穴があったら入りたい
あの後、クラーク様は壁を頑丈に補強すると宣言し、まあそうだよね、と私も納得した。
お互いのボロボロ具合を見ながら滑稽だなと思いながら、クラーク様は湯浴みの手配をしてくれ、お互いさっぱりした後に、「じゃあまた明日!」「ええ、また明日!」と興奮したままお互い各自のベッドに入った。
そして一夜明け。
私は今、羞恥心で死にそうになっている。
いや、じゃあ明日とか言っている場合じゃないだろう。何しているんだ昨日の私。
体が穴に引っかかるというありえない状況を見られ、淑女としてありえないボロボロの姿を晒した私は乙女としてもボロボロだ。
しかし、じゃあ明日と言った手前、おそらくクラーク様は今日来る。確実に来る。今日だけは放置してほしいと思っても確実に来る。
どうしようどうしようとベッドの中で悶えながら、穴があったら入りたいと思う。
そして閃いた。
穴、あるじゃない!
私はベッドからがばりと起き上がり、寝間着から部屋着に着替える。そのまま一直線に向かう。床についている扉を開けて素早くその中に入る。
この間見つけた床下収納です。
何でこんな所作ったんだとこの間は思ったけれど、今はこれをよく作ったと褒めてやりたい気持である。
ああ、落ちつく。
膝を抱えて座る。誰もいない空間は思ったよりも心地よく、私はあっと言う間に夢の世界に旅立った。
次に目覚めた時に聞いたのは、マリアの絶叫だった。
「お、お、お、奥様がいらっしゃらないいいいいいい!!」
相変わらず良く響く声である。
叫んだ後、バタバタと足音がした。マリアが外に走って行ったようだ。
「奥様見ませんでしたか!?」
「いや、見てない」
「奥様ぁー!」
おそらく扉の前にいる兵士に話しかけているのだろう。兵士の言葉にマリアはまた絶叫する。
マリアの声は良く響く。そのおかげで私がいないことが知れ渡ってしまった。あっという間に城内大捜索が開始された様子でいたるところから奥様という声が聞こえる。私は内心とても焦っていた。
出るに出られなくなってしまった。
今ひょいと出て行ったら、どうなるだろう。いや確実に呆れられる。しかもここに入った理由を聞かれる。恥ずかしいからだなんて言えない。そんな子供っぽいこと言えない。
クラーク様だけを撒く予定だったのに、とんだ誤算だ。いや、ただ私が軽率だっただけだ。
「レティ?」
どうしようと考えていると、クラーク様の声が聞こえる。
「レティシア、いるんだろう?」
この部屋は私がいないということで捜索隊は別のところを探している様子だった。
「レティ、今は俺しかいないから、今のうちに出てきなさい」
クラーク様一人なら今他の人はいない。この床下収納に入り込んだという間抜けが見つかることもない。
でもやっぱり昨日のこともあって出るのをためらってしまう。もぞもぞしていると足音がここまで近づいてくる。
「ここか?」
クラーク様が扉を開ける。しばらく暗闇の中にいたので眩しくて目を細めた。
「レティ」
ほっとした様子のクラーク様が、私の両脇に手をいれて持ち上げて立たせてくれた。
「なぜこんなところに……」
床下収納の扉を閉めながらクラーク様は言った。ええ、ええ、そう聞きたい気持ちよくわかります。
「ちょっとだけ一人になりたかっただけなんです……」
しょんぼりして言うと、クラーク様は小首を傾げる。
「なぜ?」
それを聞いてくれるな。そう思って見つめるが、クラーク様はそのまま私が口を開くのを待っている。観念して口を開く。
「恥ずかしくてですね……」
「うん?」
また小首を傾げられた。
ここまで言ったらわかれ! と思いながら、やけになって言う。
「クラーク様に会うのが気まずかったんです!」
クラーク様は衝撃を受けたようにたじろいだ。
「そ、それは、俺のことが嫌いになったという……」
「いやそうじゃなくて!」
なぜそういう話になるんだ!
顔を赤くしながら私は言う。
「き、昨日恥ずかしいところを見せたから、顔を合わせにくかっただけです!」
私の言葉にクラーク様はほっと息を吐く。
「大丈夫だレティ。君のどんな姿も愛してる」
「そういうことじゃないんですよ……」
恥ずかしくなって顔を覆う。こんなこと言わなきゃいけないなら初めから普通に顔を合わせておけばよかった。
「とりあえず、昨日はありがとうございました!」
「ああ、いや、どういたしまして」
お礼を言うと、クラーク様は微笑んだ。
「昨日のことは誰にも言わないでくださいね」
「もちろん言わない。あんな可愛いレティは俺だけが知っていればいいんだから」
「変な言い回しはいらないんですよ。とにかく他言しないでくださいね」
「わかった」
念押しすると頷いてくれた。
安心して一息吐くと、クラーク様はにこりと微笑んでくれた。
うう、今笑いかけないでくれ……
弱っている時の美形の笑顔怖い。
そう思いながら目線をそらすと、扉の所にマリアが見えた。
「あー! 奥様いたあ!」
マリアが叫びながら部屋に駆け込んでくる。
怒った顔で私の近くまでくると、大きな声でこう言った。
「王子とイチャイチャしたくていなくなるのなら、ちゃんと言って下さい!」
「違うから!」
「イチャイチャ……」
王子が嬉しそうにマリアの言葉を繰り返す。マリアに遅れて部屋に来た兵士もやれやれという顔をしている。
違う、違う!
「違うからぁー!」
私の言葉は誰も信じてくれなかった。