メイド服はロマンらしい
一応ハロウィンに乗ろうとしたものです。
「メイドはロマンらしいわ」
突然来たと思えば意味のわからないことをのたまうブリっ子に、私は胡乱な目を向ける。
「何が言いたいかよくわからないけど気持ち悪いこと言っているのはわかる」
「気持ち悪いってなによ!」
ブリっ子が憤慨するが、知ったことではない。
「で、ご用件は?」
「ふふふ、よく聞いたわね!」
ブリっ子は待ってましたとばかりに手に持っていた紙袋からそれを取り出した。
「気合を入れて作ってみました! メイド服!」
自信ありげに広げてみせるのは、見事なメイド服……ではない。いや、メイド服ではあるけれど、私の知る正式なメイド服ではない。
「なぜ裾がこんなに短いの?」
「それがいいからよ」
「何が? 足が丸見えで恥ずかしいでしょう、これじゃ」
「逆に短くなければいけないのよ」
「でも仕事できないでしょ?」
「いいのいいの、これ着て本当にメイドの仕事するわけじゃないから」
話を聞けば聞くほど理解できず、そばで控えていたマリアと一緒に首を傾げる。
「メイド服なのにメイドの仕事しないの?」
「そうよ」
「なぜ?」
ふふん、とブリっ子は鼻を鳴らした。
「だってこれは男のロマンの詰まったメイド服だもの!」
自信満々なブリっ子とは対照的に、私とマリアは引いた。大いに引いた。
もちろん物理的にも大いに引いた。
一気に後ずさった私たちに、ブリっ子はじりじりとにじり寄ってきた。
「ロマンってそういう意味の!? 何てもの持ってきてるのよ!」
「ネグリジェ買った女が何今更かまととぶってるのよ!」
「あれは私が着る用じゃないから買ったの!」
「大分儲かってたんだけど、突然殿下たちが買ってくれなくなったから新たな活路が必要なの!」
「そんなの関係ないし買わないから!」
「お願いお願あぁい! 私たち友達じゃなぁい?」
「私にブリっ子しても無駄よ!」
「チッ!」
ブリブリしながらにじり寄っていたブリっ子は盛大に舌打ちした。
「あんたが買えばとりあえずある程度の利益が見込めるのよ!」
「知らないわよそんなの! マリアにしなさいよ!」
「えっ! どうして私!?」
なるべく関わらないように、静かにしていたマリアが驚きの声を上げる。一人逃げようとしてもそうはいかない。
「ご執心されているストーカーに買わせればいいでしょう」
「ひいいい、恐ろしいこと言わないでくださいよ!」
本気で怖いのだろう。マリアは鳥肌を立てて腕をさすった。
「ま、まず、どんな感じか着て見せてくださればいいのでは?」
恐怖に慄きながらも、そう提案したマリアはよっぽど年下王子にこれを買ってほしくないようだ。
マリアの提案に、ブリっ子はたじろいだ。
「ちょっと……私たちに着せようとしたのに、自分は着ないつもりなの?」
「いや……自分が着る用じゃないから……」
「私たちも違いますけど!?」
マリアが涙目で主張すると、ブリっ子は言葉に詰まる。
「着て見せたら考えるって言ってるんだから、着たらいいじゃない」
「いやあ……でもほら……ちょっとこれ足出すぎじゃない?」
「ネグリジェ売ってる人が何言ってるんですか!」
最もである。ブリっ子は喉の奥からうめき声をあげた。
「わかったわよ! 着るわ! 着ればいいんでしょう!」
やけっぱちになったブリっ子は叫びながらドレスを脱ぎだす。おおう、本当にあれを着る気なのか。強者だな……
自分で着ろ着ろおすすめしたわけだが、本当に着るとは思わなかった。マリアが着替えを手伝っている。
「どうよ!」
着替え終わったブリっ子が目の前に立って胸を張る。胸が揺れた。嫌味か。
「何か……パツパツしてるわね」
「あ、あんたのサイズなんだから仕方ないでしょう!?」
全身を眺めながら言うと、ブリっ子が心外だと主張する。可愛い、やたらフリルが多くあしらわれた、やたら裾の短いメイド服は、正直言うと、思ったよりブリっ子には似合わなかった。やたらナイスバディなブリっ子が着ると、服は着せられている感が否めない。
しかし、豊満な体にキツキツな服と言うのは、マニア受けしそうだった。
「似合わないわね」
「似合いませんね」
図らずともマリアと同時にほぼ同じ意味の言葉を発したら、ブリっ子は泣きだした。
「わ、私だってぇ……可愛い服が似合う女の子になりたかったわよぅ……」
どうもうっかりブリっ子のコンプレックスを刺激してしまったらしい。
「だ、大丈夫よ! あなたにはいいおっぱいがあるじゃない!」
「別に巨乳になりたかったわけじゃない……」
「ボン、キュ、ボンは世の女性の憧れですよ!」
「それより可愛く生まれたかった……」
だめだ浮上しない。
めそめそと、らしくもなく泣いているブリっ子。確かに妖艶な彼女に可愛い服は似合わない。似合う服はかなり限定されるだろう。
「か、買ってあげるから!」
いつまでも泣かれては堪らない。仕方なくそう言えば、ブリっ子は顔をあげて満面の笑みになった。
「毎度あり!」
いい商売根性している。
顔を引きつらせている私にかまわず、ブリっ子はさっさと自分の着ているメイド服を脱ぎ、ドレスに着替えなおした。
「一応試着する? サイズ違ったら困るし」
「いや……実際に着ないから……」
「まあまあまあ! そう言わず!」
さっきまで泣いていたくせに、すっかり仕事モードに入ってしまった。
マリアが心得たとばかりに私のドレスの紐を緩めた。いや、私着るなんて言っていない!
無情にもずり落ちるドレスを見て、拒否を示すも、二対一では勝敗は決まっている。
あっという間に着せられた、足丸出しのメイド服の裾を抑えながら、屈辱で震えた。
「お似合いですー!」
「いいわね、中々よ」
褒められてもちっとも嬉しくない。
「わかったわよ……一着買うからもう脱がして……」
「もったいない」
マリアが不満そうにする。……が、その顔はすぐに微笑みに変わった。
訝しげにその顔を見るのと同時に、声がした。
「十着ほど、言い値で買おう」
「お買い上げありがとうございます!」
後ろからした声に、おそるおそる振り返る。
予想通りの人物がいて、絶叫したのは言うまでもない。