ!」
急に出てきたクラーク様に驚いて大絶叫する。ブリっ子が耳を塞いで不快そうにしている。こいつ、自分で仕掛けておいて……!
「何で隠れてた……ん?」
クラーク様を見て固まる。クラーク様は頬を少し赤らめた。
ブリっ子がこれ幸いと説明を始めた。
「やっぱりセットが一番いいかなーと思ってリスの夫婦をテーマにしてみましたー! 仲良く頬袋にため込んでる夫婦!」
いや、そのよくわからない設定いらない。いらない。
そしてその設定で頬を染められるクラーク様の感性がわからない。
私が着ているのとよく似たリスの着ぐるみを着たクラーク様は、なぜか照れている。どうしてだ。何に照れているんだ。気に入ったのか? まさかこの着ぐるみを気に入ったのか? 確かに頬袋ぷっくりで可愛らしくはあるけれど!
クラーク様がブリっ子に向き直った。
「言い値で買おう」
「毎度ありー!」
これ、何に使われるんだろう。
想像しないようにしながら私は一人クッキーを頬張った。
うん、美味しい。