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温泉に来た



「これが温泉……」


 立ち込める湯気の中に建つ小さな小屋の前で私たちは立ち止まった。この位置からでも熱気がすごい。


「では、こちらに着替えてくださいね」


 ニール公爵が全員に白い服を手渡した。


「これは……?」

「うちの温泉では入るときにこれを着用することになっています」


 へえ、そうなんだ。

 拒否することでもないので素直にそれを受け取って小屋の中に入った。小屋の中には扉が二つある。


「こちらが男性用の更衣室、そちらが女性用です」


 指示された通りの扉の中に入り、服を脱ぐ。ニール公爵から渡された服は白いワンピースだった。


「がっつり服だけど、温泉ってこういうの着て入るのかしら……」


 温泉好きだと答えたが、実は温泉は初体験である。兄に閉じ込められていたし、どこかに連れて行ってくれるという優しさもなかった。温泉自体は、本で読んだ内容しか知らない。


「いや、普通裸なんだけど……」


 ブリっ子も不思議そうに小首を傾げる。


「あれ、リリーは入らないの?」

「当たり前です。私は仕事で付き添っているのでこちらでお待ちしております」

「そう……」


 少し残念だ。リリーと裸の付き合いをしたかった。

 私とブリっ子はワンピースを着込み、奥にある扉をくぐった。


「わー!」


 瞬間飛び出てきたのは大きな乳白色の温泉だ。本の中でしか見たことない光景に、私は興奮を隠せなかった。


「すごい大きいわねー! 私たちだけで入るのがもったいないくらい」


 ブリっ子も初めて見る大きさらしく、はしゃいでいる。

 小さな椅子と、石鹸があったので、そこに腰かけて体を洗う。服を着ているのでとても洗いにくかった。

 お湯に入らないように髪をかき上げ、固定した。確か本には髪をなるべく入れないようにと書いてあったはず。

 本の内容を思い出しながら、かけ湯をして、そろりそろりと足を入れる。つま先から温かさが伝わった。そのままゆっくりと全身を入れる。


「あー、生き返るぅー……」


 すっかり肩まで浸かったブリっ子が気の抜けた声を出す。だが私もその気持ちがよくわかる。

 温泉……すごい……。

 ブリっ子に倣って肩までしっかりお湯に浸かり、嘆息する。ただの入浴とは違う。お湯も白いし、少しぬめり気を感じる。


「いい気持ちぃー……」

「……レティ?」


 すっかり温泉に酔いしれていると、聞こえないはずの声が聞こえた。私は脱力していた体に力を入れ振り返ると、そこには予想通り、クラーク様が温泉に入っていた。


「へ? な、なんで⁉」


 慌てて体を隠そうとするが、そもそも服を着ていたことに気付き、ほっとする。幸い入浴に適した生地なのだろう。肌が透けていることもなかった。そして気付いた。

 混浴だから服着用必須だったのか!

 私は恨みを込めて、クラーク様の隣にいる人物を見た。


「聞いてませんよ!」

「言ったら来ないでしょう?」


 にこにこと微笑むニール公爵は、やはり私と同じ、女性用のワンピースを着ていた。ちなみに他の男性陣は、ズボンのようだ。


「当たり前でしょう⁉」


 今まで猫被って怒鳴ったりしていなかったが、これは我慢ならない。顔を赤くして詰め寄る私にも、ニール公爵は動じない。


「ここ、新婚夫婦に人気なんですよ。裸で入るのは恥ずかしい、まだ初々しい新婚夫婦が、裸の付き合いするのに最適らしくて。あ、今日貸し切りだから、他に誰も入らないから安心してくださいね」


 安心できるか!

 私の様子に気付いたブリっ子がこちらに来て、「うげっ」と声を上げた。


「ここ混浴だったの。しまった……男性陣から拝見料取ればよかった……ただで見せてしまうなんて……」


 なにやら悔しそうにしているが、その思考回路はおかしい。

 ブリっ子の呟きを拾った兄が、鼻で笑った。


「むしろ、見てもらってありがとうございます、というべきじゃないのか」

「なんですって?」


 二人で睨み合いをはじめてしまった。仲良しだな。そもそも服を着ているから見えていないはずだけれど。

 私は服を着ているとは言え、少々恥ずかしい思いをしてしまう。入浴を男性に見られるなんて……。

 ちらりと男性陣を見る。

 夫。兄。子供。女装男。

 すっ、と気持ちが軽くなった。まともな男がクラーク様しかいない。

 ほっとした気持ちになると、クラーク様が肩を掴んだ。なに?


「レティ」


 あ、この感じ久しぶり。


「ニール公爵と距離が近すぎる」


 先ほどニール公爵に詰め寄ったため、私とニール公爵の距離は人ひとり分ほどだ。クラーク様はその間に入り、私の肩を抱いて移動し、ニール公爵から距離を取った。


「レティ、そんな恰好で男に近寄るものじゃない」


 あれは男に入れていいのだろうか……と疑問に思ったが、ここでそれを口に出すのは得策ではない。私は、はい、とだけ返事をした。

 その返事に満足した様子のクラーク様は、私の肩から手を離し、隣に腰かけた。

 近くない? 距離近くない?

 否が応でも意識してしまい、さっきまでくつろいでいたのが嘘のように、私は緊張で体を固くした。

 これが、裸の付き合い……!

 私はここに連れてきたニール公爵を恨んだ。私たちにはまだ早い!


「マリアがよかった……こんな乳だけの女……」

「ちょっと、どういう意味よ!」


 今度はブリっ子とルイ王子が喧嘩をはじめた。兄はのんびり本を読んでいる。……湿らないのだろうか。


「そのままの意味だろうが」

「むかつく子供ね!」

「僕の好みは清楚なマリアなんだ! お前なんか願い下げだ!」

「私だってあんたみたいな子供、願いさ、げ……?」


 ブリっ子の語尾が勢いをなくした。どうしたのだろうかとそちらを見ると、温泉を囲う壁の向こうに、なにかいた。

 大きな、大きな、何かが。


「あ、え? な、なに?」


 ブリっ子が混乱したように、その大きなものを見つめる。

 全身毛皮に覆われ、大きな耳を持ち、口からは少し前歯が覗いている。手には肉球が見え、目は円らだ。

 ウサギだ。

 人の五倍はありそうな、とても巨大なウサギである。


「う、うさぎ……?」


 ブリっ子もその存在を認識できたようで、驚きながらも、ほっと息を吐いた。私も胸を撫で下ろす。それにしてもこの国、巨大ウサギ生息しているのか。

 ほっとしている私たちに対して、男性陣がそろりそろりとウサギから距離を取った。クラーク様に再び肩を掴まれる。


「レティシア、花畑での話を覚えているか?」

「花畑?」


 なんだっけ? なに話したっけ?


「あれはミルーだ」


 ミルー。ミルー? なんだっけ?

 未だに思い出せない私の前に出ながら、クラーク様はそっと私を連れて距離を取る。


「肉食獣だ」


 にくしょくじゅう。にくしょくじゅう。にくしょくじゅう。

 肉食獣⁉


「にくっ」

「しー!」


 思わず叫びそうになった私の口をクラーク様が手で塞ぐ。


「大きな声を出したら攻撃してくる。静かに」


 私はコクコク頷いた。

 そろりそろりと下がると、ミルーと目があった。ミルーがこちらに体を向ける。

 あ、もうダメ。

 そう思いクラーク様に抱きしめられながら、覚悟を決めたが、なにも衝撃が来ない。思わずその姿勢のまま、クラーク様となにが起こったのかと見つめあってしまった。


「おぉーい、無事かぁー?」


 知らない男性の声がしてそちらを見ると、壁の上に立つ人間が見えた。


「悪いなあ。仕留めようと思ったらこんなところまで逃げちまって。怖がらせちまったな」


 ミルーはもう見当たらないが、男性が仕留めようと、と言っているので、もしかしたら、壁の向こうに倒れているのかもしれない。

 私とクラーク様はほっとため息を吐いて、お互い体を離した。


「ありがとうございます」


 クラーク様がお礼を言うと、その男性はにかっと明るい笑顔を見せた。


「いや、こっちが悪いんだ。ミルー仕留める依頼だったが、すぐに始末できなかったからな。悪かった!」


 男性は端正な顔をしているが、綺麗というより、野性的な格好良さを醸し出している。筋肉も今まで見てきた男性の中で一番ついている。

 見たことない人だけど、どこかで見たような……?

 不思議に思っていると、ルイ王子が大きな声を出した。


「兄上!」


 あにうえ。

 その言葉で、思い出した。


「冒険家になった次男坊―!」



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