この物語の世界観「大和、砂の海を行く」1
岩と砂の大地はからからに乾き、赤茶けた岩も、赤茶けた砂も燃え出す手前まで熱せられている。もし僅かでも水分があったなら、ジュゥッと爆ぜるような音をたてたに違いない。熱と風で赤茶けた岩が劣化し砂となり、またそれが鑢の代わりとなって岩を削っていく。結果、岩は美しい芸術的なラインを見せる芸術品となり、砂は厚く積もって砂の海を作った。一体この赤い砂の海が出来上がるのに何億年かかったことだろう。残念ながらここにいるのは反政府ゲリラとゲリラを狩りにくる政府軍兵士たち、後は長い長い年月を地球とともにこの地で過ごしてきた動物たちしかいない。長いこの星の歴史を感じ、写真を撮り、砂だらけのテントに喜んで泊まり、貧しい子供たちを学校にやるための募金箱を前に、大きな寂しそうな目でこちらを上げてくる幼い兄弟のポスターを眺めながら「うちの子と大して変わらない年齢なのに」などと呟き、募金箱にお札を押し込んでくれる観光客はここにはいない。
トビュエラは岩陰からこちらを見つめてくる砂トカゲの視線を感じながら、一点の雲もない澄んだ青と赤茶色というおよそセンスの感じられない色使いの地平線に眼を凝らした。もちろん大自然の作り出す大パノラマに酔うためではない。旧式の狙撃用ライフルでもって真鍮製の安っぽい弾丸を叩き込んで欲しがっている政府軍の間抜けか、または久しぶりの蛋白質を提供してくれそうな砂漠鷲か山羊でもいないかと、両眼とも視力五・〇の眼を凝らす。背も低く、慢性的な食糧不足から痩せ気味のトビュエラたち山岳ゲリラだが、眼と耳、鼻だけは抜群にいい。特にトビュエラの目と鼻は仲間内でも飛び抜けている。鼻は匂いだけでなく磁石の機能も果たすので、星が見えなくとも道を見失わないですむ。ゴブリン光波を何時間浴びようが、ゴブリン血清を毎日打とうが、これほどよく見える眼も、よく利く鼻も手に入らないだろう。信じられないほどの若々しさと健康は手に入るかもしれないが、俺たちのこの眼と耳と鼻は手に入らない。もっともゴブリンズは別だが。まぁ、やつらは人間ではない。まさしくゴブリンなのだから俺たち人間と比べても仕方がない。
トビュエラは使い込んで飴色に染まった帽子をそっと脱ぐ。しばらく微動だにせず呼吸を測っていたが、突然弾ける速さで目の前の岩影に帽子を叩き付ける。クタクタになった帽子の生地越しに砂トカゲが跳ね回っている感触が伝わった。逃がさないようにトカゲの柔らかい体をそっと包んだまま帽子をひっくり返す。少しメタリックな薄茶色の体がグネグネとのたうっている。長い尻尾をつまむとトカゲはポロリと囮の物体を切り離す。ウネウネと指に絡んでくるそれを摘み、
「ピュン」
背後の岩陰から黒い毛むくじゃらの、痩せた小熊のような犬が走り寄ってくる。トビュエラの指を噛まないよう気を付けながら、まだピクついている尻尾をペロペロと舌で剥がす。クチャクチャッと二噛みほどして飲み込むと口の周りを丹念に舐める。トカゲの本体はトビュエラが所属するグループで一番若いソンガにやるつもりだった。ソンガは自分より4つ下の16歳。食べ盛りだ。岩トカゲなど大した足しにはならないだろうが、ここ数日こねた小麦粉に塩を加えたものだけの食事が続いている。小麦粉にトカゲのロースト。ゲリラには立派なごちそうだ。
トビュエラはピュンの頭を撫でてやり、再び地平線に眼を凝らした。動くものは熱々の風だけ。トビュエラは30分ほどそのまま監視を続け、少し離れた岩陰に身を隠している仲間とそろそろ交代しようかと考えた。
「―?」
地平線に何かを感じて、トビュエラは身を固くした。息を止めて地平線の辺りを凝視する。2、3分そのまま見ていたが、空はひたすらに青いだけ。大地もひたすら赤茶色なだけ。退屈なまでに表情を変えない地平線にトビュエラは緊張を解く。
気のせいか―
だが、ふっと気を緩めた瞬間、また何かを感じて眼を大きく広げる。気のせいではない。何かを見た―というより、眼で何かを感じた確信があった。再び息を殺して地平線の向こうを睨む。5分、10分と時計が進む。じれた後ろの仲間が身を低くしてトビュエラの横に這ってくる。
「どうした?敵か?」
リーダーのガトゥーラの問いかけに応えず、トビュエラはガトゥーラの首から電子双眼鏡をひったくる。しばらくの間双眼鏡を左右に振っていたトビュエラの手が止まる。地平線の向こうから小さな影が見えてきた。
「何なんだ?」
苛立って尋ねるガトゥーラに覗いてみろとばかりに双眼鏡を返す。少し苦労しながらガトゥーラも小さな影を見つけたらしい。
「おい― これは―」
ガトゥーラの喉がごくりと動いた。
「宇宙戦艦― 日本の宇宙戦艦だ―」
「あぁ、そうだ。ヤマトだ」
ガトゥーラは双眼鏡からちらっと眼を外す。
「何で分かる?もう一隻あるんだろう?宇宙戦艦は」
「あぁ、ある。ムサシだろ。マシャーズの町でニュースを見た。」
確かヤマトは3年前、ムサシはつい数か月前に就役したばかりのはずだ。ムサシのことを町の酒場のテレビで見たのは本当だ。だが、なぜあの船影がヤマトだと俺は確信したのだろう。
「何で日本の宇宙戦艦がこんな所に― 奴ら国外派兵はできねぇはずじゃなかったのか?」
「日本人か日本の国益が脅かされる場合は別なんだよ。あるいは国際紛争で国連からの要請があった場合。あとは友好国から式典なんかに呼ばれた場合だが、そういう時は公海上を飛ぶか、一旦宇宙に出て直接その国に降りるはずだ」
「政府の連中が呼んだのか?俺たちゲリラを殲滅するために?」
「日本は他国の内戦には口を出してこないし… 考えられるとしたら北の国境近辺だ。大規模なゲリラ集団が国境付近の町を占拠してるらしい。政府もお隣のマラネリアにとっても頭が痛い問題だ。あの辺はダイヤが出るからね。マラネリアは親日国だし、国連経由で頼み込んだんじゃないかな」
数か月前トビュエラは、こっそり町のネットカフェでネットサーフィンを楽しんだ際、ゲリラ集団のボスと幹部の一部はゴブリンだという噂があるらしいとの記事を目にしていた。日本が動くとしたらむしろそちらの理由だろうと思ったが、それは言わないでおいた。
「―しかし、すげぇな」
双眼鏡を顔に押し付けたままガトゥーラが呻くように言う。ガトゥーラを小突いて双眼鏡の順番を替わってもらい、ヤマトの姿に眼を凝らす。いくら眼がいいといってもまだ肉眼で見るには遠すぎた。
「―すごい」
同じ言葉しか出てこなかった。双眼鏡越しであっても、とてつもない巨艦が悠々と空を行く様はやはり圧巻だった。ヤマトもムサシも反重力機関を積んでおり、推進力にはダークイオンエンジンを使っている。静音性はかなり高く、ヤマトの乗組員達は機関が動いているのか止まっているのか分からないため、航行中はわざと電子音で加工したエンジン機関の駆動音を流しているそうだ。母の鼓動にも似た、ゆったりとした重低音の機関ノイズは、時代が移り変わっても乗組員たちに安心感を与える効果があるらしい。トビュエラもその巨大な艦影がゆったりと虚空を泳ぐ姿に、ゴォォン、ゴォォンという懐かしい巨大内燃機関の奏でる音を聞いたような気がした。
「逃げるか?」
ガトゥーラがトネビュラに聞く。いつの間にかヤマトの影は肉眼でも何とか確認可能な距離に近づいてきていた。ガトゥーラは武勇と仲間を思う気持ちは熱いが戦局判断は苦手だ。難しい判断を求められる場合はいつもメンバーきっての知恵者であるトネビュラに意見を聞いてくるのだ。そういう見栄を張らない素直なところもリーダーに相応しいとトネビュラは思っていた。
「いや、ヤマトにはこの岩山に何人のゲリラがいてどんな武器を持ってるかまでもうばれてるよ。ひょっとしたらこの会話も聞いてるのかもな。もっともヤマトの連中は俺たち山岳ゲリラなんか眼中にないよ。岩山にへばりついたゴミも同然さ。何もしてこないよ」
トネビュラは双眼鏡を顔から外すと後ろを振り向いてソンガに向けて手招きをした。若いソンガに宇宙戦艦を見せてやりたかった。




