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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
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不夜城の怪人 第二九話 ディヒューマナイザー 1


俺は目の前に差し出された自分の左眼を眺めていた。


「いい加減吐いたらどうだ? 依頼人はあの男なのだろう?」


ピンク色の髪をした男が俺の左眼をえぐりだしたナイフを、真っ白なシルクの布でぬぐっている。一撫で、二撫で、銀の刃先を滑らせるたびシルクの布は赤く染まった。


「社長、あまり俺たちを困らせないでくれ。『時は金なり』、時間はエメラルドより貴重だ。アメリカ空軍を通してあの男が「彼」から魔本を奪うように依頼した、そうだな?」


奇妙な感覚だった。眼をえぐり取られ、指の爪は二◯枚全てがされているのに、全く痛みがない。麻酔をかけられたのとも異なる別の感覚だ。

痛覚を奪われた、それがしっくりくる。

俺が何も言わずに黙っていると、ピンク色の髪の男、マゼンタは深くため息をついた。心底うんざりそうな顔でめんどくさそうに俺の後ろにまわっていく。俺の動かなくなった右腕をつかむとキッチンの方へと歩いていく。身体の動かせない俺はただ引きずられた。俺の横をゴロゴロと目玉が転がる。

マゼンタはスイッチを入れた。するとキッチンのシンクの中でけたたましい音が鳴り始めた。それは生ゴミの破砕はさい機がうなる音だった。マゼンタは冷蔵庫からペットボトルほどの大きさの牛肉のブロックを取り出すと、俺の身体をシンクの中が見えるように抱き起こす。破砕機は轟音をあげ、金属の歯を高速で回転させている。

マゼンタは肉のブロックを投げ込んだ。ステーキを何枚も重ねたような巨大な肉塊が、みるみるうちに粉々のミンチに変わっていく。

マゼンタは再び俺の右腕を掴んだ。利き腕だった。


「言え。あまり大きな傷を負わせると死んでしまうかもしれんから遠慮していたが、それでは口を開いてくれんらしい。わかるな? 『沈黙は金』というがこの際は違う。三つ数える。うなずくだけでもいい。パレットはあの男から依頼を受けた、そうだな? ……三、二、一」


俺は頷きもしなかったし、はい、と答えることもしなかった。例え俺が死んでも構わない。あとはインディゴが引き継いでくれるだろう。こいつはインディゴにとっていい知らせか、悪い知らせかどっちだろうか? あのドラマかぶれは俺の死をなんと伝えるのだろうか、と考えると少し可笑しかった。

一向に口を開かない俺にマゼンタはまたため息をつくと、俺の右腕を轟音をあげる破砕機の中へと押し込んだ。





バロックは困り果てていた。


「爺さん、いい加減話しちゃくれないか? あんた何者なんだ? どうしてあんな所にいた? この漆間うるまとかいうヤツのパスポートをどこで拾ったんだ? 死んだ女とはどういう関係だ?」


『グランドキャニオンサウスリム、ハーミッツレストで殺人が行われようとしている』


バロック保安官がその通報に従って現場に急行、そこで女の死体に折り重なるように気を失っていた爺さんを発見したのは、おとといのことである。その爺さんは点滴を受けようやく目を覚まし、それからずっと事情聴取を行なっている。しかしこの爺さんが厄介やっかい者で、何を聞いてもじっとにらむばかりで口を開こうとしない。


「なんか話してくれよ。このままだとあんたを殺人容疑で逮捕することになるぞ。ああ、あと窃盗だな。パスポートも盗んだようだし」


パスポートには漆間うるま夜一と書かれていて、年齢は二◯歳とある。どう見ても爺さんのものではない。

それをあおるような物言いをし、爺さんの反応を窺う。すると、シワだらけの眉間にまたひとつ、大きなシワが深く刻まれた。

気分を害したのだろうか、しかしこっちは仕事をしているだけだ。それも気が滅入めいたぐいの。

深いため息をついてもう一度質問を繰り返そうとしたとき、爺さんはバロックと出会って初めて口を開いた。


「テオ・ランベルティに連絡を取ってくれ」


しゃがれた声で短く、しかし力強くそう言った。


「テオ・ランベルティ? ベガスのホテル王のか? 知り合いか?」


爺さんは眉間にシワを寄せたまま軽く頷いた。


漆間うるまからだと言ってくれ。そうすればわかる」

「漆間だって? このパスポートのか? 嘘だろ?」


写真の漆間は二◯歳、爺さんはどう見ても八◯は超えている。しかし彼はシワくちゃの顔でまた頷いた。


「おいおい、冗談もたいがいにしてくれよ……。あんたタイムマシンにでも乗ったのかい?」


漆間を名乗る爺さんはもう頷きはしなかった。ただ、話しはじめる前と同じように静かにこちらを睨むだけである。

気のせいか、爺さんはハーミッツレストで拾ったときよりも若返って見えた気がした。


「バロックさん、ちょっと……」

「なんだ?」


部下がバロックのことを呼んでいた。それに従って病室を出ると、軍服の男たちが数人立っている。中にはスーツ姿のガタイのいい男も数人混じっている。異様な光景だった。


「何者だい?」


真ん中の黒スーツの坊主頭が答える。


「その病室の男はテロリストでね。我々が身柄を預かることになった」


そう言って坊主頭はバロックに一枚の書類を押しつけると、ぞろぞろと病室へと入って行く。


「やめろ、何をする」


中から嗄れた声が漏れだすのを呆然と聞き流しながら書類を見ると、地方検事のサインとともに、空軍大佐のサインが書き込まれていた。





興梠こおろぎミナトが見つかった?」


秘書のカロリーナが微笑みまじりに俺にそう告げたのは新規建設中のホテルの作業現場で、作業員たちに労いの言葉とささやかな差し入れを終えたときだった。他のホテルオーナーたちは無駄なことだと馬鹿にするが、好感というものはもたれておいて損はない。何より賄賂を貰って建設中にホテルとそのカジノにイカサマの細工さいくをするヤツは多い。そういうヤツらを牽制けんせいするのにも必要なことだ。


「どこにいる?」

「うちの病院です」

「どの病院だ? うちの病院と一口に言っても、俺はこの街だけで三つも病院を持ってるんだ。それがわからんお前でもなかろう? もっともわからんというならクビだがな」


俺が苛立いらだちを隠さずに表現できるのはこの美しいイタリア系の秘書の前でだけだった。漆間と連絡が取れなくなった鬱憤うっぷんをこの二日間存分にぶつけている。そんな俺をからかってか、カロリーナは本題をわざともったいぶることがまれにある。日本からきた魔本の持ち主、興梠ミナトの所在をなかなか言わないのもその一環なのだろう。


「ここから五分のところの、ですよ。ちゃんと教えたのだからクビにはしないでくださいね。もっとも貴方あなたが私にお暇をくださるとも思いませんが」


そう言って妖艶ようえん微笑ほほえみを浮かべたので、軽く舌打ちをしてはやく行くぞ、と建設現場をあとにした。




「はい、そうです。間違いありません」


病室からわりあいにハッキリとした声がれてくる。


「だがな、消防隊がサーカスアクトの会場内に突入したとき、中にはあんたとピエロしかいなかったと言っているんだ。白髪の男なんて誰も見ていないんだよ」


興梠こおろぎミナトが入院しているのは個室らしかった。もっとも、病室から漏れてくるふたつの声から察するに、それはミナトが望んだわけではなく警察が事情聴取のために隔離した結果に過ぎないようである。


「白髪で仮面をした男、です。わかりませんか? 「彼」と言えば通じるんですか?」

「彼? 彼って誰だよ、いい加減にしろよ。入院中だからって甘くしてやってるってのに、そっちがその気なら今すぐ逮捕でもいいんだぞ」


病室をのぞくと、警察らしき男がブラウンがかったスーツを開き、腰のベルトにつけたバッジを見せつけている。しかしベッドに腰掛けている入院着の興梠ミナトはひるまない。


「構いません。僕はただの観客です。なんの罪も犯していませんから」


力強い目で言い放つと、手元に持っていたピエロマスクをそっと撫でた。


「言ったな、逮捕してやる。首を洗って待ってろよ」


鼻息荒く意気込む男の肩をテオは軽く叩いた。


「地方検事が令状を書くと思うか? 無関係の外国人を逮捕するのによ」


男はギョッと驚き振り向いた。


「あ、あんた誰だ?」

「この病院の理事長さ。そしてあんたがこれから会いに行く地方検事の友人で、あんたが所属している警察署の署長の飲み仲間でもある」


警察官は呆然としていたが、テオはそのまま続ける。


「あんたはこの際よく考えるべきなんだ。もし逮捕したとして、このガキが犯人じゃねえってときに、そのバッジをそのまま着けていられるかってことをな」


目の前の男はしばらく呆けたように口をぽかんと開けていたが、やがてゆっくりと焦燥しょうそうの汗が額から流れ始めた。


「あ、あんた、あんたまさか、テオ・ランベルティ……さん?」

「その通りだ。この街で俺に逆らうことの意味を知っているだろ?」


勝ち誇った顔でそう告げると、高圧的にミナトを尋問していた男は、バッタみたいにペコペコしながらそそくさと退室した。


「けっ、バッジを着けて銃を持つと偉くなった気になるらしい」


そんな警察の態度が昔から嫌いだった。イタリア系アメリカ人のコミュニティー、リトルイタリアにいた頃から横暴な態度をする警察をいつか見返してやると心に決めていたのだ。それが現実となったのは十年ほど前だったか。今では警察署長が自分に向かって頭を下げに来る。


「助けていただいてありがとうございます」


ベッドの方から、大きくはないが芯の通った声で謝意を示す言葉が聞こえた。頭を下げるその仕草は可憐かれんな少女を思わせる。しかし持ち上がった顔は信念を持つ男の顔だった。


「もっとナヨナヨしヤツだってぇ思ってたが、漆間うるまから聞いてた話と違うな」

「漆間くんを知ってるんですか!」


繊細な身体に似合わない大声で、テオは思わず耳をふさいだ。


「うるせえヤツだな、そうだよォ、知ってるよォ! 俺は漆間に頼まれててめえを探してたんだよ!」


チラッと見ると、ミナトはテオの両目をまっすぐ見つめている。大きな黒い瞳の奥に強い意志の炎が燃え上がるような眼力だった。

聞いていた話と全く違う。興梠ミナトは覇気のない情けない男のはずだ。まさか別人だろうか?


「漆間くんに会わせてください」

「あ?」


そうしてやりたいがこちらも漆間を探している。もっとも興梠が見つかったので探す必要もないかもしれないが。なにせこの男は願いを叶える魔本『堕天使の懺悔ざんげ』を持っているという話なのだ。テオが興味を持つのはそれだけである。


「僕はこの数日でわかってしまった」


あからさまに声のトーンが落ちる。


「なにをだ?」


テオは尋ねてみたが、ミナトには聞こえていないようだった。自分自身に向かって話しかけている。


「僕は悪人です。自分の力で誰一人救えない、悪人です」


そう白状するミナトは悪人には見えない。そのことばには自嘲じちょう的な響きのカケラも感ぜられない。自責の念を身体の奥に染み込ませるような、死刑囚が懺悔の手紙を書くような響きの言葉だった。


「だから、もう迷いはしない。僕は必ず「彼」に復讐する。そのためには漆間くんの力が必要なんだ」


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