相談する【クラーク視点】
レティシアと婚約した。
父親である公爵より、その息子の方がとても喜んでいたと公爵家に伝言を伝えてきた従者が言っていた。なるほど、レティシアの兄は下心が満載な人間なようだ。注意しよう。
レティシアは婚約成立してから毎日王城に来ている。妃教育が早くも始まっているのだ。
まだ七歳と思うが、こういったことは幼いうちからやるのが普通だ。レティシアは小さな体で必死に身に着けようと頑張ってくれている。
可愛い。
懸命なレティシアはとても愛らしく、俺はそれをこっそり覗きに行っている。
可愛い。
もちろん可愛いレティシアを独占するために城に来る日は毎日1時間ほど一緒にお茶を飲む時間を設けている。
俺が話すことにレティシアは相槌を打ってくれる。それは嬉しいが、レティシアからはあまり話してくれない。妃教育が始まってからレティシアはあの時のような軽快な様子は見られず、それこそ令嬢の鑑と言われるほどだ。
教育のせいだろうか。自分のせいで彼女は変わってしまったのだろうか。
罪悪感はあるが、それでも彼女がほしい。
どうしても手放すこともできず、かといって二人の距離が縮まったかと言えばそうでもなく、気付けば十年が過ぎていた。
自分だってただ手をこまねいていたわけではない。お茶の時間で精一杯レティシアの頑張りを褒め、労り、つらい思いをさせてすまないと伝えていた。だがそのどれも彼女の耳には届いていない様子だった。気晴らしに外出しても、贈り物をしても反応は変わらない。
できれば自分の力であの笑顔を取り戻したいと躍起になったのがいけなかったのだろうか。
これはまずい。
さすがに焦りを感じて、本来ならあまり呼びたくない人間に声をかけた。
「で、どう思う?」
レティシアの兄、ナディルは飄々としている。
「何がですか?」
「レティシアが俺をどう思ってるか知りたいんだ」
そう言うと、ナディルは手を顎に当てる。
「それははっきり言ってもいいんですか?」
「大丈夫だ。何を言っても気にしない」
「では」
ナディルは意を決した様子で口を開いた。
「そもそもかけらほども興味を持たれていません」
あまりの言い草に一瞬愕然とするが、すぐに、やはりな、という思いに変わる。
「そうか……」
「婚約している王子として認識はしてますが、あくまでそれだけです。恋だの愛だのないです。顔を覚えているかすら怪しい」
想像以上の状況だった。
「嫌われているのか?」
「そんな感情すら抱かれてないかと。たぶんどうでもいいと思ってます」
俺は口から嘆息が漏れる。
「こんなに愛してるのに……」
「完全に一方通行ですね」
容赦がない。
「今まで話しかけても何の手ごたえもないのは……」
「小鳥のさえずり程度に聞こえてると思います」
つまり全て聞き流されている。
「俺としては、殿下とレティシアが結婚さえしてくれればいいんで、今のままでも問題ありません」
「俺にはある」
ナディルの言葉を遮るようにして言葉を紡いだ。
「困ったな。このままだとレティシアとの結婚がどんどん遠ざかるかもしれないな」
「殿下」
ナディルが困った声を出した。
「レティシアの素を引き出したいんだ」
「はあ」
「俺は仮面夫婦をしたいわけじゃない」
「はあ」
「そのままの彼女を愛している」
「はあ」
ナディルは相槌しか打たない。
「どうにかなるか?」
「そうしたら結婚して頂けると?」
「そうだ」
俺は頷く。ナディルは笑う。
「殿下、殿下がレティシアに惚れていることがわかっているのだから、その脅しは効きませんよ」
「いや、俺はレティシアの気持ちが固まるまでは子は作らない」
きっぱり言い切る俺に、ナディルは口を開いて驚いた顔をする。
「俺とレティシアの間に子ができなければ困るだろう?」
「そんなことできるわけ……」
「弟がいる。それの子に後を継がせればいいだけだ」
「弟殿はまだ二歳でしょう」
「いずれ成長する。あの子が子を成せる齢になるのなど一瞬だ」
「…………まいったな」
ナディルは困ったように髪をかき上げた。
「どうすればいいと思う?」
再び問えば、ナディルは仕方ないという仕草で口を開く。
「まずは認識してもらうのが大事では?」
「どうやって?」
ナディルは考える仕草をする。しばらくそうしていたかと思えば閃いたようで顔を上げた。
「レティシア以外の恋人を作る」
「却下だ」
「フリでいいんですよ」
即答すると慌てたようにナディルが言う。
「レティシアはずっとこの婚約をなくそうとしています」
「ああ、何人か送り込まれた」
「あ、バレてたんですね」
レティシアと婚約してからやたらと強引に絡む人間が出てくるようになった。これまでも女性から声をかけられることはあったが、あからさますぎる。
しかもそれぞれ種類の違うタイプを送ってくる。この間は男に迫られた。誰でもわかる。
今度会ったら安い金で人を雇うなと言わなければいけない。
俺に送ってくるならもっと熟練の人間にしなければ意味がない。そういう人間を雇う額は高額だ。
「まあそれは別として。逃げたがってるレティシアには、殿下が別の女性と一緒にいるという所を見せたら喜んで正体を出すと思います」
「ほう」
「その時たぶん色々言われると思いますが、絶対に、絶対に、絶対に、婚約を破棄するとはっきり言ってはいけませんよ」
すごく念押しされた。
「うまくいくと思うか?」
不安で聞いたら、ナディルは胸を張った。
「何年妹を見ていると思っているんですか。あいつの性格はよくわかります」
不安がまだないわけじゃないが、他に頼る者がいない。
このままじゃ仮面夫婦になるだけだ。やらないよりやってみよう。
「相手は誰にしたらいい」
「適当にチョロそうなのにしたらいいんじゃないですか」
「チョロそうなのか……」
あたりを見回してみる。
今いる場は夜会の会場だ。今回はレティシアは参加していないため、聞かれる恐れがないと思い、ナディルに声をかけた。
ふと、一人の令嬢が目に入る。一人の男性貴族に声をかけ腕にすり寄っている。男性貴族は慣れた仕草でその腕を奪い返すと去って行った。令嬢はしばらくその場にいたが、テーブルにあるワインを手にする。
一気に飲んだ。
バン、と勢いよくテーブルにワイングラスを置く。
「ちっ、この巨乳に靡かないなんて、ついてるもんもついてないんじゃないのあいつ」
舌打ちしながら漏れた声は先ほどとはまったく違う。
じっと見ていると目があった。
「王子殿下ぁー」
声が一瞬で変わった。これはすごい。
「どう思う?」
ナディルに聞いてみた。ナディルは令嬢を確認すると頷く。
「いいんじゃないですか、チョロそう」
ナディルからの同意を得て、決意をして足を踏み出す。
チョロそうな令嬢に声をかける。
「やあ、少しいいかな」