可愛いとは思っていない
私の目の前に天使がいる。
「れてぃー」
舌足らずな声で私を呼んだ天使が私に両手を広げている。私は大喜びでそれを迎え入れた。
「マティアス様可愛いー!」
ぎゅーぎゅー抱きしめると、いたいーという可愛い声が聞こえた。いけないいけない。可愛すぎて力加減を間違えた。
「ごめんね?」
私が謝ると、にこりと微笑んでくれる。
天使がいる。私はもうこのまま天に召されてもいい。
可愛さに悶えて胸を抑えていると、ほほほ、と柔らかい笑い声が降ってきた。
「レティちゃんはマティアスが好きねぇ」
王妃様はそう言って私とマティアス様を見ると楽しそうにしている。
大好きだ。ああ、大好きですとも。
天使こと、マティアス様。齢二歳。まだ足取りも少し危ういお年頃。国王夫妻の息子で、我が夫クラーク様の弟。つまり私の義弟。
この、天使が、義弟、ですって!
「はあ……可愛すぎてつらい……」
私が呟くとマティアス様が小首を傾げた。何その仕草。死ぬ。私死ぬ。
「結婚して唯一良かったところはこのマティアス様を弟にできたことだわ……」
マティアス様を見つめてうっとりしながら言うと、王妃様がまた楽しそうな笑い声を出す。
子供可愛い。子供天使。また王妃様に似てるから容姿が整っていて将来が楽しみだ。国王陛下にはまったく似てない。クラーク様も王妃様似だし、国王陛下の遺伝どこいったんだろ。
まさか、年を取ったらあんな感じにふくよかになってしまうのだろうか。
私とマティアス様が見つめていたクラーク様を見ると目があった。優しく微笑まれる。
うん、ぜひともその容姿のまま年を取っていただこう。
年齢がいったら運動をおすすめしようと決めた私を見て、王妃様はまたふふふと笑う。
「マティアスはクラークにそっくりだからねえ」
ん?
私は抱きしめているマティアス様から顔をあげて、王妃様を見た。
「双子か、ってぐらいそっくりよお。あとでそのときの肖像画みる?」
「あ、いいです」
「あら残念―」
王妃様はご機嫌だ。隣でそれを聞いたクラーク様もご機嫌だ。
「そうか。ならマティアスを可愛がるのも仕方ないな」
何がそうか、なんだ。
私は少し釈然としないながらも、愛でていい許可が出たので存分にマティアス様を可愛がる。ああ可愛い。ほっぺぷにぷに。
「れてぃ、くすぐったいー」
「んふふふ、可愛いー!」
ぷるぷるほっぺにすりすりすると、むずがる声が聞こえた。でもこの感触にはまってしまった私にはもうどうすることもできない。
すりすりすりすり続けていると、きゃっきゃっとはしゃぐ声が聞こえる。これは喜んでいるなと思った私は更にすりすりを続けた。
「ふにふにぷにぷにー」
「きゃはははは」
「やーわーらーかー」
「んきゃー」
笑い声も可愛い。これは本物の天使に違いない。
まだまだ、と思いながらほっぺを寄せたら、べりっとはがされた。え、なぜ。
マティアス様を抱えたクラーク様は、にこりと微笑むと、王妃様にマティアス様を渡す。
「あー、マティアス様ぁ」
手から逃れてしまった癒しを求めて思わず手を伸ばすと、その手をクラーク様に取られた。
何だ何だと思い、ブンブン振るも離れない。何だ。
クラーク様はそのまま近づいてきて私の耳元に口を寄せる。この人はなぜいつも耳元でしゃべるんだ! 普通に話せばいいのに!
「レティ」
息が耳にかかる。やーめーてー。
「俺はマティアスにそっくりらしい」
それは王妃様に聞いた。クラーク様は耳から離れると、今度は真正面から話しかけてくる。やめて、真正面もやめて。
「だから、俺を代わりに可愛がるといい」
そう言うとすりすりと私の肩に頭をすりつけてきた。ひいいいいいい!
「か、か、か、か」
「うん」
「代わりとか無理―!」
そう言って私はその場から走り出す。後ろから笑うクラーク様の声が聞こえる。笑うな! 笑うなー!
そうして始まった私とクラーク様の鬼ごっこを、王妃様とマティアス様はのんびりと眺めていた。