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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
29/44

不夜城の怪人 第二一話 星条旗のもとに 10


「で、俺たちはぁその魔本ってのを探してるってぇわけですよぉ」


もはや二人に分身して見えるバーテンを呼ぶと、綾崎は四杯目のウイスキーを頼んだ。ヒゲをたくわえた二つのバーテンの顔は呆れた色に染まって見えたが、構うことはない。飲みたいだけ飲めばいい。何せ美女と飲む機会に恵まれたのは初めてだから。


なんてこのときはそう思ったんだ。甘かった。何もかも。



「あ、信じてないなぁ!? 俺ぇのいうことが嘘だと思ってる顔だぁ」

「いいえ、信じてるよ」


そう言った麻生清美の顔はなぜか切なげな色を浮かべていた。


「綾崎くん、あなたはあと一◯五日で死んでしまうのね」

「医者だってんなら助けてくださいよぉ」

麻酔ますい科医よ。専門外ね。それに六冊の魔本を集めたら助かるのでしょ?」


ふんっと鼻で笑う。ロックグラスのお氷がカランと鳴る。ウイスキーをそのまま喉に流し込んだ。

俺はベロベロに酔っていた。いつもより深酒したわけでもない。飲むペースを間違えた訳でもない。ただすごく酔っ払っていたことは確かだ。


「そう田沼はぁ、言ってますねぇ。だけど、三カ月で世界一周は少々キツいっすよぉ」

「……ちなみにどこなの?」

「何がぁ?」

「六冊の魔本の場所」


なんでそんなこと知りたいんですか?


そう質問すべきだったか、そんなこと聞かずに立ち去るべきだったか、どっちが正しいかったかなんて今でもわからない。

だけどこのときの俺は別の選択をした。


「田沼が言うにはぁ、田沼ってのは魔本の悪魔ね、リオ、モスクワ、ヴァチカン、アフリカ、それからこの、ラスベガス!!」

「田沼はどこ?」


穏やかな声をした彼女の表情は暗く重く沈んでいった。整った眉と眉の間に深いシワが刻まれていく。

初めて俺は質問をした。


「なんで……、そんなこと、知りた……い、んです……かぁ……?」


だけど質問は遅すぎた。

上まぶたは重く、下まぶたとの再会を恋しがる。ゆっくりと目が閉じられたあと、俺は崩れるようにカウンターに突っ伏した。




「目が覚めたかい? ミナト」


柔らかなシーツに柔らかな枕、そして耳に飛び込むのは柔らかな声。柔和にゅうわな笑顔で僕を見つめるのはアレックスだった。


「おはようアレックス。わざわざ起こしてくれなくてもいいのに」

「……心配だったからね」


そういえばアレックスはなぜ今日に限って僕を起こしに来たのだろう?

ミナトは不意にポケットを探った。


「ない!」


眠っているときも、シャワーを浴びるときも決して手放さない魔本がない。田沼がいない。


「探し物はこれかい?」


アレックスの手のひらの上に載っているのは文庫本サイズに戻った魔本だ。タイトル『堕天使だてんし懺悔ざんげ』も『the Fallen Angels’ Repentance』と英語に改められている。おそらくアレックスが触れたからだろう。魔本の機能のひとつだ。読み手に合わせて言語が変わる。


「ミナト、僕はこれを知っている。これは悪魔の潜む魔本だ」

「返してアレックス」

「なんで君が持っているのかは知らない。これは「彼」が持っていたものだ」

「返して! アレックス」


魔本が宙に放り投げられた。放物線を描いてミナトの手元に落ちる。抱えると魔本のタイトルが日本語『堕天使の懺悔』に戻った。


「だけど僕にはこれは必要ない。だから返すよ」

「……ありがとう」


ミナトは魔本を優しくでた。


「僕は見た」

「え?」

何を?

「君が炎を起こすところを」

「あれは……」


それだけ口にして思わず目を背ける。

またやってしまった。正当防衛とはいえ何人もの軍人を殺してしまった。

だけどあれは僕じゃない。


「ねえミナト!」


両方の肩が思いっきり揺すられる。肩を掴むアレックスの両手は痛いほどに力強い。


「僕たちを助けてくれ!」

「え?」

「君の力なら「彼」を殺せるかもしれない!」

「殺す!? 誰を!? 嫌だよ! 誰も殺したくなんてない!」


肩を掴む手を振り払おうと身体を左右に振ったが、振りほどけない。それほどにアレックスは力強かった。青い視線がミナトに注がれる。


「僕とシェリーを助けてほしい。そのためには先生を殺さなくちゃあならないんだ」

「その先生は、君たちに何をしたの……?」


アレックスは顔を背けた。後ろめたさを隠すように。


「シェリーを人質に、僕はもう四一人も殺してしまった」

「四一人……」


僕より多い。


アレックスがまたミナトに顔を突きつける。


「僕はもう人殺しなんてしたくない。だからミナト、「彼」を殺す手助けをしてくれないか?」


アレックスの青い瞳に映る自分はひどく動揺していた。




「あれ? 漆間うるまさん一人ですかい?」


ノックもせず部屋に入ってきたのはこのホテルのオーナー、テオ・ランベルティである。

綾崎を見失った夜、漆間は仕方ないので諦めて先にホテルに帰っていた。ひと眠りして起きた朝、まだ帰らない綾崎をひとり待っている。時刻は既に午後三時をまわろうとしていた。


「あんた、人の部屋に気安く入ってくるなあ」

「へへっ、ここは俺のホテルさ。あんたは借りてるだけ」


もっともだ、と一瞬思いそうになったが、宿泊客のプライバシーを守らないホテルなんて、ホテルとして最低だ。人は安心と快適を求めてホテルを借りるのだ。


「で、魔本の場所はわかったのか?」


漆間たちがテオに頼んだのは魔本の捜索だった。


「それはまだ。でもこいつを持ってきた」


テオがビュッと何かを投げてよこす。両手で白刃どりのようにそれを受け取った。白い手紙だ。赤いロウで封をしてある。


「なんだこれは?」


さあね、とテオは両手を広げた。


「ただ、あんたあてに手紙だとさ。差出人はアジア人の綺麗な女、らしい。漆間さん、あんたも隅に置けないね」

「女……?」


全く心当たりがない。裏を見たがそこには何も書かれていない。

意を決するまでもなく、何気ない手つきで漆間は手紙の封を切った。

この旅において手紙とは災いを告げるものらしい。

中に入っていたのは写真と一枚の紙だった。


「綾崎、お前もか」


写真に写っていたのは王子さまのキスを待つ白雪姫のように眠る綾崎の姿だった。

同封の紙にはグランドキャニオンまで『堕天使の懺悔』を持ってくるように日本語で書いてある。差出人は日本人らしい。


「あんたらの旅には敵が多いな」


横から覗き込んでいたテオが小馬鹿にしたようにそう呟いた。


「余計なお世話だ」

「ともかく漆間さん、あんたぁ今魔本を持ってねえんだろ? そいつぁ俺がきっちり探しといてやる。だからとっとと綾崎さんを助けに行ったほうがいい。グランドキャニオンは遠いぜ?」

「頼むよ」


それだけ言い終えると、漆間は部屋を飛び出して行った。


「こいつぁ、つく相手を間違えたかな?」


誰もいなくなった部屋の中、安楽あんらく椅子に腰かけたテオはメロンを一切れ口に運んだ。





「どうして入れてくれないの? 友だちだって言ってるじゃない!」

「だからねお嬢ちゃん、それを証明できるものがるんだよ」


二人のホテルマンはリタのことをどうしても漆間の泊まるスイートには通してくれない。どころか、自分と話していない方のホテルマンはどこかに連絡しようとしている。このままでは家出少女として通報されるのは時間の問題だった。


「わかった。私帰ります。さようなら」


不服さを押し込めてそう言うとリタはその場から離れていった。

ロビーに適当なソファを見つけると、そこに小さな身体をぐっと沈めこむ。マシュマロみたいに柔らかいそれは一日中、どころか夜を徹して遊びまわった疲れた身体を優しく包み込んだ。


「眠いな……」


ここで漆間が現れるのを待とう、と決めたけれど、その前に眠ってしまいそうだった。

しかし思っていたよりも早く彼は現れた。


「漆間!」


リタは笑顔を満面に浮かべて、彼に大きく声を掛けたが、漆間は全く気がつかず歩き去っていく。リタの言葉はエントランスを足早に去る黒く大きな背中に届かない。


「無視しないでよ!」


顔がかぁっと熱くなり、無愛想ぶあいそうな巨人に腹を立てたが、彼が妙に焦っていることに気づいた。

漆間はどこへ行くのだろう?

そういえばチラと見えた彼の表情は深刻に暗く沈んでいた気がする。

そういえば漆間はラスベガスに何をしにきた、と言っていただろう? 確か、願いを叶える魔本、六冊の魔本のうちの一冊を探しに来た、と言っていた気がする。


「もしかして、見つけたの……かな?」


だとしたら見てみたい。


「どこに行くか、こっそりついて行ってみようっと」


さっきまでの眠気は吹っ飛び、リタの心は好奇心に満ちていた。漆間を追う足取りは軽く、疲れを感じさせない兎のようにフワフワとしている。

しかし彼女は気づきもしなかった。これから向かう先に待ち受ける暗く重い、井戸の底のような闇、そして日本から引き連れた執念しゅうねんの魔手が待ち受けているということに。





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