王子に申す
結局隠し扉の封鎖は出来なかった。
悲しい気分になるも、クラーク様がまた耳元であれこれささやくからそんな嘆いている暇もなかった。
クラーク様はテーブルを本棚から遠ざけ、色々ささやくだけささやいて去って行った。勝手すぎるだろ。
「ねえそう思うでしょ、兄様」
「お前そんなこと話すために俺を呼んだのか?」
兄が憮然とした顔で言う。
ちなみに私は外には出してもらえないが、人を呼んだり来客と話すのは問題ないらしい。なのでこうして兄を呼び出している。
「いや、本題は違うんだけど……」
「何だよ」
言うのを少しためらうと兄が面倒そうな顔をする。実の妹に対してこの態度はないと思う。
「クラーク様のセクハラがひどい」
意を決して言ってみる。兄はぽかんとした顔をした。
「はぁ?」
「クラーク様のセクハラがひどい」
「いや別に二回言わなくていい」
兄に制されて繰り返すのをやめる。
「婚約者なんだから少しぐらいで騒ぐな」
「でも私は今まで男性耐性ないのにひどい!」
「ひどいって……」
「だから私は耐性をつけようと思うの!」
「はぁ?」
私の言葉に兄は呆れた声を出す。
「たぶん耐性がないからクラーク様は面白がっているのよ! 男性に慣れて反応しなくなったらたぶんもう大丈夫」
「いや大丈夫じゃないだろう」
「だから兄様」
「人の話を聞け」
「手を貸して!」
そう言って兄の手を握る。
「…………」
「…………」
「…………レティシア」
「…………何兄様」
そのままじっとしていたら兄が声をかけてきた。
「これは何をしてるんだ?」
「男性耐性をつけようと思って男性である兄様を触っている」
「…………ご感想は?」
「まったく何も感じないわ」
「当たり前だ!」
叫ばれ、握っていた手を離された。
「男性以前に俺は兄だ。ときめくはずがないだろう」
「確かに……」
一理あると思い、考える。
「じゃあ別の人で試すわ」
「それだけはやめろ」
「でも耐性が……」
「いいからやめろ」
兄が真剣な顔でとめてくる。
「いいか、変なことをしないで、本人に言え」
「言ったけど聞いてもらえなかった」
「ただ言うんじゃだめだ」
兄は私にこっちにこいと呼ぶと耳元で作戦を伝えてくる。それを聞いて私は訝しげに兄を見る。
「そんなので本当にどうにかなるの?」
「なる。間違いない」
兄が頷く。私はそんなのでどうにかなると思わないが、兄はやけに自信たっぷりだ。
とりあえず、今は他に手がないから試してみるしかない。
私は兄に、頷いてみせた。
◆ ◆ ◆
クラーク様が隠し扉を使って部屋に来る。
「クラーク様」
声をかけると嬉しそうにこちらへ寄ってくる。
「とまって下さい」
私がそう言うと、クラーク様は立ち止まる。
「レティ?」
困惑した声が聞こえた。
私は出来る限り怒った顔を作る。
「クラーク様、過剰に私に触りすぎです」
きっぱりと言うと、クラーク様は少し驚いた様子を見せた。
「でも婚約者なら普通だ」
「私にとっては普通ではありません!」
強めに言うと、クラーク様はあからさまにしょげる。
「でも、レティが大好きだから触りたくなるんだ」
「ダメです」
「レティ」
捨てられた犬のような顔をされるが、そんなもので絆されない。私は怒っている。
「これ以上接触してきたら、私今後一生クラーク様の名前を呼びませんよ!」
クラーク様が息を詰め、体をよろけさせた。
「い、一生?」
「一生です」
「それは困る……」
「では今後はおさわりは厳禁です」
クラーク様が何か言いたそうにこちらを見る。
「ダメです」
強めに言う。
「わかった……」
その言葉に私は安堵の息を吐く。
話が通じた!
「あ、あと、部屋に来るとき事前に教えて下さい」
「わかった……」
あからさまにしょげているクラーク様。でもそんなの関係ない。今まで私にひどいことした罰だ!
「兄様ありがとう」
私は小声で兄にお礼を言う。
『クラーク様の名前を今後呼ばないって言うんだ。絶対これで条件を飲むから。強気に、言葉もきつめに言うんだぞ。本気だって伝わらないと意味がないからな』
兄よ、伊達に私より生きていない。今まで何の役にも立たない疫病神だと思っていたけれど訂正する。
私は生まれて初めて兄に感謝をしたのだった。