ある意味似たもの兄弟
「あんた聞こえたでしょ!」
朝食時、開口一番あいさつもなしに言われた言葉に、私は目を瞬いた。
「なんの話?」
「昨日の私の叫び声よ!」
合点がいき、私は手を叩いた。
「ああ、ごめんごめん! 夢だと思って!」
「嘘つけ! どうでもいいと思ったんでしょう!」
「どうでもいいと思ってたんじゃないの! ただ自分の睡眠欲求に従っただけ!」
「聞こえてたんじゃない!」
あ、しまった。
ポロリと漏らしてしまった本音のおかげで嘘を吐いていたのがブリっ子にバレてしまった。怒りの表情を隠さずこちらににじり寄ってくる。
「フォーク、フォーク置こう。お行儀悪いわよ」
「今はそんなものはどうでもいい」
ブリっ子は相当お怒りらしい。
私はこちらに向けられているフォークに後退りしながら、引き攣った笑みを浮かべた。
「えーと、で、どうなった?」
火に油を注いだらしい。
「どうなったもこうなったも!」
ブリっ子はフォークをテーブルに叩きつけた。
「リリーさんが助けに来てくれなかったら大惨事だったわよ!」
無事だったようだ。私は後ろに控えているリリーを見つめた。
「リリー……私のときは泣き出そうがなにしようが助けてくれなかったくせに……」
「人と状況によっては助けます」
ひどい。私は昔本気で助けを求めていたのに。
リリーは私の不満の視線に気付いているはずだが、顔色一つ変えず、つんと澄ました顔のままだ。
「さすがに夜這いをかけられているのを無視できません」
「本当……リリーさんに惚れそうになったわよ……」
ブリっ子が潤んだ目でリリーを見つめた。目が合うと、ほう……とため息を吐いた。
……ねえ、惚れそうになっただけで惚れてないわよね? そっちに目覚めてないわよね?
私が疑心するほど、ブリっ子はリリーに見惚れている。私は空気を壊すために咳をした。
「でも、襲われたほうがブリっ子にとっては責任取ってもらいやすくていいんじゃないの?」
なにせ相手は王太子様だ。玉の輿どころか大玉の輿だ。
私の疑問に、ブリっ子はため息を吐いた。
「私ね、できる限り自国の金持ちがいいのよ。ここはちょっと遠いし……あと、あの人だとお手付きになっても結婚してくれるか怪しい気がするし……」
損のほうが多い気がする、と言うと、ブリっ子は水を飲んだ。
「ねえ、今日一緒に寝てよ」
「え、やだ」
「友達の貞操の危機なのに!」
ブリっ子は今度はナイフを掴み、振り上げた。リリーは止めてくれず、マリアはにこにこしているだけだ。ちなみにクラーク様と兄は、昨日仕事ではないと言っていたけれど、実際まったくないというわけにはいかないらしく、今日の朝食は一緒に取っていない。
私は自分の力でブリっ子の手を抑え込むしかなかった。
「わかったわかった! わかりました!」
仕方なしに言うと、ブリっ子は腕を下げた。
「絶対だからね」
「わかったって」
念を押してくるブリっ子に再度言うと、ようやく納得した様子で食事を始めた。今日は兄もお偉いさんもいないので、緊張した様子は見られない。
それにしても。
「ルイ王子。あなたのお兄さん、大丈夫なの?」
「大丈夫ではないが仕方ない。自分の欲望に忠実なんだ。主に女性に対して」
最悪だ。
「跡継ぎ問題とか大変そう……」
「いや、理想のおっぱいを追い求めているから、まだそういう問題には至ってない」
ルイ王子がおっぱいって言った。いや、そんなことより。
「理想のおっぱい?」
「ああ。相当ブリアナ嬢のおっぱいがお気に召したらしい。最高だと叫んでいた」
ブリっ子は死んだ目をしている。
「これが本当の体目当てってやつよ……」
「そ、そのようね……」
むしろおっぱい目当てね……。
胸が大きいことに対して、はじめてブリっ子に同情した。
「ネイサン兄上は今理想のおっぱいに会えたとはしゃいでいる。たぶんしつこいぞ」
不安を煽るのはやめろ。
沈んだ空気をなんとかしようと、私は話題を変えることにした。
「ルイ王子は第三王子よね? 二番目のお兄さんは?」
「ああ、ディル兄上は……」
ルイ王子は食べる手を止め、遠い目をした。
「王位継承権を放棄し、臣下に下るのも拒否して、平民の地位で冒険家になり、相方をしていた女冒険家と結婚して、そろそろ四人目が生まれるところだ」
じ、自由人……。
兄弟みんな個性が強すぎると思いながら、私は朝食に手を伸ばした。