それぞれの闘い
小型拳銃の発射音のような音を立てて志乃の鞭が弓歌に向かって奔る。縄跳びのようにリズミカルに床を叩いていたかと思うと、全身をバネにして弾け跳んでくるガラガラ蛇のように鞭が襲いかかる。単発の時もあれは二度、三度と続けて襲ってくることもある。リズムもパターンも全く読めない。しかも何の躊躇いも無く弓歌の顔を狙っている。弓歌が真剣に避けなければ鞭の先が弓歌の顔に当たっているはずだ。まだまだ百パーセントの攻撃ではなく底はまだ見せていないが、稽古で見せるような相手への敬意と気遣いは皆無だ。
使い込まれて十分に柔らかくなった鞭は志乃の指先の様に自在に動いた。弓歌の防御の隙間を縫うように茶色い閃光が弓歌の顔を襲う。鞭の伸縮のタイミングを測りながら弓歌が反撃する。志乃の左足首を狙うがあっさりとかわされる。鞭の攻撃のせいであと半歩が踏み込めないでいるのだ。すかさず鞭が弓歌の薙刀を握る左手を襲ってくる。鞭の先は音速を超えている。弓歌は必死で後じさって鞭をかわす。鞭先の丸い球が薙刀の柄を叩く。緑の光の泡が弾ける。空気を切り裂く音が遅れてやってくる。弓歌が少しでも気を許すと鞭が柄に絡みつき持って行かれてしまうだろう。
決定的な一撃こそまだ入らないが、確実に志乃の鬼力が弓歌に届き始めている。弓歌は歯ぎしりする。志乃の強さに奥歯を軋らせる。そして、息を荒げ、髪を振り乱し、まなじりに汗を浮かべながら必死に、無様に、逃げ回っている自分自身に。
「やるわね、松風」
弓歌が素直に本音を吐く。
「那賀倉さんこそさすがです。ここまで当たらないとは思いませんでした。でもいいんですよ?そろそろ本気出してもらって。わざと受けに回って長引かせてるでしょ?」
弓歌が真紅に染まった瞳を少し和ませる。
「もう少し長く踊ってあげるつもりだったけれど無理のようね」
志乃の瞳も左右とも真紅に染まっている。
「終わらせましょう、そろそろ」
志乃の瞳が緑色に変わる。弓歌の瞳が金色になる。部屋の空気が瞬間的に張りつめたものに変わる。二人の発する鬼風が共鳴し合い道場の壁全体がビリビリと震え低いハウリング音を奏で始める。
志乃の鞭が刻むリズムが先程よりずっと速くて細かいものに変わる。床の上でエメラルドグリーンの泡がゲリラ豪雨の雨飛沫のように次々と弾ける。弓歌の瞳から金色の光が溢れ出す。志乃は光を直視しないよう視線を逸らす。
「安心おし、松風。痛くはしないから」
弓歌が薙刀の刃を使って鬼眼の光を反射させ、下からも志乃の視線を捉えようとしてくる。志乃は顔をしかめながら間合いを取る。左手の鞭が空気に溶けるように消えた。空いた左手をかざして薙刀の反射光を遮る。右手の鞭がまた少し回転を上げたが、鞭が一本になったせいで空気を切り裂く音も畳に弾ける緑の泡も半分になる。
「エイッ―」
三日月形の刃が守りの手薄になった志乃の左側を攻める。左足の外側、踝を狙った刃を志乃の鞭が何とか弾き返す。金色の光と緑の泡がぶつかりオレンジ色の火花を散らす。形成が逆転し志乃が弓歌の攻撃を凌ぐ展開になっている。
弓歌の薙刀が蛇の舌の様に細かく動きながら志乃の隙を窺う。眼光は更に輝きを増し顔の表情が確認できないほどだ。薙刀の刀身も瞳と同じ金色に輝きまるでライトセイバーのようだ。弓歌が必殺技「水の中の小さな太陽」を繰り出す間合いを測っているのだ。鬼眼を活かした瞳術を得意とする早瀬川の必殺技で一般には金環蝕と呼ばれる技だ。鬼眼から放つ鬼力を刀身に反射させながら放つ一撃。相手は鬼眼に捉えられ金縛り状態になるか、刀身を直視することができぬまま必殺の一閃を受けることになる。弓歌の技も同じものなのだが、その眼光の強さと美しさ、眼と手から使わる鬼力で刀身が眩く輝き、水面に映る太陽のように揺らめきながら襲い掛かってくる薙刀の様子から、弓歌の使う金環蝕だけはこう呼ばれる。「水の中の小さな太陽」と。
「最後だ、松風」
金色の女神と化した弓歌が告げる。その声は深い洞窟の底から響いてくるようだ。視線だけでなく声にも鬼力が乗っている。聴衆を腑抜けにしてしまう声音だ。
と、不意に志乃の鞭の音が止んだ。鞭は志乃の右手から消えている。志乃は素の両手を胸の前でクロスさせながら、細くて長い指を鳥の羽根の様に柔らかく波打たせている。顔は正面を向いてやや俯き加減。そしてその両目はしっかりと閉じられている。
「何のつもりだ?」
全身をマッサージするような心地良いハウリングを伴った弓歌の声に若干の戸惑いが混じる。志乃は問いかけには答えずにただ右手を正面やや下に、左手を斜め上に掲げる。演奏を始めようとする指揮者のようだ。いつの間にか手には第二関節より先を切り落としたバックスキン製の皮手袋、その十指の先には指貫が嵌められている。手袋も指貫も綺麗な赤だ。
「そうか― お前、結絡の技が得意だったわね」
志乃が得意とする結絡縫は糸や紐を使った攻撃や防御の技を大系的にまとめたものだ。鞭も広い意味ではこの結絡縫の中に含まれるが、やはり結絡縫の真骨頂は糸や紐を使った繊細精緻な技術にこそある。
「ふふ、試してみるといい。子供の綾取り遊びが私に通用するかどうか」
弓歌が八相の構えを取る。本来、金環蝕という技は鬼眼から放つ鬼力を刀身に反射させるもの。一般的に瞳術使いと闘う場合、メドゥーサを倒した時のペルセウスのように、相手は眼を見ないよう盾などで相手の視線を遮るか、顔を直視せず足元を見ながら戦うのが常道だ。金環蝕は眼からだけでなく刀身からも眼光を放ち、相手が目を背けられない状況を作ってしまおうという技だ。だから眼からの鬼力を反射させやすい下段に構えることが多い。弓歌の構えは八相。攻撃的な構えで薙刀の石突部分が前足の先の床を、刀身が顔の後ろ、斜め上の天井を向いている。刀身に眼光を反射させるためには顔を動かさなくてはならないはずだが、弓歌の薙刀の刀身は輝きを失うどころか、それ自身が発光しているかのように燦燦と光を放っている。弓歌の眼と刀身から放たれる鬼力はもはや手で遮るといったレベルではない。対処法は自分も同じ強さの眼光を放ち拮抗させるか、あるいは眼を閉じること。眼力では弓歌に勝てないと判断した志乃は眼を閉じた。しかしこれは視覚を失うということでもある。実力伯仲の二人の闘いにおいて視覚を閉ざすハンディはあまりにも大きい。
「引き分けでよい。一緒にお茶でも付き合ってくれ。二時間ばかり付き合ってもらえればそれで十分」
これで勝ったという余裕もあるのだろう。弓歌の声が少し柔らかくなる。それでも志乃は無言のまま動かない。オーケストラの緊張が一点に集中する時を待っているかのように。
「往生際の悪い」
弓歌が薙刀を軽く握り直し、最後の一撃を打ち込むため後足の踵に力を込めたその瞬間だった。前に一歩踏み出そうとする前足に向かって緑色の線が走った。左足首でメロンソーダのような緑の泡が弾ける。志乃の右手人差し指と弓歌の左足首を繋いだ蛍光グリーンの線がピンと張って弓歌の体勢をわずかに崩す。
「クッ―」
鬼力で光るまで弓歌には全く糸が見えなかった。左足に絡んだ緑の糸を断ち切ろうと薙刀を振るう。その動きを見越したように志乃が体を低くし両足を踏ん張りながら左手を大きく振って何かを手繰り寄せる仕草を見せた。同時に志乃の左手人差し指と弓歌の右肘の間に蛍光グリーンの線が走る。
「―!」
弓歌の体が泳ぎ薙刀が床板に深々と刺さる。左足の糸は断ち切れたが、続けざまに蛍光グリーンのビームが伸び、志乃が一本釣りの漁師のように緑のラインを引く。ラインは弓歌ではなく道場の天井に向かっている。右足首でパチンと志乃の鬼力が弾ける感触があり、弓歌は無様に畳の上に背中から転がされていた。一瞬見えた道場の天井、太い梁を経由して真上から緑のビームが弓歌の右足首に伸びていた。天井の梁を使った立体攻撃。最初の左足首、次の肘に絡んできた糸、そして天井から降ってきた糸。一体どうやって糸を吐いたのか、どうやって自分に絡ませたのか。鬼力が通って光るまで弓歌には全く分からなかった。
「ぬぅっ―」
弓歌は必死に床に刺さった薙刀に手を伸ばすが、またもやパッと緑のラインが走り、薙刀は天井に向かって吊り上げられてしまった。
「―ふぅ」
ホッとしたように志乃が息を吐いた。指貫も手袋も消えている。
「松風、今の技―」
弓歌は起き上がることすら屈辱と言わんばかりに畳に大の字になったままだ。
「まだ練習でしか試したことなかったんですが。公式戦じゃありませんが今日が初披露ですね。グリーンオペレッタと言います」
普通、結絡縫に長けた鬼士であっても片手で二本、両手で四本の糸を操るのがいいところだ。片手三本ずつ、両手で六本扱えれば名人級といっていい。十指で十本の糸を生き物のように操る志乃の技は神業級と言えるだろう。糸は黒い極細の絹糸。女性の髪の毛よりも細く撚られた絹糸は鬼士の視力をもってしても、立ち合いの最中にその動きを追うのは難しい。なおかつ糸が一〇本ともなれば尚更だ。この細い細い糸は志乃の鬼力を伝えるだけでなく、眼を閉じている志乃に弓歌の動きを知らせるセンサーの役割も果たしたのだろう。
「見事だな、松風」
弓歌は床の上に正座し両手は膝の上に置かれている。武と女のバランスが見事にとれた美しい座相だ。
志乃のオリジナル必殺技「グリーンオペレッタ」がどれほど見事な技であっても、弓歌とてモンスター級の鬼士である。普通これほど力の接近した二人が闘えば、そう簡単に勝負が着くことはない。これほど早く勝負が着いたのは「グリーンオペレッタ」が初見の技であったこと、弓歌が傑出した強い鬼眼使いであったため、自分の強い眼光のせいで細い糸が一層見えづらかったこと、そして何より志乃を侮り油断したこと。自身の慢心が招いた結果と言えた。
「これであなたに勝ったなんて思ってませんから、今日は引き分けということで。じゃ、あたし急ぐので」
一礼して背を向けかけた志乃を弓歌が引き留めた。
「待て」
弓歌が右手を志乃に向けて差し出している。握手のためではない。手には黒灰色の小振りな自動拳銃が握られている。
「勝負はお前の勝ちよ、松風。後でちゃんと鬼士院に届けておく。だが、今は行かせない」
志乃はジッと弓歌の拳銃を見つめ呟く。
「なぜそこまで?」
弓歌は細く笑ってスッと立ち上がる。銃口は志乃にロックされたままだ。
「塩弾ではないわ。今の闘いの後では実弾を防ぐ鬼力は残っていないでしょう?できれば闘い終わって鬼力を消耗した鬼士を撃つような真似はしたくない。しばらくここで音楽の話でもしましょう」
この二人、実は共にピアノが趣味。鬼士となった今でこそ趣味だが、小中学生の頃は各地のピアノコンクールの楽屋で火花を散らすことも珍しくなかった。つまり幼い頃から何かと因縁の深い二人なのだ。
「あたしが見届け人を務めたところで龍彦君の助けにはなりませんよ。あたしを行かせたくない理由でもあるんですか?」
弓歌の表情が引き締まる。
「鬼道よ。鬼道を守る。それ以外に何かある?さぁ、お座りなさい」
弓歌は銃口を突き付けたまま、空いた左手で座れと床を示す。撃ちたくないというのも本音だろうが、引き金を引くことに躊躇いがないのも事実だろう。
「弓歌さん―」
志乃が口を開きかけたとき、道場の扉が大きな音を立てて軋んだ。二人がハッとして扉を振り向いた瞬間、鍵がドアノブごと吹っ飛び扉が勢いよく開いた。顔を強張らせた鹿嶋田と塔子が道場に入ってくる。
「塔夜様」
「真幌様―」
塔子が志乃と弓歌の間に割って入る。さすがに弓歌は銃を下ろし鬼溜りにしまった。
「志乃、早く行きなさい」
「はい」
塔子に一礼して志乃が道場を出ていくのを弓歌は静かに見送った。塔子が両手を腰に当て溜息を吐く。
「随分気合の入った稽古だったようね」
「稽古ではありません。試合です。残念ながら負けてしまいましたけど。真幌様はご存知でしたか?あのグリーンオペレッタという結絡の技」
「あぁ、あれでやられちゃったの?練習の相手をしたことはあるわよ。稽古始式とかもっと華やかな舞台でお披露目するんだと思ってたけど。録画じゃなくて生で見たかったな。真弓、あんたカメラ切ったりしてないでしょうね?」
塔子はどことなく楽しげだ。後でじっくりと二人の闘いをチェックするつもりなのだろう。道場に設置されているカメラには人感センサーが付いており二四時間、道場に人がいれば録画するような設定になっている。道場への不法侵入対策などではなく、鬼士院からの指導で鬼士の犯罪を未然に防止するためだ。その気になれば人外の力を発揮して警察や防犯機器の力を無力化してしまえる鬼士達と普通の人間が同じ社会に暮らすためには、こうした鬼門側の自戒的措置も必要になってくる。
「はい。撮れていると思います」
弓歌はそう答えて立ち上がる。怖い顔で自分を見ている鹿嶋田にいつもの微笑みを向ける。
「そこをおどきなさい」
弓歌の言葉に鹿嶋田の表情が更に険しくなる。
「もう一度言うわよ。早くどきなさい」
「この―」
奥歯を噛みしめる鹿嶋田の肩口を塔子が鷲掴みにしてグイと引っ張る。よろけるようにその場を動いた鹿嶋田。同時に鋭く短い金属音が聞こえ、鹿嶋田が立っていた場所に弓歌の薙刀がそそり立っていた。志乃の糸が重みに耐えきれず切れたのだ。
弓歌は黙って床から薙刀を引き抜く。柄に絡んでいた志乃の糸がパッと赤く燃え上がって消える。薙刀はクルンと一回転して鬼襞に隠れた。
「真幌様、床は直させていただきます。それと丸い粒のものと細い線状の傷跡は私ではありません。松風ですので」
弓歌は塔子に一礼し道場から出て行った。塔子は相変わらず楽しそうな表情で、横で何も言えずただ立ち尽くしている鹿嶋田の頭を軽くはたく。
「あんたもまだまだ修業が足りないわね」
しょげかえった鹿嶋田は床の傷跡に視線を落としたまま「すみません」と小さく呟いた。
暗い倉庫の中。結局、龍彦と陣内の拳は触れ合うことはなかった。鬼力を使えない者としては最高レベルのスピードで急接近した二人だったが、あと半歩で攻撃の間合いに入るというところで、陣内が足を取られ前につんのめったのだ。どうにか転ばずに体制を立て直したものの、龍彦はあっさりと陣内の突進をかわし後ろに回り込もうとする。陣内は慌てて反転しながら龍彦の踏み込みを防ぐための左ロングフックを放つが、見えない誰かに腕を引っ張られたようにパンチが流れ、体が半回転してしまう。龍彦の気配をすぐ後ろに感じ、後ろ蹴りを浴びせようとするが今度は足がもつれて思うように動かない。ここに至って陣内はようやく状況を理解した。糸か紐のようなものが手足に絡みついているのだ。細いが意外と強く手で引きちぎるのは無理だ。試合前に身体検査があるため下剤の入ったタレ瓶を隠し持っておくのが精一杯で、普段身に着けているナイフはロッカーの荷物の中だ。次の手を考える間もなく龍彦のタックルが簡単に決まって陣内は床にうつ伏せに倒されてしまう。龍彦が器用に腕の関節を決め、両手を後ろ手に縛られる。手を縛ったのはナイロン製のロープのようだった。倉庫の中に転がっていたものだろう。
「ずるいなんて言うなよな」
龍彦が陣内から体を離しながら言う。の技は武闘会では個別の部はないのだが、「斬」「射」「拳」何れの部の闘いでも使ってよいことになっている。最近志乃から簡単な手ほどきを受けている龍彦は両手の人差し指に指貫と糸を仕込んでいたのだ。身体検査でそれを目にした検査官は物珍しそうな顔をしていたが何も言わなかった。ルール違反ではないのだから当然だ。最近は結絡縫の使い手も減ったせいか武闘会で見ることはまずない。紅珠武闘会に限れば三二年前に京煌院の鬼士が「拳」の部で縄を使ったのが最後だ。志乃が錬成院四年生の時に、新春鏡開き式の模範試合で薙刀使いと剣士の二人を相手に右手で四糸、左で三糸を操ってみせた繊細精緻な糸裁きは、当時鬼界でかなりの話題になった。「天才結絡師現る」といった感じだ。おかげで志乃は錬成院史上最年少教諭に推挙されることとなった。
龍彦も志乃から貰ったお守りくらいにしか考えていなかったが、思わぬところでその糸が役に立った。志乃は場の状況に応じて絹糸、凧糸、ワイヤーから鞭まで使いこなすが、龍彦は素人には一番扱いやすい釣り用のテグスを使っている。
「そんなカッコ悪いこと言うかい。それよかさっきの話、本気で考えへんか。お前、稼げるで。鬼士なんかやめて俺と組もうや。七万や八万の年収は保証するで」
陣内はのんびりした口調だが、まだ龍彦の隙を伺っているようだ。
「錬気じゃそのロープは切れないよ」
龍彦の言葉に陣内はニヤッと笑ってフンと鼻を鳴らした。
「さて、ちょっとごめんよ」
龍彦は陣内の体を探る。襟元から手を差し込んで中から小さなケースを取り出す。ハッカ菓子のケースだった。
「毒の話、嘘なんだ?」
陣内が床に顔を押し付けたまま歯を剥き出す。
「言うとくけど、カエンタケ精製してマイコトキシン取り出すくらい簡単やで」
「でもマイコトキシンて有効な解毒剤がないんじゃなかったっけ?」
「あ、そうなん?ドジったで。ボツリヌス菌とか何とか言うんやったな」
倉庫の扉が勢いよく開けられた。警備担当鬼士二人と隠岐の姿が見えた。警備担当は一人は詩苑流、もう一人は御苑流の鬼士でどちらも顔見知りだ。龍彦の姿を見て隠岐はホッとしたようだった。鬼士が床に転がった陣内の手足を結束バンドで縛る。
「こいつかなり強い錬気を使いますから」
「分かった」
御苑流の鬼士が陣内を引きずっていく。
「おーい怜門君、お前のせいで三万円がパァや」
「三万?何それ」
「でもまぁええわ。さっきの話、考えとけよ」
警備室に引かれていく陣内を見ながら隠岐が龍彦に声を掛けた。
「お前勝ったのか、あいつに?」
「勝ったというか、勝負なしってところかな。意外とフェアな戦いをする奴でさ。やりやすかったよ」
隠岐がやれやれという風に小さく首を振る。
「何がやりやすいだ。お前、あいつが地下でどんな試合してるか知ってて言ってるのか?多分これまでに何人か殺してるぞ、あいつ。お前ら鬼と違って人間は脆いからな」
「随分詳しいね」
龍彦が隠岐の眼を見ながら言う。隠岐はすぐに眼を逸らした。
「俺も― 何度か出たことがあるからだ。地下マッチにな」
「妹さんのために?」
隠岐が顔を歪め吐き出すように言う。
「妹は関係ない。ギャラがいい。それだけだ」
警備の鬼士が二人に声を掛ける。
「龍彦、それから隠岐君も、早く控室に戻って準備しなさい。このことはもう本部に伝えてある。君らの組の試合開始は一五分遅れることになってる」
「はい。左古はどうなりました?」
「陣内が失格扱いで自動的に二回戦に進むことになったが、出られるかどうかは微妙だな」
「かなり悪いのですか?」
警備の鬼士が苦笑混じりに言う。
「怪我も大したことないし心配はいらない。ただトイレから出てこれんようだ」
龍彦は控室に戻りながら隠岐に手伝ってくれた礼を言う。隠岐は面白くなさそうな顔で小さく手を振る。
「別に― お前のためにやったわけじゃないし― まぁ、俺が損な性格をしているってだけのことだ」
それでも隠岐は龍彦の差し出した手を握り返しぎこちなく笑った。
試合前のハプニングにも関わらず、龍彦は自分が全く動じていないのが不思議だった。試合が楽しみで仕方がない。
「おい、何だよ急に―」
急に小走りになった龍彦を陣内が慌てて追いかけた。




