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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
19/44

不夜城の怪人 第一一話 六人の堕天使


「閣下、大統領がおいでになりました」


き通るような金髪に大空のようなへき眼、イヴァン・ニキフォロフは主人にそう告げた。


「ルスランで構わないよ、イヴァン」


とび色の眼をこちらに向けた男は風雅にほほえむ。


「そんな、おそれ多い……!」


イヴァンは恐縮したが、ルスラン・アレクサンドロフの鳶色の眼はただ優しく彼を見つめていた。


「では、ルスランさま、と」


白い肌を朱に染めるイヴァンを、それでも構わない、とルスランは蒼く笑った。


「シャルティエは?」

「後からおいでになるそうです」

「その方がいいだろう。外務大臣は『願い』を強行しかねない」


制服に着替えながら、どこの部屋に通したのかな、とルスランは問う。


おっしゃられたとおり、円卓の間へ。皆様たいへんお待ちですので早く行かれた方が良いかと思います」


イヴァンは震えた声でそう主人に意見した。鳶色の眼がその碧眼をとらえる。


「優しいなイヴァンは。私とは大違いだ」


ルスランはふっと笑うと彼の金髪を優しく撫でた。イヴァンはほっと胸を撫で下ろす。

そうだ、とルスランは突然言う。


くらから長風呂敷ぶろしきを持ってきてくれ」

「わかりました。どんなものですか?」

「パトリチェフに聞けばわかる。私に頼まれたと言いなさい」


パトリチェフとはこのやしき家令かれいの名だ。かしこまりました、とイヴァンは応じた。


「では、行くとしようか。我が愛しの祖国の代表のもとへ」




「連邦保安庁長官ルスラン・アレクサンドロフ、参りました」

「遅いぞ長官。我らの時間はロシア国民の時間と思え」


ルスランは室内を鳶色の眼で見渡した。大統領、首相、国防大臣、外務大臣、etc,

etc……、円卓にずらりと並ぶ面々はまぎれようもなくこのロシア連邦の権力を握る者たちだった。それが秘書もつけずに、一介いっかいのロシア連邦保安庁(FSB)長官にすぎない、それもまだ三五歳の若造であるルスランのやしきに勢ぞろいとは、一体何ごとであろう、と事情を知らぬ者は思うだろう。

ルスランは一番手前の椅子に手をかけた。普段この円卓の間に椅子は一三脚しかない。それが今やその倍でも足りない人数が円卓に沿って腰かけている。家令のパトリチェフの苦労を思うと少し可笑しかった。


率直そっちょくに聞きたい。君は今、何をしているのかね」


先陣をきったのは大統領だ。


「閣僚のみなさまが行うべきことを代行しております」


不遜ふそんが過ぎるかな、と思いつつも態度を改めるつもりはない。ルスランがやっているのは大統領ですら持て余すほどの大仕事なのだ。


「質問に答えろ! 我らは貴様が世界中で何をしているのか、と問うているのだ!」


熊のような男が声を荒げた。横目にそれを見やると、顔を上気させ耳まで真っ赤に染めている。


「抑えよ、国防大臣。——しかしだ、アレクサンドロフ長官、君が不可解な行動をとっているのは事実だ」

「そのとおり。キューバに使者を送り、ノースコリアの大使館におもむいたというのも聞いている。さらにはオーストラリアではなんらかの施設を建設中だというではないか」

「これでは長官がクーデターを画策していると我々が考えても無理からぬことではないか、と思わんかね?」


次々とルスランの行ってきた準備が閣僚の口かられいでる。確かに彼はキューバにフョードルを送り、ノースコリアの使者であるキム一族の長男にも会った。これらを含めて、世界の計一二地点にて進行中の計画がある。しかしそれはクーデターの準備などという低次元の問題ではない。


「閣僚のお歴々はご存知のはずです。あなた方のスイス銀行の口座に毎年何ルーブル振り込まれているのか、私が知っているということを」


キョトンとした国防大臣を除いて、皆がハンカチで汗をぬぐったり、青ざめた顔をのぞかせる。


「権力を得るのにクーデターを含むいかなる暴力も必要ありません。なろうと思えばいつでも私は大統領になることができる。その辺りの事情にて反意なし、とお思いください」

「ルスラン・トゥリナーツアッチ……、奇跡の一三分、ロシアの英雄か……」


連邦宇宙局長官が独り言のように漏らした。ルスランが国民から英雄と呼ばれる所以、トゥリナーツアッチ、奇跡の一三分。


「わかった、クーデターのことは忘れる。ならば最初の質問に戻ろう。君は一体世界中で何をしている?」


大統領と閣僚たちを試す良い機会かもしれない。彼らが為政いせい者として真なる実力を持つか否か。


「わかりました。閣僚のみなさまにお教えします。目前に控えた戦いの時代について」


持っているならばよし、持たぬのならば……




式典用の華麗な軍服に身を包んだ銀髪の少年の隣を歩くイヴァンは、身の丈ほどもある長風呂敷のようなものを抱えていた。包まれた物は何だか重く、細長い。


「あなたはこれが何だかご存知ですか?」

「無論知っている。それはこのローエングリンとともに私がこの国にもたらしたのだから」


腰にしたレイピアを軽く揺すり、銀髪の少年はイヴァンに答えた。


「同様のものがあと五振りある。先の戦乱でいくつかは行方しれずになってしまったがな。知りたいか?」


いえ、とイヴァンが答えると、銀髪の少年はそれがいい、と微笑みまた黙った。

この銀髪の少年は何者なのだろう、とイヴァンはいつも考える。一五歳の自分とそれほど変わらぬ見かけであるのに、ご主人は彼に全幅の信頼を寄せている。まだ出会って数日間だが、他のどの大人よりも、もちろん孤児院の院長よりも、彼は落ち着いていて、まるで山奥の静謐せいひつな泉のように彼の心は静かだった。


「着きました」


そう告げると、彼はこちらを振り返った。


「イヴァン、その風呂敷はここに立て掛けておくといい。おまえはもうお行き。他の仕事もあるのだろう?」


同じ年頃の少年にたしなめられるように話されると腹立たしかったが、事実としてイヴァンは皿洗いの仕事がまだ残っているのだった。


「わかりました。よろしくお願いします」


扉の隣の壁に重たい長風呂敷を立て掛けた。


「そう、そこでいい。そこならば閣下の時が届く」


イヴァンは首をかしげたが、質問している暇はない。彼はそこから足早に立ち去った。

その背中を銀髪の少年はそっと見送り、素直な子だな、と漏らすのだった。




「以上が私の行為の全てです」


ルスランが話し終えたとき、円卓の間は静寂せいじゃくに包まれた。神妙な顔をする者、腕組みしてふんぞり返る者、表層に表れる態度はそれぞれだったが、心の内に秘める気持ちは皆同じらしかった。


「そんなこと、信じられるか」


国防大臣は全員の言葉を代弁だいべんした。


「長官は何故このような荒唐無稽こうとうむけいな話を我らに聞かせるのかな? そちらのほうを聞きたいな」


司法大臣が訳知り顔で彼に問うのを心の中で嘆息たんそくした。彼らには派閥はばつ次元の発想しかない。だからこそ自分が裏から世界に手をまわし、目前に控える災厄さいやくに立ち向かわねばならぬのだ。


「事実だからであります。これをご理解いただけないのであれば、これ以上私は語る言葉をもちません」

「いや長官、私は信じよう」


子どもをあやすように語りかけてきたのは大統領である。


「ただしそれが事実であるなら、私がするべき仕事だ。だからシャルティエをだね……」


結局それか。

ルスランは大統領を鷹のようにきっとにらむと、おろかな元首げんしゅ叱責しっせきしようと口を開いたが……

コンコン、とノック音がなった。


「閣下、シャルティエ、参りました」

「入りたまえ」


木製の優美な装飾がなされた扉がゆっくりと開く。戸口に現れたのは小柄な銀髪の少年である。彼こそがシャルティエ。この場で唯一、帯刀が許される存在。それがシャルティエ。

ルスランは横目で離れたところの外務大臣をうかがった。すでに中腰になってシャルティエのもとに歩み出そうとしている。危険な兆候だった。

恍惚こうこつとした表情で外務大臣がシャルティエの前にひざまずく。


「ああ、シャルティエ……! 私の、我が一族の願いを……!」

「そこまでにして頂けますか、大臣」


ルスランは大臣の背後にすっと立ち、とび色の眼でその後頭部を鋭く見据みすえ、彼の首筋に長剣をあてがっていた。


「いつの間に……?」


その場にいた誰もが凍りついた。外務大臣の生命を握るこの長剣はどこから現れたのか? いつの間にルスランは移動したのか?

その答えをシャルティエだけが知っている。


「どうか続きは仰らないで頂きたい。もしシャルティエに願いをいえば、私は管理者としてこのタンホイザーを振るわねばならなくなります」


大臣の首にヒヤリとした感触がひろがる。タンホイザーとルスランが呼んだ長剣は確かな実体を持っていた。タンホイザーの美しい刀身にはめられた赤いルビーは血の色のように鮮烈だった。


「しまえ! ルスラン・アレクサンドロフ! この場をなんと心得ている。無礼であるぞ」


見栄か意地か、辛うじて心を折られなかった大統領がその場の支配者を叱責した。ルスランは非礼を謝し、タンホイザーを円卓に立てかけた。


「大臣も……! シャルティエに今、願いを言おうとするなど非常識にもほどがある。以後、改められよ」

「すまなかった、長官……。先ほどのことは、なかったことにしてほしい……」


外務大臣は震えた声でルスランに謝意を示した。彼はそれを一瞥いちべつすると、大統領に向き直る。


「ご覧頂けましたでしょうか大統領。外務大臣のような良識的な方でさえ、かように魔本の願いで狂うのです。どうしてシャルティエを他者に任せられましょう?」


大統領は下唇をんでいる。他の政治屋たちも怯んでしまっていた。ルスランは続ける。


「第二次世界大戦末期、我が国の前身ソビエト連邦は、満州のラストエンペラー愛新覚羅あいしんかくら溥儀ふぎの持つ『堕天使の懺悔ざんげ』リキエルを奪うため日ソ中立条約を一方的に破棄しました。その結果どうなったか!」


ルスランは声を張り上げた。


「リキエルは手に入らず、日本との政治的確執は現在にまで及んでいる。その後の日本経済の急速な成長、そしてソビエトの斜陽しゃようを見れば、それは明らかな間違いでありました」


もはや大統領を含むロシアを支配する政治家たちは、ただ黙るしかなかった。


「願いの魔本、『堕天使の懺悔』とは人の世を狂わせるものなのです」


シャルティエの肩に手を置いた。


「シャルティエがロシアの地を踏んで早二◯◯年。我がアレクサンドロフ家は代々その魔本『堕天使の懺悔』の管理者でありました。いくたびも他国に奪われる危機がありましたが、そのたび我が祖先はそれを退けてきた」


シャルティエがルスランの前に立つ。まるでルスランこそが我が主人である、と見せつけるように。円卓の政治屋は椅子にはりつけられたように動けないでいる。


「私、ルスラン・アレクサンドロフも偉大な先人にならいたいと考えております。閣下がたにはその手伝いをしてもらいたく存じます」


ルスランはそう締めくくった。

 彼は言った。閣下たちに望むのは『手伝い』でしかない、と。

圧倒的、という他ない。

誰もが理解したであろう。この円卓の間の真の支配者が誰であるかを。このロシア連邦の真の支配者が誰であるかを。

銀髪の少年は腰にしたレイピア、ローエングリンに手を掛け円卓の政治屋たちを睨みつける。ルスランに従わない者を斬り捨てるために。

とび色の眼をもつ、ルスラン・トゥリナーツアッチこそがロシアの支配者だった。




「ラーサー、貴様に聞きたいことがある」


安物のウイスキーの瓶を片手で持ちながら「彼」は尋ねた。


「それを寄こせ。話は全てそれからだ」


土気色の顔をした酔っ払いは「彼」に酒びんを渡すように催促した。応じてそれをラーサーに投げる。


「貴様以外にも『魔本』はあるのか?」


重要な問いだ。「彼」はこれまで『堕天使の懺悔ざんげ』は自らの持つラーサーのみだと考えていた。

しかし、それでは辻褄つじつまの合わない事件が起こる。AJの『敵は能力者で日本人』という言葉だ。

悪魔が産み落とす能力は遺伝しないことが既に裏づけられている。「彼」の子どもたちには遺伝しなかったし、他に数例の実験を行ったがどれも能力を持たない正常な子どもが産まれるだけであった。

しかし、「彼」の記憶にある限り、日本人に『魔本』を使用したことはない。遺伝によって能力を得ることはなく、日本人には能力を得る手段がない。ならばどうやって能力者となったのか? それは何か別の方法で能力を得たことになる。

では別の方法とは何か?

願いを叶える魔本、『堕天使の懺悔』が複数存在するのではないか、と「彼」は推察したのだ。

ラーサーは瓶から直接ウイスキーをあおると、アルコールくさい息をまき散らした。


「知らなかったのか?」


「彼」は驚愕する。ラーサーはさも当然のことのように、魔本が複数あると肯定したのだ。


「聞いていないぞ!」


声を荒げると、ラーサーは自分の出てきた本をアゴでしゃくった。


「なんだ?」

「読め」

「もう何度も読んだ。しかしこれがなんだというのだ」


ラーサーの『堕天使の懺悔』の内容は単純であった。主と呼ばれる存在と六人の天使たち。天使たちはその才を主に愛され、蜜月みつげつの日々を天国でおくる、という聖書や福音ふくいん書にしても平凡すぎる文章だった。


「その天使Lっていうのがいるだろう?」

「ああ、それがどうした」


ラーサーは落ちくぼんだ目をこちらに向けた。


「天使Lは俺だ」


全身が総毛立つ。

六人の天使たち。そのうちの一人が目の前にいるラーサー。

これを待っていたのだ。この新しい風を待っていたのだ。


「悪魔ではなかったのか」

「呼び名などどうでもいい。ただの堕落者の成れの果てだ」


ラーサーは空っぽになったウイスキーの瓶を覗き込むと、部屋の隅にそれを投げた。


「すると、他の五人の天使たちも貴様のように魔本に潜んでいるのか?」

「そうだ」

「この天使たちの名は?」


そう尋ねると、ラーサーは露骨にめんどくさそうな顔を見せた。ビール瓶を投げつけると、しぶしぶながらに話し始める。


「この天使Hはハイネ。たぶんヴァチカンにいる。天使Dはデルトロだ。こいつはリオだな。真面目なやつだ。天使Eはエラームという。いけ好かないやつでな、アフリカのどこかにはいるだろう。天使Cはシャルティエ。ロシアに移ってからは大人しいようだ。——そして最後が」


ビール瓶のフタを歯でこじ開ける。そしてそのまま酒瓶を上向け喉に流し込んだ。


「おい、最後は? 天使Rはどこにいる?」


げふっと汚い音を立てると、ラーサーは満足気に「彼」を見た。


「最後はリキエル。何を考えているかわからんやつだ。少し前まで日本にいたが、たぶん今はこのラスベガスにいる」


「彼」は得体の知れない笑みを浮かべた。

AJの言う『敵は能力者で日本人』とはこのことだったのだ。


「リキエルは何をしにきたのだ?」


聞かなくとも想像はつく。そしてラーサーは想像どおりのことを話し始める。


「一人一人の堕天使の持つ力は不完全だ。それは貴様も知っているだろう」


そのとおり。ラーサーに願いを言った累計数千人の人々の願いは全て叶えられた訳ではない。約八◯パーセントの願いは叶わなかった。それらは「死んだ恋人を生き返らせたい」や、「世界征服をしたい」など、その願いを唱えた者の器量に比して巨大すぎる願いだった場合に叶えられなかった。


「しかしだ、俺たち六人が集まれば」


ビールを一気に飲み干した。


「あらゆる願いを叶えることができるというわけだ……」


ラーサーは空になったビール瓶を壁に向けて投げた。儚い音を立てて瓶が崩れ去る。

あらゆる願いが叶う。

なんと小気味よい響き。


「ラーサー、貴様はリキエルを探知できるか?」


できない、と小さな声が漏れた。


「ならば、能力者は?」

「目の前に現れればわかる」


つり上がった口角に意地の悪い笑みがこぼれた。

「彼」は決意する。『堕天使の懺悔』を全て手に入れることを。そのためにはまず、例の計画、急ぐ必要がある。

誰にも、ラーサーにも秘密の計画。

ゴート計画。

それには「彼」の息子たち、イザークとハンスが重要だった。


「手にしてみせよう。全ての魔本を……!」




「彼」の傲慢ごうまんな笑みを横目にラーサーは独り言のように呟いた。


「そう、あらゆる願いを叶えられる。しかしそれが事実ならば、俺たちは悪魔などと呼ばれてはいないのだ」


砕けたビール瓶をジロリと見つめ、ラーサーは窓から差し込む月明かりを避けるように消えた。


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