言えない
最近流されている!
いけないいけないと頭を振る。
おかしい。私はこんな流され体質ではなかったはず。
「え、結婚までしといて今更ですか?」
「マリア、今更とか言わない」
きっと睨みつけて言うとすごすごと下がった。
「ぎゃふんと言わせたい」
「ぎゃふんと言ってってお願いしたらいいですよ」
「そういうことじゃない。そういうことじゃないのよマリア」
「王太子妃様のお願いなら何でも聞きますよきっと。三回回ってワンって言えとか試しに言ってみてください」
「絶対言わない。絶対に言わないからね?」
「残念……」
マリアは本当に残念そうだ。この子中々すごい性格してる。知ってるけど。
「あのね、そういうのじゃなくて、あっと驚かせたいの」
「驚かすですかー」
マリアは考える仕草をする。さっきまでひどいお願いをしていたと思えないぐらい可愛らしい仕草だ。見た目と考えていることのギャップがひどい。
あっ、とマリアが嬉しそうな声をあげた。
「嫌いだって言えばいいですよ!」
「は?」
「絶対泣くと思います」
「泣く……」
泣く……だろうか。まったく泣き顔など想像できないけれど。
私はマリアの顔を見る。自信満々に胸を張っている。
「うーん」
私は唸り声をあげた。
◆ ◆ ◆
試さないでもないか。そう開き直った私はクラーク様の部屋前にいる。夫婦にはなったけど私の主張で部屋は別々だ。
トントン、と扉をノックする。
「誰だ」
「レティシアです」
ダダダダダ、と名前を言った瞬間にすごい駆ける音が聞こえたと思うと勢いよく扉が開いた。
「レ、レティシア!?」
「あ、はい」
驚きの顔を浮かべている。
「は、初めて俺の部屋に来た……」
「へ?」
あれ? そうだっけ?
そう思って記憶を思い起こすけれど、小さい頃を含めて確かに部屋を訪ねたことはない。
クラーク様は口に手を当ててプルプル震えている。寒いのか?
「レ、レティシアが俺の部屋に……嬉しい……」
違った。喜びの震えだったらしい。
「あのー、入っても?」
「あ、ああ」
入り口でプルプル震えられても困る。私が催促すると、部屋へ案内してくれた。そのまま座るよう促されたので、拒否もせず座る。
「で、何かあったのか?」
クラーク様はそわそわした様子を隠せていない。普段はもう少し冷静な気がするが、今は感情がだだ漏れだ。
「あー、そのー」
「ん?」
いつもの含み笑いではなく、心からの嬉しそうな笑顔だ。
「あー、えー」
「うん?」
小首を傾げられた。相変わらず嬉しそうだ。
「うー」
「レティ?」
しっぽがあったらブンブン振れているだろうぐらい今のクラーク様はご機嫌だ。私はそんな彼を見ながら言い淀む。
どうしよう。
ちらりと見る。
嬉しそうだ。
「そのー」
「うん」
あー、やめて純粋な笑顔。
「き」
「き?」
「きら……」
「きら?」
復唱しないで!
「きらい……」
そこまで言って顔をあげると、クラーク様のさっきまでの様子はなくなり絶望に染まった顔をしている。
ああ。
ああもう!
「嫌い……じゃないです」
「レティ!」
くっそーう!
途端にぱあ、と華やいだ笑顔を見せる。ブンブン振れるしっぽが見える気がする。
くっそーう!
私は敗北を悟って、嬉しそうなクラーク様に微笑んだ。