新婚だった
今回短めですが区切りがいいのでそのまま載せます。
仕事があると言っていたのはうそではないようで、クラーク様はすぐにその場からいなくなってしまった。
「あわわわわわわリリー!」
私は口から出るのではないかと思うほど跳ね上がる心臓を抑えるべくリリーの両肩を掴んだ。
「私新婚だったわ!」
「存じております」
興奮のあまり、掴む力を加減できないけれど、リリーは顔色一つ変えずに淡々と答えた。すごいわリリー! 加減できなくて本当にごめんね!
「新婚夫婦には新婚旅行というものがあるのよリリー!」
「存じております」
リリーは私を上回る力で、肩に乗っている手を退けた。軽く抓られてる気がするのは気のせいよねリリー? 涼しい顔していたけど実は痛かったのリリー? 謝るからお願い静かに抓るのやめてリリー!
「いだだだだだごめんなさいごめんなさい許して!」
「あらいやだ、申し訳ございません。少々力加減を忘れまして。主と同じことをしてしまいました」
わざとらしい言い方をして、リリーは手を離した。
嫌味ね、嫌味を言っているのねリリー! でも悪いのは私だからいいわ!
「それよりリリー! しししし新婚旅行ですってよ!」
「落ち着いてください」
「ああああああああの噂の新婚旅行よリリー!」
「落ち着いてください」
「ははははは破廉恥よー!」
「落ち着きなさい!」
「あ、はい」
リリーに怒鳴られ少し冷静になる。昔からリリーは怒ると怖い。リリーが声を荒げたときは逆らってはいけないという、長年染みついた習性は未だに健在だった。
「レティシア様、新婚旅行イコール破廉恥ではないことだけは覚えておいてください」
「でもお話の中では……」
「それは一度お忘れください」
「はい……」
リリーに言われ、一度全ての情報を忘れることにした。どうやら私の情報は偏っているらしい。
でもだって、俗世から離れている私にはそれぐらいしか参考にできるものないんだから仕方ないと思うの。
「新婚旅行は新婚夫婦二人が旅行に行くだけです」
「でも、一つ屋根の下で……」
「現在進行形で一つ屋根のしたでしょう」
そうだった。
現状を把握できたらやや心のゆとりが持てた。
そうだ、今だって一つ屋根の下に暮らしてなんともないんだから大丈夫だ。——ん?
「新婚夫婦……二人……?」
「夫婦は通常二人でしょう」
「二人きり……?」
「そうなりますね」
旅行を……二人だけで……?
「いえ、正式には護衛や従者も一緒のはずですが」
「でも原則それ二人での旅行よね?」
「……まあ、そうですね」
そ、そんな二人っきり……?
部屋も……たぶん一緒……?
旅行中、ずっと二人で……?
「無理―!」
私の絶叫に対し、リリーは静かに耳を塞いだ。