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後編


「それで?その馬鹿に恋薬の効果が現れたと?」

「ちょ、ジオドールさんそこはダメですって!セクハラですよ!?」

「セクハラ?君と僕の間にはそういうものは存在しないね」

「カナリア殿下、紅茶のお代わりはいかがです?」


 日同じくしてジオドールキス事件の数時間後。いつも通りカナリアが医薬室を訪れた時にこの混沌とした事態は訪れた。

 どうやらライアの恋薬研究は、イベリスの花を入れることで成功したらしい。そういえば作り方の本のなかでどこか読めない字があったな、と腰に手を回したジオドールの手の甲をつねりながら思う。

 いつもクールで冷徹なジオドールをここまで変えてしまうライアの作った恋薬を恐ろしいと自分で思いつつも、どこか安心していることに疑問を覚えていた。

 そんな意味のわからない状態においてもただまっすぐ自分の欲望を満たすケオだけが、ゴーイングマイウェイをしていた。…どこか瞳が虚ろだが。


「ジオドール…貴方の汚い手でどれだけライアちゃんが汚れると思ってるの」

「ライア、僕はなんだか変な幻聴が聞こえるようだ、どうか診察してくれないか」

「紛れもない現実ですので診断する必要は無いです」

「カナリア殿下、お寒いのですか?震えていらっしゃいますよ?」


 1人は怒りながら、1人は華麗にスルーを決め、1人は死んだ目をして、それからもう1人は虚ろな目をしたまま怒った人を気遣っている。そうして支離滅裂な会話から脱却させたのは、カナリアの笑を貼り付けた怒りだった。パリーンと手に持っていたカップを割り、その破片をジオドールの投げつけることでカオスとかしたこの事態に新しい波を作った。


「ライアちゃん、解毒薬はあるの?」

「ええ、まぁ、一応…あるにはあるんですが…」


 チラ、と背中にカップの破片が刺さったまま倒れているジオドールを見て、ぎこちないまま口を開く。曰く、解毒薬を飲んでくれないらしい。

 それを聞いたカナリアは、何度目かのため息を深く吐いた。


「例えばお茶の中に入れてはみたの?」

「それが、もはや動物といっていいほどの野生のカンで解毒薬の入ってるカップだけは飲まないんです」

「何それどうやってわかるの」

「さらに『口移し』を要求する始末になりまして、」


 なんてことだ、と頭を抱えるカナリアに、ライアは続きを口にする。


「とりあえず口移しならケオでもいいかなと思いケオにやってもらおうと」

「だから彼の目が虚ろなのね」

「したんですがそこで乱闘がありまして」

「そうよね、よく想像できるわ」

「やむを得ず、今の状態です」


 そうでしょうね、というカナリアのなんと消え入りそうな疲れきった声だろうか。どこの国に第二王女を前にこのような事態を起こせるだろうか。

 しかしこの場にいるのはもはや異常なものしかないない。普通の状態のものが来たら間違いなく異常におちいる。カナリアがいい例であった。


「だったらライアが口移しすればいいんじゃないの?もうキスしたんでしょ?」

「あれはキスじゃありません、事故です」

「大丈夫よ、重要なのはファーストでもセカンドでもないわ、サードよ」

「いえ、基本的に全部が大切です」


 野球でもそうですよ、と口答えしつつも、ライアにはそれしかないとわかっていた。

 わかってはいたのだが……


「ライア、背中が痛い、触診してくれないか」


 今度はセクハラを要求してくる男に爆発してしまえと言いたいのは自然なことではないだろうか。いっそこのまま世間の目に晒されればいいのに。

 溜息をつき、ライアはこれ以上異常な人間を増やさないようどうするべきかを考える。彼には彼の仕事があるのだから、それを放棄させる訳にはいかない。ただでさえこんな状態のまま数時間が経過している。そろそろ彼を心配するものが現れてもおかしくない。

 これはもう口移しでのませるしかないのか、と諦めた時、ジオドールがむくりと起き上がり、後ろからライアを抱き上げた。


「っ、う、わ!?」

「ライア、一緒にどこか行こう」


 突然の誘いと浮遊感に驚きを隠せず、大きな声を上げる。しかしそんなこと気にせずジオドールはいつも見せない輝かしい笑顔をライアに見せ、抱き上げたまま窓をガラリと開けた。

 恐らくここから王城の外へ出るのだろう。そう理解するよりも先に、ジオドールは足で窓のふちを蹴り、外へ飛び出した。

 地上から遠く離れた場所に位置する医薬室の窓から飛び出る、ということは、つまり、落下するということで。

 後ろからカナリアとケオの心配する声が聞こえる。それに返事することもできず、次に響くのはライアの悲鳴だった。


「う、ひゃああああっ」

「悲鳴も可愛いんだな、ライアは」


 いつの間にか横抱きにされて、恐怖は倍増である。ジオドールの言葉に文句を言うほどの余裕もなく、されるがままにライアは必死にジオドールにしがみついていた。




 しばらくの空中浮遊を過ごし、ようやくそれに慣れてきた頃に、ライアの足は地上に降りた。降りた場所は、城下町だった。

 思わずバランスを崩したライアの腰に手を回し、「大丈夫か?」と紳士的に聞いてくるジオドールに、いつもの面影は見当たらない。

 だが、これがジオドールの熱情的な恋の形だとしたら。そう思った時、チクリとライアの胸が痛んだ。


「…?どうかしたか?」

「いえ、…ジオドールさん近いです」

「緊張してるのかい?久しぶりに自分に素直になれた気がするよ」

「つまり自分だけいい思いしてるんですね」

「そうだね、君に気持ちを伝えられると思うと嬉しい」


 一体この人は誰だというのか。もはや薬の効果とは言えなくなるほどの変わりよう。いつも無愛想に必要最低限のことしか話さないジオドールを恋しく思いつつ、ライアは自分の頭ふたつ分ある彼を見上げた。

 すると彼もライアを見つめていたらしく、パチっと目が合った瞬間、意地悪そうな目をした。


「何?キスでもしたい?」

「爆発してしまえ」


 いつの間にか右手は彼の左手と繋がれていて、リードされるように街を歩く。強引だけれど逃げ道を用意してあるような手の引き方に、ズルイ人だと心の中で呟いた。

 皮肉なものだ。ライアは目を伏せてそう思う。


「ライア、君にこのブローチが合う気がするんだが」

「…それはジオドールさんの瞳の色ですが」

「ああ、ライア、このドレスはどうかな。君に似合う」

「…それもジオドールさんの瞳の色ですが」

「おや、この髪飾り、綺麗なものだ、どれ、買ってあげよう」

「…綺麗な琥珀色ですねぇ、ジオドールさんと一緒の」


 本当に皮肉なものだ。

 ジオドールに手を引かれ、ジオドールに瞳の色のものをプッシュされ、断り続けてもう数時間が経過した。お互い仕事があるというのにほっぽり出して城下町で遊ぶなど、大人としてあってはならないことだ。

 本当に、皮肉だ。


「ライア、この花、君に合うと思うんだ」


 そう言って渡すのが、イベリスの花だなんて。

 ライアの知るジオドールは、花など贈らない。

 ライアの知るジオドールは、瞳の色など気にしない。

 ライアの知るジオドールは、こんな甘い言葉を吐かない。


 ライアが恋したジオドールの中に、まだ彼の恋した人がいることが、嫌だった。

 おかしいではないか、イベリスの花で恋に目覚めるだなんて。そもそも彼の恋した人を喩えた花で恋薬が作れるなんて。

 皮肉なものだ。どんなに彼とその女性が今関係を持っていなくとも、こうして繋がっているだなんて。


「ライア…?どうした?…泣いているのか?」


 ライアがしたかったのは、こうではなかった。ジオドールに元恋人がいるのは知っていたのにも関わらず、心のどこかで期待していた自分がいたのだ。

 もしかしたら自分に恋を、と。

 ライア自身、ジオドールに恋しているのかはわからなかった。でもたしかに彼の後ろを、いや、隣を歩きたいという気持ちはあったのだ。


「…っ、んな、」

「え?ライア?」


「っ、ふざけんなあああっ!!」


 しかし蓋を開けてみれば、彼はライアに恋しているように見えて、未だその女性の象徴であるイベリスの花を手にしている。

 こんなの、馬鹿にされてるとしか思えない。

 だから、ライアも予想はしていなかった。自分がここまで彼に恋していることに。

 ーーーー自分に気持ちのないジオドールを殴り飛ばすくらい、彼を思っていることに。





 それからは大変だった。今や国家の生きる国宝候補のジオドールを殴り飛ばしたライアは、慌てて衛兵を呼び、彼らに手伝ってもらって王城へ帰った。やっとの思いで医薬室に入ると、ケオが心配した様子でライアを抱きしめた。なんだかんだ彼はライアの幼馴染みであり、優しい存在なのだ。

 ジオドールはそのまま魔術師たちの住まう場所に連れていかれるわけにはいかないので、同じく医薬室に連れていき、清潔なベットでまだ眠っている。どうやらライアの拳がきいたらしい。

 静かに眠るジオドールを見てから、ライアは仕切ってあるカーテンを閉めた。すると、後ろからソプラノの優しい声が聞こえた。


「自分の気持ち、わかったようね」

「…カナリアさん」

「まったく、ライアも鈍いのね」

「……でも、ジオドールさんは、おそらく、その元恋人の女性をまだ、」

「ふふ、そうかしら?たしかにイベリスの花ってキーワードがあるかもしれないけど、本当にそうだと思う?」

「…?どういう、」


 ふんわりと笑みを零し、くるりと髪をなびかせて踵を返すカナリアを見つめ返す。彼女は振り向きつつ、口を開いた。


「ジオドールも、恋に奥手なのよ」


 そう告げて、カナリアは手を振って医薬室を出ていった。

 ライアはカナリアの言葉の意味がわからず、呆然と消えていった扉を見つめる。確かに、いつものジオドールならば奥手そうだなと思うが、今日のジオドールを見ていると、奥手どころか恋愛慣れしていそうだった。

 自分のデスクに戻り、置いてある透明な瓶を手に取る。水のようで、水ではないこの魔法のような薬。解毒薬を早く飲ませなくては、彼の仕事に支障が出てしまう。

 どうしようか、と声にもならない言葉を呟いた時、シャッとカーテンが引かれた。驚いて振り返ると、そこには頭を抑えながらヨロヨロと立っているジオドールがいた。

 慌てて支えようとするが、今の彼に手を差し伸べたらどんなことが起こるかわかったものではない。ジ、と彼の動向を見るべくその場に待機してみる。


「…ライア、」

「……?」

「俺は、お前が、」


 瞬間、フラ、とバランスを崩し、ジオドールが前に倒れる。ライアは彼の頭が床につく前に彼の懐の中に入り、なんとか地面激突を回避した。が、思いの外ジオドールとの距離が近いことに、彼の存在を意識してしまい、カッと顔を赤くする。


「クソ、さっきまでは、良かったのに…」


 さきほどまでのジオドールだったら、「俺」ではなく「僕」だった。さらに「クソ」だなんて言葉は使わなかった。

 つまり、薬を飲む前に戻ったということで。

 ガバッと彼の肩を掴んでジオドールの顔を覗き込む。顔は心無しか青白いが、不健康という程ではない。暖かいものを飲ませれば落ち着くだろうと思い、とりあえず彼をベッドに戻そうと、彼の体を支える。

 が、ライアの行動はジオドールの伸ばした腕によって阻まれてしまった。

 ライアより1回り大きい彼に、後ろから抱き込まれる体勢に、ライアの心臓は大きく揺れた。何かに耐えるように、ジオドールの息は荒い。その様子に寝ていた方がいいのではないかとさえ思う。


「…ライア、」


 掠れた低い声に、ドキ、と高鳴る。相手は病人のようなものだ。患者に高なってどうすると自分戒めるが、人間である以上この胸の高鳴りは抑えられない。

 ましてや、最近になって初めて気づいたことなのに。


「ちょ、ジオドールさ、待って、」


 気づけばライアの後頭部は医薬室の床にくっついていて、ライアの視界にはジオドールでいっぱいになっている。微かに彼の髪の間からは天井が見えていた。

 まるでジオドールに押し倒されてるような体勢…いや、押し倒されてるのだ。その状況に顔の熱が止まらない。


「ジオドールさんっ、」


 徐々に近づく彼の顔。言葉が出ないなら、と口にした彼の真意はわからない。

 ただ確実に近づいてる彼との距離に心臓の音が急速になっていく。壊れてしまうのではないかと本気で考えた時、ーーーー医薬室の扉が開く音がした。

 驚いてそちらを見た時、絶望したのはそこにいた3人のうち2人だった。


「またかああああああ!!」

「ケオおおおおおっ!!」




::::::




 どうやらジオドールは元に戻ったらしい。

 次の日、ライアはジオドールの体調を見るために、ジオドールの部屋を訪れていた。医薬師の権限として中に入れてもらい、彼の様子を観察する。


「…散々な目にあった」

「そのセリフは私のものですから」


 話し合いの結果、昨日のことは忘れようという結論に至った。ライアにしてみれば少し複雑なものだが、こうして元に戻ったジオドールを見ると、それもまたいいのかもしれないと思い直すことになった。

 ジオドール自身も、昨日の自分を許せないのか、滅多にしない謝罪を朝一番にライアにしたのである。

 とまぁ甘いように見えて苦い思い出しか残さなかった恋薬を、ライアは今後どうしようかと考えていた時だった。

 チャリンチャリンという医薬室からの呼び出しベルがなったのは。

 医薬室には既にケオがいるはずなのだが、と思い、心配になり、ライアはジオドールの元を後にして医薬室へと駆け込んだ。別れる際にジオドールが何か言いかけたが、ライアにはそんなのを気にしている余裕がなかった。

 バタバタと忙しく医薬室に飛び込むと、そこにはかのカナリア第二王女を今や襲わんとするケオがいた。心無しか顔が赤い。まさか酔っているのか、と一発殴ろうとした時、自分のデスクに透明な瓶が転がっているのが見えた。

 まさか、と思い、慌ててケオとカナリアの間に入って、カナリアを守る。


「っ、ライア!」

「ちょっと、ケオ!何してるの!」

「カナリア殿下、どうかこの哀れなわたくしめに慈悲のキスを」


 どうやら先ほどのベルは、自力でカナリアが鳴らしたものらしい。この獣に襲われる前でよかったと心底思う。


「ライア、これは一体…」

「多分、恋薬を間違って飲んだのかと、…え、あれ?」


 そしたら解毒薬を、と後ろで告げるカナリアの声が入ってこない。

 しかしその代わりに、思い出したのは恋薬の説明。たしかあれは自分がジオドールにしたものだ。


「『既に対象に恋をしているものには効かない』はず」


 じゃあ、これは、何?

 ケオが飲んだ薬、ジオドールが飲んだ薬、つまり、ライアが作った薬が、恋薬ではないのだとしたら。慌てて解毒薬をケオの口の中に入れ、噎せているスキに恋薬の説明書のある本を開く。

 後ろでカナリアの困惑した声が聞こえるが、構っていられなかった。

 パラパラと捲り、そうして開いたそのページには、こう書いてあった。


『ただし、入れる花によって効果は違う』


 どういうことだろうと思い、薄くなっている文字をなんとか目を凝らして読む。

 恐らく、今まで何も花を入れてこなかったから効果がなかったのだ。

 …つまり、今回初めて花を入れたから、効果が現れた…?

 閃いたその先に見える、新たなページ。そこには、花別に効果が記載されていた。


 そしてそこには。


『素直に恋を口にする薬』


 これは、医薬師ライアの恋薬の作り方の一つである。

ジオドールの元カノに対するものですが、確かに彼は元カノが大好きでした。しかし元カノに振られてしまいこじらせました。

また、イベリスの花ですが、彼が奥手というのはそれしか例えられないというものです。めちゃくちゃな感じに終わってしまいましたが、後々うまく修正していきたいと思います。

ここまで読了ありがとうございました!

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