扉を閉めたい
一晩一緒に過ごしてしまった。
戻ってきた自室で茫然とする。
ちなみにクラーク様は仕事に行った。忙しいらしい。忙しいなら私にかまうのやめてほしい。
昨日は最悪だった。あのまま口以外の顔中に口付けされ、愛をささやかれ、身体を撫でられ、頭が沸騰するかと思った。
そんな私がどうなったか予測できるだろう。
気絶した。
完全にオーバーヒートだった。耐えきれなかったのだ。
よって、不本意だがそのままクラーク様と仲良くおねんねしてしまったのである。
大事なことなので言っておくと、クラーク様は宣言通り私を手籠めにはしなかった。おかげで私はすやすや朝まで熟睡した。
そして忙しいクラーク様は早朝に私に愛をささやきながら去って行った。
有難いことに、私は誰にも昨晩クラーク様と同衾したことがばれることなく、自室に戻ってくることができたのだ。
ふう、とため息が出る。ぐっすり眠ったはずなのにこの疲労感はなんだろう。
私は座っていた椅子から立ち上がり、テーブルを動かそうと試みる。
「ふぬぬぬぬぬ」
見た目に反して重い!
「何なさってるんですか?」
困り顔で部屋に入ってきたのはマリアだ。朝食を乗せたカートを引いている。そういえばお腹空いたな。
「マリア、手伝ってくれない?」
「なぜテーブルを動かす必要が?」
小首を傾げる。しぐさがいちいち可愛いな。
「この隠し扉を使えなくするためよ」
「隠し扉があるんですか!」
途端にキラキラした目をされた。
「やっぱりお城ってそういうのあるんですね!」
「ええ、そうね、でも今そういうのどうでもよくて」
「本抜いたら動くのって定番ですよね!」
興奮した様子でマリアがクラーク様の日記を引き抜く。動く扉。輝く瞳をするマリア。
「開きました!」
「ええ、よくそれってわかったわね」
「一目瞭然でした!」
マリアが一目でわかるということはやはり罠だったのだな。簡単に引っかかる自分が悲しい。
切ない気持ちになっている私を置いて、マリアは隣の部屋を覗き込む。
「これ誰かの部屋みたいですけど」
「クラーク様の部屋よ」
「え!」
マリアが驚愕で目を見開く。
「ずっと隣の部屋にいたんですか!?」
「いやいつからかはわからないけど、昨日にはクラーク様はいたわね」
マリアはへえー、と間に抜けた声を出しながら、本を戻し、扉を閉めた。
「すごい愛ですね」
「言わないで!」
「で、この部屋に来たんですか? 行ったんですか?」
「聞かないで!」
耳を押さえて首を振るもマリアは好奇心を抑えきれない様子である。
「もういいから朝ご飯にして!」
そう言うと、マリアはしぶしぶ準備をする。彼女は仕事に忠実だ。
「それで、どうしてテーブルを動かそうとしたんですか?」
「扉が開かないようにつっかえにしようと思ったのよ」
素直に答えると、マリアは残念そうにする。
「せっかくこの扉があるのにそれじゃつまらないじゃないですか。そのままがいいです私」
「あなた私の状況楽しんでるでしょ?」
「貴族王族の恋愛話は私たち下働きの者にとってはとっても魅力的なんですよ」
「知らないわよそんなの!」
「素敵な話題を提供して下さい!」
「いやよ絶対!」
「まず昨日何があったか教えて下さい!」
「言わない!」
「奥様のいけず!」
頬を膨らませるマリア。可愛いけど何が何でも教えない。だって教えたら絶対仕事仲間にベラベラしゃべる。あと奥様言うな。
「もう一人でやるからいいわよ!」
怒鳴りながらテーブルを動かそうと試みる。ほんの数ミリずつしか動かない。腕がプルプルする。
「奥様って」
朝食の片づけを済ませたマリアが口を開く。
「普段猿みたいなのに、基本は小動物ですよね」
「どういう意味だ!」