これでもう逃げられない
本編完結です。ありがとうございました。
次回からクラーク視点を三話ほど予定していますので、まだお読み頂けると嬉しいです。
「マリア、結婚しよう」
「え、無理です!」
あっけなく断られた少年王子は滑稽だった。だがまだあきらめないらしい。何でもこちらに留学するよう手配しているらしい。あきらめが悪い。
ライルは帰りたいとぼやいていた。無理だろう。あきらめた方がいい。
今回の私の誘拐は、なかったことになった。他国の王子に誘拐されるなんてとんだスキャンダルだし両国に亀裂が入る。幸い向こうの国にもこちらの国にもほぼ知られていない。子供のすることだと大目に見てほしいと私からも頼んだ。ひどい目にはあってないし、自分が原因で戦争なんてはじまったら堪ったものではない。
そうして帰ってきた城で、私は今寛いで……ない。
「なにこれ」
「鉄格子でしょうね」
さらりとブリっ子が言う。
「え、いや何で?」
「あなたのお兄さんが指示してたわよ」
また、兄か!
「レティシアのことだから、城に着いたらやっぱり気が変わったと言って逃げ出しかねないから、式まではここに入れておくようにって」
兄、本当に優しさのかけらもないし、抜け道も潰す男だな。
「いい天気ね」
そう言ってブリっ子が目を向けたのは、この部屋の窓。青空が見える窓には鉄格子がはまっている為景観を大幅に損なっている。
「ここに来るまでの廊下の窓にも同じのはまってたわよ」
これ以上絶望を与えてくれるな。
「ああ、せめてただの鍵なら何とかなるのに」
「何とかって?」
「ピッキング」
答えた私にブリっ子はあきれ顔だ。
「あんたどこを目指してるの」
「私は私の自由のために十年間色々な技を磨きあげてきたのよ」
逃げようと決めてから十年。無駄に時間だけを費やしていたのではない。逃げるために、忙しい王妃教育の合間に色々とやっていた。王城の地図入手。ピッキング技術の習得。王子付き人からの情報買収。ハニートラップは失敗に終わったけど。
「ねえ今からでも王妃にならない?」
「ならない」
ブリっ子にお願いしたら一瞬で断られた。悩む仕草ぐらいしてくれてもいいと思う。
「私、あんたのお兄さん狙いにしたから。次期公爵家跡取り。顔よし、頭よし、高身長。最高じゃない」
「性格には難あるよ」
「小姑も嫁に行くし」
「出戻るかもよ」
「追い出すわよ」
未来の義姉になるかもしれない人がひどい。できる限り兄にはこの女はやめておけと助言をしよう。いや、兄も相当だからお似合いかもしれない。
「で、何か用で来たの?」
「ええ」
ブリっ子は微笑む。
「あんたの足止め」
そういうとブリっ子の後ろで扉が開いた。
◆ ◆ ◆
「いやあああああああ」
ウェディングドレスを着せられながら叫ぶ。
「奥様、観念してください」
「急すぎるものおおおおお」
「急がないと気が変わるってお兄様がおっしゃってましたから」
「兄いいい恨んでやるううううう」
「往生際が悪いですよ」
「悪くていいいいいい」
泣きそうになる。ちなみに泣くのは化粧係にかなり怒られたので我慢している。化粧が崩れるんですって。ひどい。
「ブリっ子おおおお裏切り者おおおお」
「だって、あんたのお兄さんからのお願いだから」
ごめんね、とブリっ子が久々にブリっ子する。うざい。うざいいいいい!
「さあ準備万端ですわ」
「奥様綺麗です」
「ううううう……」
しっかり仕上げられてしまった。
「さ、時間も押してますから早く行ってくださいな」
いやだ。いや、嘘だ。本気でいやではなくなってしまって戸惑っているのだ。
でもそんな私の気持ちなんて誰も気にしてくれない。
さっさと恐怖の扉の前に立たされてしまった。
「帰りたい……」
「あきらめが悪いわよ」
私の後ろにブリっ子が立つ。
「さあ、行きなさい!」
背中を強く押される。そのまま勢いで扉を開けてしまう。
ああ、もう逃げれない……くそ女は度胸だ!
気合を入れて前を向く。歩きながら耳は拍手を拾い上げる。祝福されている。それにむず痒さを感じている時点で、いずれこうなる運命だったのだろうと思う。
「ああ、綺麗だよ、レティ」
クラーク様のところまでたどり着くと、うっとりした声音で囁かれた。
「……クラーク様も素敵ですよ」
「嬉しいね」
相変わらずの綺麗な笑顔だ。
目の前にいる神父が何やら話しているがそんなことどうでもいい。私は今何も考えられないほどいっぱいいっぱいだ。
覚悟は決めたはず。はずなんだけど、やっぱり実際となると違う!
色々な感情が混ざり合って混乱する。でもいやではない。いやではないと思う感情をどう扱っていいかわからなくて、一番持て余してしまう。
「レティ」
クラーク様が耳元で話しかけてくる。
「どんなに逃げても、必ず追いかけるから」
そう言うと綺麗な顔を私に近づける。
ちゅっ、という音が聞こえた。
途端沸き上がる歓声。鳴り止まないファンファーレ。目に入るによによ顔の兄とブリっ子。大泣きのマリアに、その隣でマリアの涙を拭うルイ王子。どうでもよさそうなライル。
ああ、逃げられない。
何とも言えない気分になりながら、私を抱きしめる背中にしがみついた。