公務します
「レティシア様、本日はお招き頂きありがとうございます」
「ダブド伯爵、こちらこそ遠い所をお越し頂きありがとうございます」
私は中年の小太り男性から差し出された手を握る。
今日は王家主催のパーティーである。
クラーク様の婚約者として、こうして王族側で接待するのはもう慣れたものだ。でも言いたい。私はまだ結婚してないため、私はあなたをお招きしていない。
だがそんなこと言う訳にはいかない。私は内心を隠しにこりと笑う。
私の隣にはクラーク様がとても美しい所作で貴族を相手にしている。ご令嬢がちらちらクラーク様を見ているのがわかる。モテる男はいいですね。
一通り挨拶が終わると、私はクラーク様と王族席に行く。私王族じゃないからと言っても聞き届けられることはない。
ちなみにこのパーティー、私と王子の正式な婚約パーティーである。七歳の時に婚約パーティーはもちろんしたが、如何せん主役が子供だ。軽いパーティーで終わったが、大人になった今、改めて私が婚約者だと教えるために開いたのである。
迷惑である。すごく。
別に今までもパーティー出てるし私の顔は知られているからやる必要はないと思うが、それとこれとは違うらしい。何が違うかわからない。
このパーティーの企画提案は兄である。兄め、こうすることで私の逃げ道をなくそうという魂胆だ。卑劣だ。卑怯だ。恨みを込めて兄を見るが、兄はとても楽しそうにによによしている。くそう、こんな場でなければ睨みつけてやるのに。妃教育が身についている私は不機嫌さを出すことはなく、招待客に向けてにこにこと笑みを浮かべる。
くううううう! 教育の弊害いいいいい!
内心ぎりぎり歯ぎしりする。現実では微笑んでみせる私。役者。私完璧な役者。
ブリっ子はさりげなく兄の隣をキープしている。やるな、さすがブリっ子。
「皆の者、本日は遠路はるばるご苦労であった」
ふくよかな国王が声を上げた。クラーク様は母親似だなと改めて思う。
「すでに周知のことと思うが、我が息子クラークと、ドルマン公爵が娘、レティシア嬢の婚約を改めて報告する」
報告しなくていい。いらないことをするな。
「では二人の婚約を祝って」
国王がワインを掲げると、他の貴族もワインを掲げた。もちろん私も掲げる。
「乾杯!」
国王の声で皆で乾杯! と言い、ワインを飲む。
さて、あとはたまにくる招待客と世間話をしながら美味しい食事をつつくだけである。お肉美味しい。ここ最近王宮料理を毎日食べているが、今日は一段と気合が入っている。
「レティシア、食べすぎないように」
隣にいるクラーク様に小声で釘を刺される。わかっています、と目線を送ると少し顔が赤らんだ。おかしい、今の行動に顔を赤くする要素はなかったはずだ。どう取り違えたんだ。
だが聞いてはいけないと本能が言うので気にせず食事を続ける。招待客がたまにおめでとうを言いに来るため、中々食べ進められない。悲しい。
ちみちみ食事を取っていたが、無事に満腹になった時、ピアノの音色が流れた。
ダンスの時間だ。
クラーク様が私に手を差し伸べる。私はその手にそっと自分の手を重ねた。主役だから踊らないわけにはいかない。
そのまま中央に向かうと、皆のため息が聞こえた。
慣れた様子で踊るクラーク様。それにリードされながら踊る私。以前からよくしていることだけど、クラーク様からの愛を聞いてから踊るのは初めてだ。妙に緊張してしまう。
手が汗ばんでいないだろうかと心配していると、クラーク様が私の顔を見つめながらうっとりとした笑みを浮かべた。また外野からほう、と言うため息が聞こえた。腰に回された手に、ぐっと力を入れられる。
私は視線を外すことも叶わず、恥ずかしいからと逃げることも叶わず、精一杯笑みを浮かべる。頼むから顔が赤くならないようにと願うことしかできない。
曲が終わりほっとするも、クラーク様は手を離さない。いつもは一曲で終わりなのに、そのまま二曲目に突入してしまった。
内心あわあわしているも、実際はどうしようもない。クラーク様が私の体を必要以上に引き寄せるたびに絶叫したくなった。とても幸せそうな顔をしているが、そんな顔をされても困る。
「レティ」
時折私の名前を溶けそうな声で呼ぶ。そのたびに心臓が跳ね上がるのじゃないかと思った。
「レティ」
二曲目が終わる寸前、周囲にわからないように頭のてっぺんに口付けられた。
私は限界だった。三曲目に突入しようとするクラーク様の手をやんわりと外し告げた。
「お化粧を直してまいります」
にこりと笑って引き止められる前にさっさと退却する。
手洗い場に着いて一息つく。
「色気……色気を抑えてくれ……」
思わず口にしてしまい、はっとして周囲を見回すも、誰もいない。
ほっとするも、きっと今頃私がいないからとご令嬢がクラーク様に近寄っているかと思うと何ともいえないもやもやが胸にできた。
いやいやいや、おかしいおかしい。
首を振って自分のありえない想像と感情を振り払う。
きりっと気持ちを切り替えて廊下へ出ると、誰かいる。はて、どこの貴族だろうと思っていると、私の意識は途切れた。
次に目覚めた時は馬車の中だった。
これはまさかと思うが、そのまさかだろう。
公爵令嬢レティシア、十七歳。生まれて初めて誘拐された。