男の夢が詰まってる
夕食に見知らぬ人がいる。
遠出したのでさっぱりしたくて入浴をしたために、席に着くのが一番最後になってしまったようだ。
見知らぬ人は私が席に着くと、こちらを向いてにこりと笑った。
「はじめまして。俺はルイの兄で王太子のネイサンだ。父はちょっとみんなの相手をできないというから俺が来たんだ。よろしく」
「はじめまして。クラーク殿下の妻の、レティシアと申します。よろしくお願いいたします」
陛下はまだ腰の調子が悪いようだ。ぎっくり腰だから治るまではまだまだかかるだろう。
賓客を放置するわけにもいかず、王太子自ら接待することになったらしい。
「そんなにお気遣いいただかなくても……我々は仕事で来ているわけでもないので、お気になさらず。ルイ殿もいらっしゃることだし、王太子殿下に来ていただくほどでは……」
クラーク様が、申し訳なさそうに言うと、王太子は豪快に笑った。
「いやいや、確かにそうだが、ルイがお世話になっているからね。単純に俺が会ってみたかっただけなので、そちらこそ気にしないでくれ。明日から俺は夕食の同伴は遠慮するから、みんなでのんびり食べたらいい」
どうやら話のわかる人のようである。
「俺がいると緊張して食事を取れない人間もいるようだし」
ネイサン王太子はちらり、とブリっ子を見たが、ブリっ子はそれどころではないらしい。ナイフとフォークを交互に見て顔を青ざめさせている。
私はネイサン王太子にバレないように、自分の足でブリっ子の足をつついた。
「ひゃあ! だ、だいじょうぶよ、だいじょうぶ。粗相はしない、粗相はしない……」
とても大丈夫には見えない。
顔を更に青ざめ、カタカタ震えるブリっ子を見て、ルイ王子は助け船を出した。
「おい、ブリっ子とやら。大丈夫だぞ。兄上は小さなことは気にしない人だ。食器を落としたり割ったりするぐらい問題ない」
「わ、割ったりしないわよ!」
落とすという部分は否定しなかったが、その言葉に多少勇気づけられた様子で、ブリっ子の震えが止まった。
「そうそう、気にしないから大丈夫。あんまり震えると、むね……んん! 大変だろう」
……今明らかに言ってはいけないことを言おうとしていた。
それを証明するように、彼はブリっ子の豊満な胸から目を逸らさない。
「……ありがとう、ございます」
ブリっ子は胡乱な目をしながらも、礼を述べた。その間もネイサン王太子は目線を外さない。
「兄上はな、胸に目がないんだ」
見ればわかる。ブリっ子の胸一点しか見つめていないもの。
ルイ王子はにやりと口角を上げた。
「だから、お前は安心するといい」
「どういう意味だ!」
思わず大声を出してしまい、様子を伺うようにネイサン王太子を見るが、彼は決してこちらを見なかった。
「ああ、安心してほしい。今俺の興味はひとつしかない」
その言葉は本心なのだろう。彼が見つめる先は先ほどからブレていない。
なぜだろう。言葉の通り安心していいはずなのに、腑に落ちない。胸がなくて悪かったな。いや、人並みにはあるのだ。ブリっ子が異常なだけで。
「それにしても、いいおっぱい……素晴らしい……」
「人目を憚らずここまで堂々と見られるのは、はじめてだわ……」
ブリっ子は少しでも目線から外れようとしたのか、胸を腕で隠そうとしたが、おかげでさらに盛り上がった。
「おお! もう一声!」
「セクハラがひどい! 変態!」
「ご褒美だ! もっと言ってくれていい!」
「ちょっと、あんたのお兄さんいつもこうなの⁉」
「残念ながらいつもこうだ。生まれながらの変態だ」
ルイ王子はあきらめろと言い、自分だけ先に食事を始めた。私も気にしたら負けだと思いながら、食事に手を付ける。
「レ、レティ……」
クラーク様が、顔を赤らめてこちらを見ている。
「お、俺はちょうどいいと、思う……」
照れながら言われてもなにも嬉しくないので、私は食事に専念した。
傷に塩を塗るようなことを言わないでいただきたい。
その日の夜、ブリっ子の部屋から叫び声が聞こえた。