破棄できなかった
登場人物の容姿についてはあまり触れないのでご自由にご想像くださいませ。
あー、幸せぇ……
嬉しくて少し涙が出る。幸せをかみしめながら、私は庭の芝生に寝転がっていた。そう、寝転がっている。
嬉しくてごろごろごろごろ転がり回る。あー、楽しい!
ごろごろしても叱られない、芝生に寝転べる! こんなこと婚約してからはできなかった! 最高!
ごろごろ転がっていたらお腹が空いた。
私は起き上がると、芝生だらけの服も気にせず、家にいる侍女に声をかける。
「リリー、魚釣りに行ってくるわ!」
「行ってらっしゃいませ」
リリーは私が小さい頃から仕えてくれている侍女だ。婚約していた頃は何かと口うるさく言ってきたが、そうでなくなってからは自由にさせてもらっている。
まあ兄との約束のおかげなのだが。
私が婚約してからしばらくして、あまりの妃教育の厳しさに耐えられなかった私は兄にひとつ約束をしてほしいとお願いした。
『クラーク様が自分以外に想う相手が出来たら、自由にしていい』
兄も死にそうな顔で日々を耐えている私を哀れに思ったんだろう。しぶしぶ頷いた。
そこからはそれだけを目指し頑張った。
いつかきっと私以外に目がいってくれるのを願いながら、文句言ってくる奴には内心めちゃくちゃに毒吐きながら何とかやってきた。
そしてついに! 先日! 夢にまで見た瞬間が来た!
ありがとうブリっ子。はっきり言ってうざい女が第一印象だったけど今はちょっとうざいぐらいに思ってる。ブリブリした女は嫌いだけどあの女なら仲良くなれるかもしれない。いやなれないかもしれない、だってやっぱりうざい。
スキップしながら進んでいたら思ったより早く川に着いた。いそいそ餌をつける。
釣れたら塩焼きにしよう。
大好きな釣りも存分にできてによによしてしまう。
うふふふ、ここに来てからずっと笑っている。
元々私は王妃など向いていない。昔から走るのは好きだし、口は悪いし、木登りするし、オシャレより自然を愛でるし、口は悪いし、口は悪いし。
なので今この大自然の中にいるのはこの上なく私に幸福感を与えてくれた。
七歳から禁止されてたことができるのって素敵……とか思っている間に一匹釣れた。アユだ。塩焼きに最高。持ってきた道具で内臓取って串に刺して塩をまぶす。枯れ木を集めて火打ち石で火を灯せば完璧。ああ、私のこの野生で生きていけそうな手さばき惚れ惚れする。自分だけど。
「楽しそうだな」
突然聞こえた声に顔を上げる。
「あら、クラーク様」
いつの間にか元婚約者が私の近くまで寄ってきていた。
「何か御用ですか?」
訊ねながら、焼き上がったアユを口に運ぶ。おいしい、素晴らしい焼き加減。さすが自分。
「それは昼食か?」
「はい。おいしいですよ」
「自分で釣ったのか?」
「ええ、私釣りと木登りと足の速さには自信があります」
もう食べながらしゃべっても叱られないので口に含んだまましゃべる。あっと言う間に一匹食べてしまったのでまた餌をつけて魚を釣ることにした。んふふふふ、次は何が釣れるかなー?
鼻歌を歌っている時に隣に人の気配を感じた。クラーク様が私の隣に座ったのだ。
一瞬この人のこと忘れてた。
「で、何か御用で?」
「いや別に?」
「え?」
用がないのに来たのこの人……意味わからない。
「君は今生き生きしているな」
「ええ、自由ですもの」
「やっぱり君は変わってなかったんだな」
「は?」
疑問の声を出した私は、釣竿から視線を外し、クラーク様を見た。
「君は俺がなぜ婚約したか知ってるか?」
「いや興味なかったんで知らないです」
その言葉にクラーク様は少し暗い顔をされた。今まで興味がかけらほどもなかったから気付かなかったけどこの人中々美形なんだな。
「木からね、落ちてきたんだ」
何が?
「十年前、城に公爵と一緒に来ていた君は城の中庭で木登りをしただろう。その時偶然そこを通った俺の上に落ちてきたんだ」
昔は父の仕事について行って王城に行くこともあった。城の中庭にある木がお気に入りで、父が仕事している間よくそこに上って遊んでいたものである。
ついでに木の上で寝てしまうこともたびたびあって良く落ちていたのでどれのことを言っているのかわからない。人の上に落ちたっけ?
「驚いている俺の上に乗ったまま、君が笑ったんだ」
またアユが釣れた。話を聞きながらささっと処理をする。
「それがとても可愛くて」
串に刺す。
「一目惚れしたから婚約を申し込んだんだ」
「あんたのせいか!」
「今の流れは喜ぶところじゃないだろうか」
「嬉しくない! そのせいで十年も苦痛の日々を過ごしたんだから!」
火を起こして魚を焼く。
「でも君だって婚約が嫌だと俺にはっきり言わないのに、定期的に女性を送ってきてただろう」
「バレてた!」
婚約破棄を狙って何度かハニートラップを仕掛けた。巨乳貧乳美尻スレンダーなど様々な美女。でも引っかからなかったから熟女かロリコン趣味かと思ってそれも送った。最近ではためしに男性も送った。でも一度も引っかからなかった。選り好みしやがって!
「あ、ちなみに俺と君、婚約まだ継続中だから」
「は?」
クラーク様は立ち上がってズボンに着いた砂を払っている。
いや、それより恐ろしい言葉が今聞こえた。
「近々迎えにくるから、それまでのんびりしててね」
「は、はぁ!?」
恐ろしいことを宣言してクラーク様は爽やかに去って行った。