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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
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不夜城の怪人 第四話 kidnaps 4


————麻薬の密売みつばい人、自殺する————

一◯月×日未明、ネバダ州ラスベガス、ホテルグラージオの一室にてコカイン麻薬の密売に関与している男が自殺していたことがわかった。男はジョン・パーキンズ二四歳で、身体にあるイレズミと自筆の遺書からラスベガスを拠点とするギャング、Bloodzのメンバーではないかとみられている。この事件に関し、ホテルグラージオは以下の声明をだしており……




「ジェシカ、この記事は事実か?」


マグカップにインスタントコーヒーの粉を振り入れながら妻ジェシカは目を細めてこちらを見た。


「さあ、あたしにはわからないわ、あなた。いいことなんじゃない? 悪い人が死んだんでしょ。それよりも早くイザークを起こして」


大半の一般庶民しょみんにとって平凡へいぼんな朝、ごく一部の例外である「彼」は何気なにげなく見た新聞記事の見出しに驚いていた。

妻ジェシカの入れたコーヒーの香り、早起きして自分が用意した三人分のスクランブルエッグとソーセージ。パンはジェシカがこれから切ってくれる。

ダイニングは何もかも「いつも」の通りだったが、新聞と朝のニュースが「いつも」とは違っている。昨日と今日の明確な違いは麻薬の密売人の死だった。

やつは何故自殺した?

ジェシカは知らないことだが、「彼」にとってこの死んだ密売人は重要だった。

密売人、ジョン・パーキンズ個人ではなく彼のBloodzのメンバーという肩書が何よりも重要だった。

AJは何をしていた?

「彼」はすぐにBloodzのリーダーの名を思い出す。この件に関して彼と話す必要がある。


「あなた、イザークを起こしてってば」


ジェシカがパンを切りながら二度目の催促をする。


「ああ、すまない。すぐに行くよ」


「彼」は寝不足であきれ顔の妻をダイニングに残し、二階の息子イザークの部屋へと階段を登っていった。

イザークの部屋のドア前に立つと、かすかにイビキの音が聞こえる。どうやら息子はまだ眠っているようだ。スーツのポケットからスマホを取り出すと、「彼」は電話をかけはじめた。


「AJ、私だ」


電話の向こうでAJが背筋を正すのを感じ取った。ギャングとして恐れられている男が自分を恐れているのは結構気分がいいものだ。


「お前のところの売人が死んだようだが、アガリは確保できるのか?」


できるだけ冷酷に、感情を込めずに言う。AJのようなお調子者を相手にした場合、コテンパンに怒鳴りつけてやるよりも、得体えたいの知れない男の不気味さのほうが効果がある。


「だ、大丈夫だぜ、ダンナ。万事上手くいってる。今日も別件で稼ぐところなんだ」


やはりというか、AJには効いたようでギャングのリーダーとは考えられないほど恐縮きょうしゅくした声が耳に届いた。


「忘れるな、今の貴様がいるのは私のおかげだということを」


「彼」は返事を待たずに電話を切った。どうやらAJには代わりの収入源があるらしい。それだけわかれば十分で、今朝の異常は全て解消される。別にBloodzがなくなろうとも、「彼」としては大した問題ではないのだが、五年育てた資金源が失われるのはしゃくだった。

とにかくにも「彼」の朝も大半と同じ、平凡な「いつも」の朝へと戻った。

落ち着いたところで、イザークのことを思い出す。息子を起こせとジェシカに頼まれているのだった。目の前にある息子の部屋のドアに手を伸ばす。


「AJって誰だよ父さん」


振り返ると白髪の少年が「彼」を睨んでいた。いびきは消えている。


「起きていたのかイザーク」


部屋の中にいるはずの少年はドアを通らずに「彼」の背後に現れた。


「今起きたんだよ、わかるだろ」


白髪の少年は「彼」の息子だった。年は一◯歳。八歳のときにシラガが生え始め、先月ついに金髪から真っ白に生え変わってしまったのだ。「彼」自身も少年時代に白髪になっており、「彼」の父もそうだった。おそらくは遺伝だろう。


「その携帯どうしたんだよ。初めて見る」

「仕事用のだ。気にするな。————さあ、ダイニングで母さんが待っている。先に降りなさい」

「僕の前ではジェシカって呼ばないんだね」

「いいから降りろ!」


わかったよ、とイザークは渋々(しぶしぶ)降りていった。その小さな背中を見送り、「彼」はほくそ笑んだ。

順調に育っている。私を殺してくれる日も近いかもしれない。


「あなた、早く降りてきて。二人とももう腹ペコなのよ」

「わかったよジェシカ、すぐ行く」


「彼」はにやけ顔をやめてしかめっ面をつくり、ゆっくり階段を降りていった。




「どうしたAJ、誰からだったんだ?」


マイルスはチョコの包み紙を開きながら聞いた。


「身代金の要求額を増やすぞ」

「ええ、今さらかあ?」


振り返ると、AJはスマホを耳に当てたまま、青ざめた顔で立ち尽くしている。

AJはマイルスに新聞を投げた。


「マイルス、てめえ字ぃ読めたか?」

「読めるさ。しかしこれお前……」


新聞は大見出しでファット・ジョンの死を告げている。

「奴は敬虔けいけんなカトリック。自殺なんてするはずがねえ。カトリックだからこそ、イタリアマフィアと取引できてたんだからな」

「神も仏もねえなあ」


言いつつ胸の前でクロスをきる自分が少し可笑しかった。


「しかしよう、どうやって増額を伝える? またレストランの鉄仮面に預けんのか? めんどくせえからよそうぜ」


チョコを口に放り込むとバリバリと頬張った。カカオの香りが口いっぱいに広がる。

身代金の金額には理由がある。一◯◯万ドルとはBloodzが見極みきわめた一つのラインだった。Bloodzの狙う資産家は打算的なのだ。それ以上の要求には警察を呼ばれるが、一◯◯万ドルならば妥協だきょうして支払う。メディアに注目されるリスクと金銭とを天秤てんびんにかけ、人質が帰ってくるならばよし、としてしまうラインこそが一◯◯万ドルなのだった。


「何も前もって教えてやる必要はねえ。来たときに『もう一◯◯万ドルもってこい』、そう言うだけでいい」

「そううまくいくかねえ」


AJの焦りに不安を感じる。なぜ突然、ラインを破るのか?

マイルスはふいにトランペットを吹きたくなった。彼の唯一の趣味だ。しかし手元にはない。なぜだか今トランペットを吹けなかったことが一生尾をひく気がしていた。




「なんだそりゃあ? いつの間に手に入れたんだ?」


仮眠から目覚め、ミナトを助けに向かう準備をする途中、綾崎は漆間のふところからのぞくものに気がついた。強引に手を突っ込み引っ張り出すと、それは紛れもなくホンモノの拳銃だった。


「何のつもりだ、馬鹿かお前」


銃をジロリと眺め、手触りを確かめる。思ったよりもずっと重い。


「役に立つかもしれない」

「役に立つわけあるか。ボディチェックでもされたらどうする。カジノで勝った分が無駄になるぞ。め事を起こしたくはないだろうが」

「それもそうだ」

「置いてくぞ」


綾崎はカーマインの拳銃を引き出しへとしまい込んだ。





「こいつのパスポート見たときゃあ驚いたよなあ?」


教科書で見たような顔の男が馬用のムチで軽く頬をでてくる。頬はすでに赤くれ上がっていた。


「てっきりガキかと思ったってえのに俺たちより年上だぜ?」


ミナトは二四歳だった。


「しかも女じゃなくて男ときてる。まんまとだまされたよ、なあ!」


空気を切る快音が飛び、しなるムチが頬を叩いた。コンクリート打ちっ放しのフロアに炸裂さくれつ音が響き渡る。


「おっと、やり過ぎちまったか? 泣いたっていいんだぜ?」


ミナトの白い肌は無惨むざんにも赤く染められ、今の一撃で遂に皮膚が裂けた。パックリと開いた傷から、ふつふつ、と赤い水玉が走り、一筋、二筋の血流となって流れ落ちる。

ミナトは叫び声をあげたかったが、ううっとうなるのが精一杯だった。口をふさがれて声もでない。椅子に縛られ、手首に足首も動かせなかった。


「キング、お前やり過ぎだぜ。いつもAJに言われてるだろう、顔はよせって。親が見分けつかなくなったらどうするんだ」


ムチ男がキングと呼ばれて察しがついた。ムチ男は教科書で見た黒人解放運動のキング牧師にそっくりだった。


「バッカ、こいつの親は迎えに来ねえよ。これで二四歳だぜ? お友達が来るんだと。本人にもっかい聞くか?」


キングはミナトの口を塞いでいたガムテープを強引にがした。


「きっと、きっと漆間くんと綾崎くんは来てくれる。だから、僕は待ってる」

「そうか、よ!」

「うぎゃあ!」


快音は肌を裂き、今度はミナトも声をあげた。


「やっぱダメだな。男はつまんねえ。俺がムチで撫でてやると、女は『きゃあ!』っとカワユイ声を出すんだ」


キングはムチについた赤い血を丁寧に紙で拭った。


「そんですぐにこう言う。『やめてください、なんでもしますから』って目に涙を浮かべてな」


ミナトはキッとキングをにらんだ。


「なんてゲス……!」


しかしそんなことに構いもせず恍惚こうこつと彼は続ける。


「言われた俺は何も言わずジッパーを下ろす。一物を見せてやるんだ。するってえとどうだい?」

「やめろ! それ以上聞きたくない!」


キングはフヒっと息を漏らしよだれを垂らした。


「しゃぶりつくんだよ! 必死に!」


快音が鳴る。また叫んだ。


「普段お上品なものをお上品にお食事なさるだけの白人様の綺麗なお口がよお、俺の汚ねえ一物をしゃぶるんだぜ? こんな興奮することあるかってえの!」


固いムチがヒュンヒュンと鳴った。同時に皮膚を叩く湿り気のある音が鳴り響く。

こいつは許せないやつだ。

ミナトの中に不快感が広がっていく。不幸中の幸いか、両手の指は自由で、指を鳴らすことはできそうだった。

本当に幸い?

頭の中で問い直す声。

—————オレにヤらせろよ。

ミナトの右手が止まった。

漆間くんと綾崎くんを待つべきだ。僕が僕であるために。


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