婚約破棄
原作小説1~3巻、コミックス6巻まで発売中!
アニメ2025年1月5日22:00~TOKYO MXより放送開始!
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我が婚約者殿が隣に麗しいご令嬢を侍らせている。
あれ、私のエスコートは? と思っていたら、私の婚約者であるこの国の第一王子のクラーク様が、ご令嬢を腕に絡めたまま私の目の前に来た。
「レティシア、ブリアナ嬢だ」
令嬢は私の近くにくるとさらにクラーク様の腕に引っ付いた。
「今日は君の相手はできないんだ」
私とクラーク様の様子を伺っていた人たちのおかげで静かだった広場では、その言葉はとても通った。
「それは、その方がお相手ということですか?」
「すまない……」
「と、いうことは婚約は……」
「……そういうことだ」
そういうことだ。
私はその言葉を何度もリピートする。
そういうことだそういうことだそういうことだそういうことだ。
と、いうことはそういうことだ!
私は手に力を入れる。
「やったわー!」
「は?」
両手を上に上げて飛び跳ねる私はさぞ公爵令嬢らしくないだろう。でも知ったことではない。令嬢らしさはもう必要ない。
そのままクラーク様の後ろでがっかりした顔をしている兄に駆け寄る。
「兄様、聞きました? 聞きました? もちろんばっちりでしたよね!」
「ああ、聞いた」
「ああ、やったわやったわ!」
私は胸の前で手を組んで、空を仰ぐ。ああ、神様ありがとう。今まで教会での祈りなんて面倒だとしか思ってなかったけど、今度からちゃんと祈る!
「苦節十年。七歳で次期国王の婚約者となってから来る日も来る日も勉強勉強勉強勉強勉強ダンスダンスダンスダンス! そしてなぜか頻繁にいかなければいけない茶会! 何ひとつ! 楽しく! ない!」
「レ、レティシア……?」
「やることなすことすべてにケチをつけられる。ゲハゲハ笑うなって、大口開けて笑ったら誰かに迷惑かけるのか? かけてないだろうが! 走ったらはしたないって、とりあえずケチ付けたいだけだろうが!」
「レティ……?」
「なっちゃったものは仕方ないとあきらめていたけれど、もうしなくていいのね! ああ最高。あなたのおかげだわ! ……なんだっけ、えーと、ブリ……ブリ……ブリっ子?」
「ブリアナよ!」
令嬢は顔を真っ赤にして怒る。
「ごめんなさい。だってすごいブリブリしてるから」
「馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしてるけど感謝はしてるのよ! ありがとう不良債権受け取ってくれて!」
「ふ……不良債権」
「一日十時間城に缶詰めで勉強して、ダンスして、茶会で貴族連中の嫌がらせに耐えるという苦行を代わりに行ってくれるなんて! 頑張ってね! 応援してるわ!」
「え……」
ブリっ子の顔色が変わったけど大丈夫大丈夫、愛があれば何でも乗り越えられるってこの間街に来てた吟遊詩人が言ってた。私はかけらも愛がなかったから無理。
「私を婚約者に無理やりした兄様、残念でしたね! 王家とのつながりは違うところから手に入れて下さいね!」
「わかったよ」
「兄様、クラーク様に良い女性ができたら、私は自由だという約束、守って下さいますね!?」
「わかったよ」
兄が諦めた顔をしている。
「ふふ、これで自由。私は今後はもう令嬢はやめるのよ! 田舎に行って魚釣って魚釣って木登りして、村の子供たちと戯れて、畑耕して、大口開けて笑って過ごすのよー!」
「レティ」
「あ、クラーク様、今までありがとうございました。さようなら、あなたみたいな高貴な方はめったに来ない辺境に引っ越すから私のことはお気になさらず。どうぞ存分にいちゃいちゃしてたくさん世継ぎ作って国を豊かにして下さいね。本当にお気になさらず、私は今とても幸せ。まあこうなるならもっと早く破棄しろよ私の耐えた日々返せと思うけど思うだけに留めておくからお気になさらず!」
茫然としているクラーク様に大きく手を振る。ああ、もう令嬢のあの小さな手の振り方もしなくていいのね。ああ、幸せ!
私は立ち尽くす人たちを置いて、来た時に乗った馬車に戻る。ああ、急いで準備しなくちゃ。これからが私の幸福の時間なのよ。頑張ったわレティシア。
私は自分を褒めながら、今後のことを思いながら家路に就いた。