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寝ぼけたアオと目覚めたハル

 夢を見ることってあるだろうかと聞かれれば、俺の答えはもちろんYesだ。

 むしろ、夢を見ない日など俺には無く、ただ毎日、見たくもない映画を見させられるかのようにただ自分が傍観者としてその場に居るような夢を見させられる。



 それも、だ。

 異世界冒険譚でもなければ、芸能人とよろしくやっているような夢でも何でもない。

 ただ普通の――春咲春はるさきはるという女の子が生活している普通の生活を終わらないエンドロールのように延々と見させられるのだ。



 それは俺が中学校に入学した時もそうだったし、中学二年の時に一個上の先輩に告白して振られて泣いた夜もそうだったし、極めつけは高校に入ってからもだ。

 それだけじゃない。この夢は本当の意味で夢なのだ。

 春咲春という女の子が実現していれば、まだ俺は正常と証言できていたが、残念なことに俺の周囲に春咲春という女の子は存在していない。



 存在さえしてくれていれば、思春期特有の好きな人や気になる異性が夢に出てくるという思春期疾患っていうことになるんだけど、残念ながら春咲春は本当に居ない。

 つまり、タルパということになる。タルパが分からなければエラー友達と解釈してもらってもいい。

 とにかく、春咲春という人物が居ないのに俺は延々と彼女の日常を垣間見てしまっているのだ。



 病院に行こうにも「思春期にはよくあることだよ」と医者に恥ずかし気もなく言われるのは嫌だし、そもそも親に何と言えばいい?

「知らない女子の夢、見るんだけど俺って病気じゃない?」と言えば、別の意味で頭を診られるに違いないだろう。それだけ、俺は親に信用されていないことだ。

 だが、しかし、何も悪いことだけでもない。というか、悪いことなど別にない。

 俺はメニュー自体に文句を言っているのではなく、メニューのバリエーションを増やせと言っているのだ。



 正直に言ってしまえば、春咲春だけではなく、他の女子たちも見てみたい。

 でも、結局見れるのは春咲春のつまらない普通の日常。



 そんな日常を覗く見る夢が今日も始まった。







 内履きのきゅっと廊下を踏む音が廊下にこだました。

 


 先生の後ろにピッタりとつくのは一人の生徒。五月も終わりに差し掛かった頃だった。

 紺色のチェックスカートが膝上で微妙に揺れ、まだ気慣れていないブレザーに制服のリボン。

 それとは対照的に切り揃えられた短い髪の毛とキリッと気が強そうに見える眉毛。



「それじゃ、準備はいい?」

 先生は担当のクラスに着いたのか、後ろを振り返り生徒に確認をとった。

「は、はいっ」

 生徒は緊張しているのか、表情は堅く、声は震えている。

「そんな緊張しないで。いいクラスだからすぐに馴染めるわ」

「……」

 コクりと頷くと、先生もまた頷き返す。

 そして、先生が手にかけていた扉を一気に勢いよく開け放つ。

「席に座ってください」

 先生が立っている生徒に注意をすると、生徒たちは素直に座り、先生を見やる。

 


 そして、クラスの奥側――窓側から生徒の顔が見えてくる。みんながみんな少女を不思議そう見つめていた。

 少女はたまらなく、思わず胸につけているリボンをきゅっと握る。

「それでは」

 先生が放つ言葉の一つ一つが遅延して少女の耳に入る。

 それどころか、少女の心臓が先生の言葉を上書きするように鼓動を早めた。



「ホームルームの前に転校生を紹介します」

 誰もが乱れることなく、先生の言葉に耳を傾けていた。無論、少女も。

「じゃあ、はい」

 先生が少女の背中を押して、自己紹介を促す。

 少女は不安そうに握っていたリボンを離し、クラス全員を右から左、また左から右へ見て。



「私の名前は」

 不思議と少女の声は震えることなく、いつもの自分だった。


「私の名前は――春咲春です」


 たった一言。そう簡単に少女は告げた。



 ゴールデンウィークもとうに過ぎ去った五月の終わり頃。

 俺――青嶋青あおしまあおはホームルーム前のクラスで仲の良い男子と女子と共に談笑に勤しんでいた。



「お前、Youtube見てねーの?! 昨日の動画マジ面白れぇから見ろよ! 今からでもさ!」

 俺の目の前に居る白瀬は椅子に座りながらも、半身はこっちに乗り出していて、手にはスマホが握られていた。

 それも画面をこちらに向けて。



「お前の動画つまんねぇもん。どうせ、コーラにメントスとか手垢まみれのネタ使った動画だろ?」

「バッ! 昨日のはちげぇって」

「じゃ、なんだよ」



 白瀬のスマホは一切見ずに机に頬杖をついては、窓の外を見ていた。

 ホームルーム前ということもあり、朝練常連である野球部や陸上部などは居らず、ただ広い校庭だけが広がっている。



「青、白瀬の動画見なくていいからね。私、昨日見たけどつまんなさすぎて低評価押したし」

 白瀬の隣――俺の斜め前の席でこちらに体を向けている駒形。

 ウチ指定の紺色のブレザーとチェックスカートがよく似合う今時のポニテ女子。

 けらけら笑うとポニテも揺れて、可愛らしい。



「お前か! 低評価入れたのはお前か! 通りで一個入ってたわけだ!」

「今更? というか評価だけはしてあげたんだから、まだマシじゃない?」

「そんな評価はいらねぇ! 評価するならグットにしろ、グットに!」

 白瀬は駒形の評価が不当だと言わんばかりに主張する。



 でも、本当に駒形の言う通りで評価されるだけマシなんだよな。

 世の中、ドラマにしろ何にしろ打ち切りというモノがあり、それは評価されなかった所以の結果である。

 評価という分母が増えなければ、分子であるグットやバットなんかは絶対に増えない。

 そういう意味では評価という分母が増えていれば、打ち切りやらご都合やら休業やらにならなくても済んだコンテンツはあったのかもしれないな。

 白瀬の作るモノはつまらないということに変わりはないけど。



「つーか、再生回数いくつなわけ?」

 俺は核心たる部分に迫る。

「60だな」

「……すげーな。60人もお前の動画見てんのかよ。もしかして、お前サクラでも雇ったのか?」

「それはどういう意味だ、このやろー」

 ニコニコしているが、白瀬的にキツく肩を落としている。



 白瀬も白瀬で色々努力はしているが、それがうまいこと動画に繋がっていないみたいだ。

 結果に繋がっていない努力を努力と読んでいいかはネットでもたまに論争のタネになったりするが、個人的には学生の間でなら、読んでもいいとは思っている。



「あぁああああ、くそっ」

「ほら、もう先生来るわよ」

 駒形が項垂れている白瀬の肩を軽く小突く。



 そんな白瀬の姿を――本当に悔しがる姿を見て、俺はいつも少しだけ羨ましく思っていた。

 動画投稿だろうが、何だろうが、本気で打ち込めていることに。



 俺も白瀬も駒形も高校二年で、高校も折り返し地点になりつつある。

 早い奴はもう志望校を決め、勉強に打ち込んでいた。部活をやっている奴も悔いを残したくない気持ちで一年時よりも気持ちを強く入れて練習に取り組んでいる。



 だけど、俺には何もなかった。

 勉強も普通で、部活なんかはやっておらずで。

 本当に空っぽだった。



「席に座ってください」

 ホームルームの時間になり、先生は立っている生徒に注意をすると、生徒たちは素直に座り、先生を見やる。

 そして、俺は気が付いた。

 先生の後ろに誰か――いや、とまったく一緒なことに。

 少女は不安そうにリボンを握り締めていた。仕草までもが、夢と同じ。



「それでは」

 先生の言葉が遅延して俺の耳に入ってくる。

 まるで心臓が先生の言葉を上書きするように鼓動を早めた。



「ホームルームの前に転校生を紹介します」

 誰もが乱れることなく、先生の言葉に耳を傾けていた。無論、俺も。

「じゃあ、はい」



 先生が少女の背中を押して、自己紹介を促す。

 少女は不安そうに握っていたリボンを離し、クラス全員を右から左、また左から右へ見て。



「私の名前は」



 少女の声は震えることなく、凛と鈴のようだった。



「私の名前は――春咲春です」



 たった一言。そう簡単に少女は告げた。

 

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