逃がさない【クラーク視点】
クラーク視点次話でおしまい。その次は番外編です。
結果は半分成功、半分失敗といったところだ。
なぜならレティシアは想像したより素早く領地に身を隠してしまった。
「うまくいくって言っていなかったか?」
恨みがましくナディルを見れば肩を竦められた。
「いや、まだこれからですよ」
「何?」
「今回のことでようやくあいつは殿下のことを目に入れました。これからが本番です」
なるほど。今回のことはレティシアに認識してもらうための第一歩だった。
「次はどうすればいい?」
俺が問うと、ナディルが悪い顔をした。ナディルが告げた次の計画に俺は顔を顰めた。
「それは……」
「他に方法はありませんよ」
ナディルに言われ、俺は少し考える。
「レティシアに会ってから決める」
◆ ◆ ◆
レティシアが逃げたところは公爵の持つ領地でも田舎に部類されるところだ。
自然が豊かで、なるほど、これはレティシアが気にいるだろうなと思った。
屋敷に近づくと、スキップするレティシアを見つけた。それはあの落ちてきた時と同じ屈託のない笑顔だった。
やはりレティシアはレティシアのままだ。
彼女が変わっていなかったことに安心するとともに、無理をさせていたことにまた気が沈んだ。
妃教育はもうなしにしてもらおう。基本もすべてレティシアは身に着けている。今はただ復習を繰り返しているだけだ。必ずしも必要ではない。
楽しそうなレティシアについていくと川に出た。いそいそと釣竿に餌をやる。そうか、釣りが好きなのか。
とても嬉しそうなレティシアを見て、城に川を作ろうと決意する。
魚が釣れてレティシアはとても慣れた仕草で調理していく。火おこしもできるのは驚いた。
レティシアは自分の釣った魚を串に刺して焼きながらによによしている。
可愛い。
はしゃぐレティシアはとても可愛い。
「楽しそうだな」
声をかけるとレティシアは、今俺に気付いたらしい。驚いた顔をしていた。
仮面が完全にはがれているのを見て、笑みが漏れる。
「あら、クラーク様」
俺の名前を呼びながら焼き上がった魚に手を付けている。
「何か御用ですか」
魚を小さな口に運びながら嬉しそうにしているレティシア。うまく焼けたのだろうか。
「それは昼食か?」
「はい。おいしいですよ」
「自分で釣ったのか?」
「ええ、私釣りと木登りと足の速さには自信があります」
もぐもぐ食べながらしゃべる様子はリスのようだ。
食べ終わるとレティシアはまた釣りを再開した。鼻歌を歌って楽しそうだ。おそらく俺のことを忘れている。
俺がレティシアの隣に腰掛けると、はっとした様子でこちらを見た。完全に忘れていたようだ。レティシアが口を開く。
「で、何か御用で?」
「いや別に?」
「え?」
困惑した顔も可愛い。
「君は今生き生きしているな」
「ええ、自由ですもの」
「やっぱり君は変わってなかったんだな」
「は?」
こちらを向き、ますます訳がわからないと眉を顰められた。
「君は俺がなぜ婚約したか知ってるか?」
「いや興味なかったんで知らないです」
ナディルの言っていた通りだった。まったく視界に入っていなかったことに悲しくなる。
「木からね、落ちてきたんだ」
レティシアは相変わらず困り顔だ。
「十年前、城に公爵と一緒に来ていた君は城の中庭で木登りをしただろう。その時偶然そこを通った俺の上に落ちてきたんだ」
そう言うとレティシアは一瞬視線を上に向ける。おそらく昔を思い出しているのだろう。
「驚いている俺の上に乗ったまま、君が笑ったんだ」
魚が釣れてレティシアの視線が外れてしまったが続ける。レティシアはやはり慣れた仕草で魚を処理する。
「それがとても可愛くて」
串に刺す。
「一目惚れしたから婚約を申し込んだんだ」
「あんたのせいか!」
「今の流れは喜ぶところじゃないだろうか」
「嬉しくない! そのせいで十年も苦痛の日々を過ごしたんだから!」
噛みつくように叫びながらレティシアは火を起こす。
「でも君だって婚約が嫌だと俺にはっきり言わないのに、定期的に女性を送ってきてただろう」
「バレてた!」
やはりバレていないと思っていたのか、少しがっかりしている。
「あ、ちなみに俺と君、婚約まだ継続中だから」
「は?」
大事なことなのでしっかり伝えるとレティシアはぽかんと口を開けた。俺はその様子を微笑ましく思いながら立ち上がる。
「近々迎えにくるから、それまでのんびりしててね」
「は、はぁ!?」
絶叫を背に退散する。
彼女はまだ俺をようやく目に入れたところだ。ならそこから恋慕に持っていくにはどれだけ時間がかかるかわからない。
俺はナディルの提案を頭に思い浮かべた。その通りにするのは癪だが仕方ない。
準備をしなければいけないな。
逃げないように早急にしなければいけない。手早くすることを頭で確認しながら王城への帰路に着いた。