人間見られたくない姿もある
「妃教育から逃げたい私」本日、PASH!ブックス様より発売されました!
お手に取っていただければ幸いです。
発売記念に新婚旅行編始めますので、お楽しみくださいませ。
「レティ」
中庭にいると、聞きなれた声が私の名を呼んだ。
おかしい。今日は仕事詰めだと自分で言っていたではないか。わざわざ朝に隠し扉から来て、寝ぼけている私にそう言い去っていったではないか。
だからこそ私は今日こそ存分に、目的を達成できると気合を入れたというのに。
いや、朝宣言していくほどだ。きっと今も仕事中に決まっている。というわけで今聞こえた私を呼ぶ声は幻聴である。
そう、そのはずだ。私は疲れているのだ。今日は部屋に戻ろう。可及的速やかに。
「レティ」
「ンギャー! やっぱり本物だったー!」
さっさと去ろうとした私の首根っこを掴んだのは幻でもなんでもない、クラーク様ご本人だった。
現実逃避した意味は欠片もなかった。物理的に捕まってしまった。
ジタバタしてなんとか逃げようとする私と、首根っこを片手で掴んでいるクラーク様の力の差は歴然としている。いくら暴れても逃げようがない。
だが悪あがきはさせてほしい。目的のための行動をしていた私を見られたことへの羞恥による行動ぐらい、しても誰も文句あるまい。
「レティ……あー……その……急に来てすまない……」
謝るくせに私を離さないクラーク様は、言い淀みながらそう言った。気まずいんだ。そうに決まっている。私だって気まずい!
クラーク様は、やや眉を下げながら懸命に笑顔を浮かべた。
「レティは、今のままでいいと思うよ?」
「そのセリフは自分に自信のある人間が下の人間に言うことです!」
クラーク様の気遣いの言葉も、今の私には急所に刺さる。一番の凶器は優しさである。
「いやそんなことはないんだけれど」
「いえそんなことあるに決まっています。ええ決まってますとも!」
私は逃げるのをやめて、首根っこを掴んでいるクラーク様の手を振り払った。そして脇腹を鷲掴みする。
「この! 贅肉の! ない体で! よくもぬけぬけと!」
「レ、レティ? く……ふ、ふふふっ」
「くらえ! くすぐり攻撃!」
「ふ、ふふふレティやめふふふふふふ!」
無駄な肉がないほどよく引き締まったクラーク様の脇腹を両手でくすぐると、クラーク様は身をよじってプルプル震えた。
「やめ、レティ、ふふふふ、ふ、死ぬ……」
「くすぐりで死にません! それより私は恥ずか死にそうです!」
「恥ずかしさでは人は死なな……ふふああああごめんごめん謝るから! 勘弁してくれふふふふ!」
謝罪の言葉が出てきたので渋々手を離す。クラーク様は息を乱しながらそのまま中庭に後ろから倒れこんだ。
「本当……俺王子だから……ほとんどそういうことされたことないから……打たれ弱いからやめて……」
息も絶え絶えに言う内容は情けないのに、その姿は煽情的だ。
容姿がいいって得だ……それに引き換え私は……。
私は自分の脇腹に手を添えた。
掴める。
「くううううう憎い脂肪がああああ!」
「レ、レティ? レティは太ってないよ?」
「痩せているやつが言うな! 嫌味にしか聞こえない!」
「嫌味じゃない! レティはそのままで可愛い!」
「その言葉にちょっと甘えたら太ったのよぉぉぉぉ!」
悔しさでその場に座り込み地面を何度も叩く。土と草なので痛くはない。心は痛い。
「太ったけど、気にしないようにふるまって! こっそりとバレないようにダイエットしてたのに! なんで見に来るのよおおお!」
「いや、話があったから……」
「必死に腹筋する私を笑いに来たんでしょおおおお!」
「レティレティ落ち着いて」
「落ち着けるわけないー!」
わめきながらも地面を叩く私と、そんな私をやめさせようとして火に油を注ぐクラーク様。そんな私たちを遠巻きに見る兵士と侍女。
この、どうにもならない状況を打破する人間は、この場において、一人しかいなかった。
「いい加減にしてください、鬱陶しい」
「ぷぎゃ!」
変な声が出たのは力ずくで立たされたからだ。ひょいと私を持ち上げて立たせたリリーは不機嫌を隠そうとしない。……それより地面にいる女をひょいと担ぐなんてリリー、力持ちね……。
「ジメジメジメジメ鬱陶しい! 痩せればいいだけの話でしょう! いいですね?」
「あ、はい……」
本当は良くないけれど、今のリリーに逆らってはいけない。私は不承不承頷いた。
ちなみにこの場にリリーがいるのは、運動指南役として付き添ってもらっていたからである。
「申し訳ございません、殿下。今レティシア様はとても繊細なんです。で、なにかご用事だったのでは?」
「あ、ああ、そうだレティ」
クラーク様も調子を取り戻した様子で、私の手を握って破顔した。
「新婚旅行に行こう!」
「は?」