平和な日常【侍女リリー視点】
2話目で少し出た侍女リリーから見た結婚して少し経った二人。
次はクラーク視点の続き、ネグリジェ持って逃げた後をレティシア視点でお送りします。
「王太子妃が逃げたぞー!」
「妃様ぁー!」
今日も城は活気がある。
そう思いながら私は今日の夜会用のドレスを選ぶ。数ある中から最近着ていなくて主に似合うものを探すのは中々の手間だ。
我が主レティシア様は私が仕えている女性だ。彼女がまだ公爵家の小さなお嬢様であったころから身の回りのお世話をさせて頂いている。
王子の計らいで、レティシア様が結婚した後も、この王城で侍女としてお傍にいさせて頂いている。
「いたかー!」
「こっちはいないぞー!」
「今日はどこに逃げたんだー!」
すっかり日常的になった光景にほくそ笑む。
今日も主は逃げているらしい。
結婚前からずっと逃げ癖があり、常にそのために行動する方だったが、それは結婚してからも変わらなかった。
一瞬でも隙を見つけると嬉々として脱走する。
探す兵たちは可哀そうに思うが、平和な今の時代、いい運動になっているだろうと思う。
今日はピンクにしようか。
目当てのドレスを手に持って、今度は小物を探す。小物はこの衣裳部屋の隅に置いている。
そちらに移動すると、見慣れた頭が地面に這いつくばっているのが見えた。
「……レティシア様?」
「うひゃあ!」
声をかけると驚いたようで飛び上がった。
「やだ、リリー、びっくりさせないでよ!」
それはこちらのセリフである。
「何をしていらっしゃるのです?」
「この辺にあるはずなのよ」
「何があるのですか」
「抜け道」
なんと。
「おっかしいなあ。確かにこの城の極秘見取り図に書いてあったんだけどなあ」
「そんなのどちらで見つけたのですか?」
「えへへへへ、十年の間に色々と」
胸を張っているが威張ることではない。
「レティシア様、お戯れも大概に」
「これも自由のためよ!」
「今現在ほとんど自由じゃないですか」
「それとこれとは別!」
レティシア様は拳を振る。
「確かに妃教育もないわ。だってもう妃だもん。実践だもの。まあ思ったより夜会も少ないし公務もあんまりないし、なんだかんだで釣りとか木登りとか昼寝とかして優雅に過ごしてはいるけど、それとこれは別なのよ! 衝動的に逃げたくなることがあるのよ!」
わかる!? と詰め寄ってくるので頷くと満足そうにされる。
「それにしても、これだけ脱走してるんだからもう評判も悪いと思うのよね。醜聞を理由に離縁とかないかしら」
「ないと思います」
即答するとレティシア様は頬を膨らませる。
――レティシア様は自分の評価が下がっていると思っているが、実際そんなことはない。
レティシア様は公務をきちんとこなすし所作も問題ない。さすが伊達に十年妃教育を受けていない。やんちゃをするのも城の中だけ。脱走癖はあるものの、日々のんびりと過ごし、たまに釣れた魚を兵士におすそ分けしたりしている。
元々次期王太子妃として民にも知られていたし、その勤勉さに信頼も厚いため、市井からも不満の声は出ていない。
むしろ評価はうなぎのぼりである。
脱走癖ぐらい何ひとつ問題にならないぐらいには慕われている。
しかしそんなことを気付いていないレティシア様は不満顔だ。
でも長い付き合いの私はわかっている。レティシア様が本当に離縁を望んでいないことぐらい。
「通路見つからないなあ。床ぶち抜いてみようかしら」
「恐ろしいことおっしゃらないでください」
王城を壊すなんてなんと恐ろしい。
「あら、意外とこういう床の下とかに隠されていたりするのよ! なんかワクワクしてきた! ぶち抜きましょう!」
「おやめください」
目をキラキラさせて言うが許可できるはずがない。
「――レティ?」
私の後ろから声がしたかと思うと、目の前のレティシア様がブルブル震え出した。
「く、クラーク様? ご、ごきげんよう……」
「やあレティ。また逃げたんだって?」
「いやだわ、リリーとお話していただけよ」
「抜け道を探すお話をしていたのかい?」
ばれている。
レティシア様は顔を真っ青にする。
「君が知ってて俺が知らないわけないだろう?」
背後で笑っている気配がする。怖い。
巻き込まれる前に退散しよう。
「レティシア様、では私はこれで」
小物を数点手に持って衣裳部屋から出る。
「見捨てないでぇぇぇぇ」
レティシア様の悲痛な声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
私は気を取り直して夜会の準備に勤しむことにした。