断じて、着たいわけではない
「ネグリジェが届くのよ」
「え? 何? のろけ?」
「ちがーう!」
ブリっ子が見当違いのことを言う。そうじゃない! 全然のろけじゃない!
「未だに玉の輿に乗れない私への当てつけ? 受けて立つわよ?」
「どこをどう聞いたらそうなるの!?」
ブリっ子が何か勘違いをしはじめている。ブリっ子は否定する私を一瞥すると鼻で笑った。おい、王太子妃を鼻で笑うな。
「夫が、新妻に、ネグリジェを、贈る」
「何よ」
「世間ではそれはのろけと言うのよ」
「言わない」
「夫婦のことに口をはさむと馬に蹴られるのよ」
「蹴られない」
「下手すると抹殺される」
「それはないでしょ!?」
ブリっ子は首を振った。
「わかってない。わかっていないわね、あんた」
「何よ」
「それだけ重い愛だってことよ」
「意味わからないんだけど」
ブリっ子はふう、とため息を吐いた。態度が悪い。態度が悪いわよブリっ子!
「まあそんな話はいいのよ」
「ふうん?」
「重要なのはどうやって贈ってこないようにさせるかなのよ」
私がそう言うと、ブリっ子は何やら考えている。閃いたような顔をすると開口した。
「着ちゃえば?」
「は?」
「だから、一回だけ着て、これが気に入ってます、とか言えば?」
「はぁ? 却下」
「いい案じゃない」
ブリっ子が腑に落ちないという顔をしている。いや、おかしいだろ。贈ってこられて困っているって言ってるのに何で着るんだ。
「まぁ、私はどうこう言えないしね」
「何でよ」
「店からクラーク殿下への紹介料もらってる」
「元凶―!」
なんてこった! 敵が身内に潜んでいた!
◆ ◆ ◆
私は今、クラーク様にもらったネグリジェを広げている。
いや、別に、着るわけじゃない。
着るわけじゃないんだけど、ちょっと興味はある。
クラーク様が贈ってきたネグリジェは、ブリっ子にもらったものよりは透けておらず、どこか清楚な感じがする。趣味だろうか。セクシーよりキュート派ということだろうか。
いや別にクラーク様の趣味とかどうでもいいんだけど。
私はネグリジェを手に取ってみた。掌を広げて生地を上に乗せると、うっすら透けて掌が見えた。なるほど、このうっすら感が、世の男性はいいのだな。
全部見えるより、隠れている部分がある方が興奮すると言っていた。ライルが。
私は立ち上がって、それを寝間着の上から合わせてみた。おおう、寝間着が透けている。ということは、寝間着がなければとんでもないことになるということだ。
これはいけない、これはいけない。
私は首を振ってネグリジェを体から離す。これはいけないやつだ。開発した人はやばい人だ。
「レティ」
ありえない声がした。
ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちなさで振り返れば、それはこの部屋にいてはいけないクラーク様だ。
「な、何で……?」
「い、いや、ノックはしたんだが……」
き、聞こえていない。聞こえていないよ!
私はわたわたしながら手に持っていたネグリジェを背中に隠した。
「何のご用事で?」
「おやすみを言おうと……」
クラーク様は口を手で覆っている。
「レティ」
「おやすみなさいおやすみなさいおやすみなさい!」
「レティ」
おやすみなさい言ったじゃない! 用済みでしょうよ!
クラーク様はそこから一歩も動かない。頼むからその足を後ろに向けてくれと願った。
「レティ」
さっきから名前を連呼される。何なんだ。何なんだ言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。
「レティ」
また呼ばれた。
クラーク様はようやく口から手を離した。
と思ったら今度は鼻の頭を押さえだした。
「ネ、ネグリジェは……」
「は、はい……」
「俺にはまだ刺激が強すぎる……」
鼻を押さえているから少し声が濁って聞こえる。クラーク様はそう言うと、足を引きずるようによろよろしながら部屋を出て行った。
「……え? 何?」
一人残された私は訳がわからず悶々とした。
クラーク様の中で何かあったらしい。とりあえずその日からネグリジェ攻撃は終わったが、今あるのは保存するようにと言われた。
何で?