修羅場かもしれない
「ブリっ子ぉ……まだ終わらないの……?」
へとへとになりながらブリっ子の後ろをついて歩く私は、もうそろそろ終わりにしてくれないかという希望を込めて言うが、ただ一瞥されただけで、その歩みは止まらなかった。
「なに言ってるのよ! まだまだ回り足りないわ!」
興奮した様子を隠そうともせず、あれもこれもと見ている。はしゃぐ姿は年相応で可愛らしいが、「これは見たことないから物珍しさで売れそう」だとか、「異国風の物は金持ちが買ってくれる」だの呟きながら物色するところは可愛らしくない。
「すごいわ! 金のなる国よここは!」
キラキラした目をしているが、言っている内容がひどい。
「もう終わりにしようよ……」
「ただ見て回っているだけなのに、どうしてそんなに疲れているのよ」
不思議そうに小首を傾げ、心底わからないという顔をしている。
ブリっ子の言う通り、私たちはただ見て回っているだけである。購入に関しての交渉はブリっ子が一人でやっているし、買ったものは、後日届けてもらう手はずになっているため、荷物持ちもしていない。
だが、それでも何件も店をはしごさせられると疲れるのだ。
「もしかしてお金心配してる? 大丈夫よ、実際にクラーク殿下払いにしているのは、最初に買った私のドレスや靴ぐらいだから。さすがにね、国の金であれこれ買えないからね。その他は商売のためのもので、自腹で買っているから心配しなくていいわよ」
ブリっ子、ただの金の亡者じゃなかったんだ……。
自分だってわきまえているのだと胸を張るが、そうではない。そうではないのだ。少し感動したが、そうではない。
「疲れたから帰りたいのよ……」
「なによ、体力ないわね」
逆にブリっ子はなぜ疲れないのだろう。商売に関することだと疲れないのだろうか。
「まあ、大体回れたしいいか。帰りましょう」
ブリっ子からようやくでた帰るという言葉に、私は嬉しさで涙が出るかと思った。帰る帰らないのやり取りを二十回は繰り返しているのだ。ようやく買い物地獄から解き放たれると思うと小躍りしたくなる。
「じゃあ帰りましょう、すぐ帰りましょう、今すぐ!」
「さっきまでぐったりしてたのに、急に元気になるなんて、なんてわかりやすいの……」
ブリっ子があきれ顔だが、どうでもいい。私はリリーに馬車を手配してもらう。この店の前は狭すぎて、馬車が入れないから、離れたところで待機してもらっていたのだ。
「高価なドレスをタダで買えたし、それだけで新婚旅行についてきてあげてよかったわ」
「なによ、ついてきてあげたって」
「その通りでしょう」
「うっ……」
その通りだから反論の余地もない。
「……あら?」
店の前に立ちながら、リリーの帰りを待っていると、ブリっ子が声を上げた。
「あれ、クラーク殿下じゃない?」
「仕事中のクラーク様がここにいるわけ……」
言いかけて止める。
「クラーク様だわ……」
見間違うまでもなく、クラーク様だったからだ。
飲食店らしき店から出てきたクラーク様は、さっと馬車に乗り込んだ。隣に女性を侍らせて。
「なにあれ……」
「あらやだ面倒そう。私帰るわー」
ちょうどこちらに来たリリーを見つけたブリっ子がそちらに向かおうと足を踏み出したところで、腕を捕まえた。
「ブリっ子、付き合ってくれるわよね」
「ややこしくなりそうだからいや」
「他人の面白い修羅場が見られそうよ、ぜひ一緒にきて」
「他人じゃないからいや」
「リリー! あの馬車追いかけるわよ!」
嫌がるブリっ子を無理やり馬車に乗せ、指示を出すと、クラーク様の乗った馬車を追いかけはじめる。
「はー……巻き込まないでよね……」
「友人でしょ!」
「あー……いやだわー……」
ブリっ子が文句を言っているが、知ったことではない。
クラーク様、待ってなさいよ!
私は一人メラメラと闘志を燃やすのだった。