王妃様の昔話
王妃様の言葉を反芻する。
初恋初恋初恋初恋初恋――
初恋?
ぽかーんと口を開けて間抜け面をしている私を王妃様は楽しそうに見ている。
「ど、どういうことですか?」
「やっぱり覚えてないのねぇ」
ふふふ、と上品に笑う王妃様。混乱する私。静かに侍女はお茶のお代わりを淹れる。
「クラークと婚約して初めてここに来た時のことよぉ」
王妃様は侍女が淹れたお茶を飲む。
「その日はまだ顔合わせだけだったからあなたはあまり次期王妃と言うことがよくわかっていなくてとてもはしゃいでいたのよぉ」
はしゃいでいただろうか……?
遠い記憶を呼び起こそうとしてみるも、まったく出てこない。
「顔を合わせた時にもう可愛い顔しながら『このかっこいい人と結婚するの? やったあ!』ってはしゃぐあなた。可愛かったわあ」
王妃様は遠い目を見ながら昔を懐かしんでいる。
「そのあとに、二人で中庭を散策させたのよぉ。あとはお若い二人で、てやつねぇ」
可愛い二人で仲良く中庭にいるのも可愛かったわぁ、と王妃様はにやついている。
「あなたは中庭に咲いてる花で花冠を作ろうとして失敗しちゃって泣き出しちゃって、それを見たクラークが、花冠を作り直して頭に乗せたのよぉ」
王妃様の頭はすでに昔に飛んでいるようだ。幸せそうにしている。
「そうしたらレティちゃんは泣き止んで、目をぱちくりさせながら、微笑むクラークをぽーっと見つめて、そのあとほっぺに口付けてねぇ。『クラーク様大好き』って飛びついて。あー可愛かったわあ。私、人が恋に落ちる瞬間を初めて見たわよぅ」
「そ、そんなわけ……」
ない、と言いたかったが、私には確信がなかった。
王妃様はにこりと笑う。
「だから、あなたクラークがまったく好みじゃないという訳じゃないのよねぇ」
言葉に詰まる私に王妃様は微笑む。
「ま、大体わかったからこの話はこれでお終いにして、このケーキ食べましょう? これ隣の国の首都でしか売ってないのよぅ」
言いながらケーキを勧めてくるので、有り難くそれを受け取る。
正直、食べているケーキの味などわからなかった。
◆ ◆ ◆
再びおじさん兵士達に囲まれながら歩く。
何とも言えない気分でいた時、中庭の近くを通る。
私は中庭に行きたいと兵士達にお願いし、多少しぶられながらも無事中庭へ到着した。
そこに腰を下ろし、花を摘んで結んでいく。だが中々うまくいかない。昔からそういえばこれは苦手だったなと思い至る。
あきらめて花冠のなりそこないを放り投げた。
投げた途端、私の隣に兵士の一人が座る。おいおい、仮にも私王子の婚約者だから隣に座るのはアウトだよ、と思ってる間に、鎧の手で綺麗に花冠を作っていく。この人手先器用すぎるでしょう。
じっと見ている間に花冠が完成して、頭に乗せられた。
「似合ってるよ、レティ」
低い声で言われ、どきりとした。
「ク、クラーク様!?」
「そうだけど」
あっさり正体を告げられた。
「な、なぜ兵士に……」
「そろそろ追いかけるだけじゃレティに飽きられるかと思ってアクセントを」
「いやそういうのは求めてない」
「そうか」
そう言うと兜を脱いだ。
「これ意外と蒸れるんだ」
「ああ、でしょうね……」
顔はいいのに何て阿呆なことをするんだ。
「昔、君に花冠を作ったことがあった」
クラーク様の言葉に動揺してしまう。それは王妃様との会話で言われた出来事に違いない。
「俺はとても嬉しかったんだ。初めて恋い焦がれた相手が婚約者になって。俺のことを大好きと言ってくれた」
懐かしむように微笑むクラーク様。
「でもその後、妃教育が始まってしまって、君は俺に笑わなくなってしまった。俺は申し訳ないと思いながら、手放せなかった」
クラーク様が少し近寄った。
「すまない。それでも愛しているんだ」
真剣な顔。途端に胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「も……」
「も?」
「戻ります!」
そう言うと、私は立ち上がる。クラーク様は悲しそうな顔をしながら、同じように立ち上がった。
「では送ろう。ああ、お前たちはもういい」
クラーク様はおじさん兵士を下げさせる。
二人で無言のまま部屋への道を歩く。がしゃりがしゃりと鎧の音がする。ちらりと見ると、兜が蒸れたせいだろう。やや汗をかいたクラーク様がいて、胸がどきりとした。
慌てて顔を振る。クラーク様が不思議そうな顔をしたが、突っ込んではこなかった。
部屋に着いて、クラーク様が扉を開けてくれる。
「レティ」
クラーク様は私の頬に手を伸ばそうとして、触れる前にはっとしたように引っ込めた。私が触れるなと前に言ったからだろう。
「……よい夢を」
そういうと、切なげな顔をされたまま、扉を閉められた。
「奥様、夕食の準備しますね」
複雑な私の気持ちなど気付いていないまま、マリアはにこにこと夕食をテーブルに並べていく。私は席に着く。
「ほ……」
「ほ?」
マリアが私の言葉を繰り返す。私はステーキ肉にフォークをブスリと刺した。
「絆されてなるものか!」
叫ぶ私に、マリアがこてんと首を傾げた。