バレンタインデー
「バレンタインデーというものをご存知?」
ブリっ子は胸を張って訊いてきた。ブルンとメロンが揺れるからやめてほしい。
「何それ?」
私の回答に満足そうにブリっ子はほくそ笑んだ。
「ふふふ、知らないのも無理はないわ! バレンタインというのは——」
「あっ、私知ってます! 女性が好意を寄せている男性にチョコレートをあげる日ですよね!」
にこっと笑いながらブリっ子の演説を遮ったマリアは今日も可愛らしい。
「…………そうよ、その日よ」
「マリア、よく知ってたわね」
「えへへへ、育った国はここよりも色んな文化が入ってきてたんですよ。この国では有名ではないけど、向こうではかなりポピュラーなイベントです!」
褒められて嬉しそうにしながらマリアはお茶を注いだ。
「で、そのバレンタインが何だって?」
私は仕入れた知識を自慢できずに少し悔しそうにしているブリっ子に話しかける。ブリっ子は気を取り直すように、髪を払った。
「この国にもそれを導入するべきだと思うの」
「そういう国に関するあれやこれは私を通さずクラーク様に言って」
「そんな大それた話にする気はないわよ!」
ブリっ子は今日持ってきていた大きなトランクケースをテーブルの上に置いた。
「見なさい、この多種多様なチョコレートたちを!」
勢いよく開けられたトランクケースの中には、ブリっ子が言うように、様々なチョコレートが並んでいた。
「おぉ、これ全部チョコレートなの? この宝石に見えるやつも?」
「そうよ。全然チョコレートに見えないでしょう」
ブリっ子にしてはまともなものを持ってきたな、と感心しながら、透明なケースに入れられた宝石型のチョコレートを手に取った。すごい、どの角度から見ても宝石にしか見えない……
「食べるのがもったいないわね……」
「綺麗よね。飾りたいけど溶けちゃうのが残念ね」
私は宝石型のチョコレートをトランクに戻した。
「で?」
ブリっ子はにこりと笑う。
「お願い、買って」
「結構です」
「何で? 綺麗でしょう? ネグリジェより単価高くないし」
「使い道ないもの」
「新婚ほやほやの人間が何を言っているのか」
ブリっ子は買ってくれとおねだりしていた愛らしい様子から一転、こちらを蔑むように見た。切り替え早すぎるだろ。
「私には相手がいない。あんたには相手がいる。おわかり?」
「いや全然」
「哀れだと思うなら買ってください」
「プライドないの?」
「金の前にはプライドなど木っ端微塵に消し飛ぶのよ。だから買って。で、国民に流行らせて」
「い、や!」
強く拒絶するとブリっ子は舌打ちした。
「まあいいわ、それも想定内だもの」
ブリっ子はトランクケースを閉じると、本棚の方に向かった。いやな予感に止めようと立ち上がるが、もう遅い。
「クラーク殿下ぁー! バレンタインは女性から男性にチョコレートを贈るってなっているけど、最近では逆に男性から贈るのもありなんですよー!」
「もらおう」
本棚の隠し扉から出てきたクラーク様は、ブリっ子からトランクケースを受け取った。待ちなさいよ、何であんたがそんなに隠し扉の仕組みを熟知しているのよ!
ブリっ子は満足そうに微笑むと、マリアを連れて扉へ向かう。
「待って! せめてマリアは置いていって!」
叫ぶも聞こえないふりをされ、マリアはぺこりと頭を下げて退室した。
二人っきりの室内。
私は急激に手汗をかくのを感じた。
「レティシア」
低い声が耳元でした。いつの間にかクラーク様は私の隣にまで近づいていた。
思わずうっとりと見つめてしまいそうな美貌が溶けそうなほど甘くなる。
クラーク様はトランクケースを開け、チョコレートを一つ摘まんだ。
「はい、あーん」
あーん、って! あーん、って!
あまりのことに赤面しながら口をパクパクとしていたらその隙にチョコレートを入れられた。
「美味しい?」
美味しいですよ、チョコレートですもの! 美味しいけど待って! こういうのは心の準備ができてないといけないの! いやそれより何よりチョコレートと一緒に口に入っているのはクラーク様のゆゆゆゆゆ指!?
「あ、あわわわわ」
「美味しい? もう一つ食べる?」
麗しい顔を近づけながら、チョコレートをもう一つ口に入れられた。
あ、もう限界。
私はそのまま気絶した。
◆ ◆ ◆
後日。
「チョコレート食べさせてもらうだけで気絶するって何? 純情ぶってんの? 純情ぶってんのね? 赤ん坊はキャベツ畑から来ないって知ってる?」
とブリっ子にからかわれ続けたことは一生根に持つことにする。
絶対仕返ししてやるからな……!