表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

頭に浮かんだので書いてみました。


「ジオドールさんっ、今日こそは恋に向かって蹴落としてやります!」

「…毎回飽きないんだな、お前」


 ある日の王宮医薬室にて。真っ赤な髪をお下げにしてまとめ、清潔な白い制服を着た少女と、対照的に黒いローブをきた青年がお互い向き合って立っていた。少女、ライアは王宮に設置された医薬室で働く医薬師で、数年前にこの城に上がった。そんな彼女が差し出してる瓶を渋々受け取っている青年は、対して生まれた時から王宮に住まう王宮魔術師のジオドールである。

 彼の父は生きる国宝とさえ呼ばれた偉大なる魔術師で、その血を色濃く受け継いでる彼もまた、父に負けないくらいの実力を持っていた。

 そんな偉大な血を引く彼に、ライアはほぼ毎日飽きもせずある瓶を差し出していた。その名も、"恋薬"、である。


「この薬を飲めばいつでもクールな貴方は私にメロメロになっちゃいますっ」

「……そのセリフは何度も聞いたが、その効果は覚えがないな」

「きょ、今日こそは!!うまく行きます!」

「それも聞いたな」


 淡々と無表情でそう返すジオドールにめげずにこうも毎日のように恋薬を渡すライアの真摯な姿は医薬師の鏡だな、とジオドールは思うが、残念ながら研究にいかせてないのが事実なのでたいして鏡ではないのかもしれない。

 はぁとため息をひとつついて、ジオドールは仕方なしに渡された瓶の中に入った透明の液体を飲み干す。その様子をまじまじと、瞳には期待の色を乗せてライアは彼を見つめる。

 ゴクン、と彼の喉が上下に動いたのを確認すると、薬を飲み干した彼の状態を見ようと、ライアは背伸びをして顔を近づけた。


「どうですか?」

「……少し甘い水にしか思えない」

「味じゃないですっ、なにか効果はありますか?」

「…即効性のものなのか?」

「まぁ、本によれば目が合った相手が対象らしいので即効性のものかと」


 ただ、既に対象に恋をしているものにはききませんけれど、と付け足すと彼はピクリとまゆを動かした。

 ライアが薬を作る際にあてにしているのは、医薬師になったころ、ジオドールの父親であるテオドール大魔術師にもらったある本である。生ける国宝とさえ呼ばれたらしい大魔術師殿は、とある可愛らしいお嫁さんを貰ってジオドールを授かり、ジオドールに魔術師の座を譲るべく日々特訓させているのだとか。そんな方から貰ったその本は、ライアの中で家宝に近い存在である。

 そんなことを以前、息子であるジオドールに伝えると、彼は苦虫を潰したような顔をして、「あてにしないほうがいい」と言ってきた。理由はよくわからないが、偉大なる父を持つ息子の嫉妬だろうとライアは勝手に思っている。

 それにしても、こうやってジオドールを恋薬の被検体にしてはや5回目。こんなにも彼の体にいろんな物質をいれても大丈夫なのだろうかと思うかもしれないが、ジオドールにしてみれば例え体調不良になっても自分の魔術でどうにかなるのだ。それを理解しているのかライアもいいようにジオドールの身体を使う。ーーーーもっとも、ライアがジオドールを被検体にしているのは、決して彼の治癒魔術が万能というだけではないが。


「むむ、本当に効くんでしょうか…?毎回ちゃんと作ってるつもりなんですけどねぇ」

「まぁクッキーという名の黒いチョコレートよりも固いナニカが出来るくらいだから、お前の"ちゃんと"は"ちゃんと"ではないんだよ」

「恋を馬鹿にするジオドールさんに懸命に薬を作る乙女の気持ちなんてわかりません」

「乙女は変な薬など作らない」





 そもそもどうしてライアがジオドールに恋薬なんてものを渡すようになったのか。

 きっかけは王城で開かれたある日の夜会だった。

 その日、ライアは、夜会で貧血のため倒れたり、パートナーに足を踏まれ負傷したりという貴族の方々のために、医薬師として夜会の一角の部屋で待機していた。もちろん何があるわけではなく、たまに脚を引きずった貴族男性が現れるだけで、ライアは退屈をしていたのだ。

 一緒に医薬師をやっている幼馴染みのケオに断りを入れて、外の空気を吸うべく、華やかな夜会から遠のいた。庭には何名かの男女がいたが、それぞれ自分たちの世界に入っていて、医薬師の制服を着たライアのことなど気にもとめない。

 これは好都合だとライアがフラフラと心の思うままに庭を散策していたそんなときだった、真っ青な顔をしてしゃがみこんでいるジオドールを見つけたのは。

 医薬師として体調不良者を見過ごす訳にはいかない、とライアはそう思い、慌ててジオドールに近付いた。が、ジオドールの傍には既に誰かがいて、その誰かである豪華なドレスを着た女性がジオドールに何か言っているのが見えた。


「ごめんなさいね?私年下なんて興味なかったのよ」


 どうやら看病をするわけではないらしい。医薬師はそのへんの事情とかどうでもいいのだ。患者さえ助かればそこで医薬師の仕事は終わり。それを理解するライアにとって、彼女の言葉は捨て置いてもいいものだと判断したのである。

 うずくまるジオドールの何か悔しそうな言葉にならない声を聞いた瞬間、ライアは動いた。


「医薬師です、お顔色が優れませんが、何かありましたか!」


 ジャリ、と1歩近付くと、初めてライアの存在を意識したのか、もしくは誰もほかにいないと思っていたのか、どちらにせよ2人は突然のライアの登場にひどく驚いていた。

 女性の方は長居は無用とばかり身を翻して、早足にこの場を去っていってしまった。ライアはそれを見送ると、しゃがみこんでいるジオドールと視線を合わせようと、彼女もしゃがんだ。

 気分はどうか、と伝えようとした時、ライアは背後に何か気配を感じ、そちらを見たと同時にそちらから声が上がった。どうやら酔っ払いらしい。これは絡まれそうだと覚悟した時、その酔っぱらいのある言動にしゃがみこんで動かなかったジオドールが大きく声を上げた。


「恋人など、恋など、そんなもの馬鹿馬鹿しい!!」


 その言動こそが、ライアにとって恋薬の原動力なのである。ジオドールのこの言葉は、彼女にしてみれば一つの病気なのだと思った。恋を信じられなくなった病気。そう一度思ってしまえば、医薬師として治さなくてはならない。

 その瞬間彼女のやる気に火がつき、怒鳴り声を上げるジオドールの肩をつかみ、負けじと大きな声を出した。


「あなたを恋の穴にぶっ込んでやります!!」


 お世辞にも女性らしいとも思えない物言いに呆気にとられたジオドールを、これ幸いと言わんばかりに医薬室へとお持ち帰りした。もちろん夜の意味ではなく、物理的に、だ。その日から目出度く彼はライアの被検体となったのである。





 そんな当時のことを思い浮かべていると、黙ったまま動かなくなったライアを心配したのか、酷く顔を歪ませてライアを呼ぶジオドールの顔が、ライアの瞳に映った。


「大丈夫か」

「…思えばあの時はただの暇つぶしだったような」


 しかしライアはそんなジオドールのことなど気にするわけではなく、当時の回想で若干の罪悪感を覚えていた。

 ジオドールはようやく喋ったライアにホッとして、もう出るからな、と声をかけると、ライアは小さく頷いて再び瞑想の世界へと入っていってしまった。それがわかったジオドールは仕方なくため息をついて、医薬室を出ていった。


 その時に彼が、


「恋薬など…効くはずもない」


 そう言って、顔を赤くさせて自分の前髪をくしゃりと掴んだのを、ライアは知らない。







 そんなジオドールと入れ替わりで入ってきたのは、薄い桃色の軽いドレスを身にまとった、金糸の髪が魅力的な女性ーーーカナリア第二王女だった。

 彼女は生まれつき体が弱く、この世に生を受けた時から医薬室に通いつめていた。そんな中、ライアは歳が近いということでカナリアの診察という名のおしゃべり担当をしていた。もちろんちゃんとした診察は、超絶ベテランの医薬師室長にやってもらうが。


「こんにちは、ライアちゃん」

「こんにちは!今日は体調の方はどうですか?」

「少し体が重いかしら。でも歩くぶんには問題ないわ」


 彼女この言葉をスラスラと書き留めていく。これはライアの仕事の一つで、こうやって会話をしながら彼女の疲れ具合や体調を聞いて観察していく。いつも王家の者として背筋を伸ばすカナリアも、ライアを前にすればただの少女として羽根を休めるのだ。


「ふふ、先ほどホールでジオドールと会ったわ」

「ジオドールさんとですか?ああ、先程来て恋薬飲んでもらったんですよ」

「あら、まだやってるのね、それ」

「もちろんですとも!彼に恋という恋を教えてあげるんですッ!」


 拳を握り、背後に燃え盛る炎を背負うように意気込むライアを、カナリアはクスリと小さく微笑んだ。

 彼女の親、つまり現王と現王妃はジオドールの両親と大変仲が良く、今も交流を持っているらしい。そんな中、カナリアとジオドールが幼馴染みという関係になるのは必然で。

 カナリアには既に婚約者がいるが、ジオドールとは仲が良くーーーー本人達にしてみれば犬猿の仲ーーーー、ライアとの会話の中にちょくちょく出てくる。


「そうねぇ…でも一応、ジオドールも恋ってなんなのか知ってるのよ?」

「え?」


 意味深にカナリアが微笑んだ時だった。医薬室の奥のカーテンがシャッと音を立てて開き、その奥にいた人物が少し大きめの声を上げた。


「か、カナリア殿下!」

「あら、ケオ殿ではないですか」


 カナリアの名を呼んだのは、ライアの幼馴染みであり同僚のケオ。彼は絶賛カナリアに叶わぬ片想いをしている途中なのだ。もちろんカナリアはそのような気持ちなど気づくはずもなく、彼女もまた恋を知らない女性なのだ。

 少し顔を赤らめて、恋する人と会えたことが嬉しかったのか、ニヤつくのをなんとか堪えつつ、ケオはライアの隣に座り、自分も一緒に話をしようと口を開いた。


「私も、その、一緒にこちらにいても?」

「ええもちろん、お話はたくさん人数がいた方が楽しいですから」

「ありがたいお言葉。…おいライア、俺も呼べって言っただろ」

「うるさいな、そんなに好きなら奥に篭ってなければいいじゃない」

「お前と違って研究熱心なんだよ」


 隣同士小言を言い合いながら睨みつけていると、カナリアがクスクスと笑を深めた。それに気づき、ライアとゲオは彼女の顔を見つめる。


「どうかしました?」

「あら、ごめんなさい、笑うつもりじゃなくて。こんなところをジオドールが見たらきっと不機嫌になるんでしょうね」

「…?どういうことですか?」

「ふふ、そのままの意味よ」


 ね?と同意を求められたケオは、わからないが想い人にそんなふうに言われてしまえば大きく頷かないわけにはいない。

 激しく首を縦に振ったケオを残念なものを見る目でひとしきり見ると、ライアは思い出したようにあ、と声を出した。


「そういえば、ジオドールさんが恋を知ってるってどういうことですか?」

「ああ、話してなかったわね。知ってると思うけど、彼、一度年上の女性にこっぴどくふられてるのよ」


 当時のことを思い出したのか、クスクスと笑うカナリアは美しい。さらに意地悪さを隠しきれていないところがまた、少女とも女性ともとれる際どいところを意識させるのだ。

 そんな彼女に見惚れるケオの脚を踏みつけて、ライアは「それで?」と話を促した。


「ジオドールは、その女性のことをこう表すくらい恋していたのよ」






 ライアは1人、気分転換に医薬室から出て庭を散策していた。庭には色とりどりの花が植えられていて、さすが王城の庭だなぁと感心する。

 彼女の記憶の片隅には、自分の置いてきた故郷の家の庭が思い浮かべられていた。素朴で質素な家だったけれど、確かにあの空間はライアにとって優しく暖かかったものだった。王宮医薬師になってからは帰省することもなくなり、今では毎月書いていた手紙のやり取りも年に1度になってしまっている。

 サァッと風が吹き、ライアの真っ赤な髪と一緒に花々も揺れ、時には空へと舞う。ライアはそれを眺めながら、先程カナリアから聞いたジオドールの話を思い浮かべた。


 ジオドールがあの夜会で恋人とわかれたことは知っていた。恐らく恋を馬鹿にするくらいに、その女性のことを愛していたことも。

 それなのに何故柄にもなく気分転換などするくらいに心が乱れたのか。


「『イベリスの花』…ねぇ」


 その花がここにあるのだろうか、なんて見回してみるけれど、花屋の経験のないライアには花の種類など見分けることが出来なかった。元来、ライアは薬の調合をせず、診察担当なのでそういったことに長けているのはケオのほうだった。


「…いっそイベリスの花でも入れてみようかな」


 ヤケになれば実験が失敗するなんてことはザラにある。でもヤケにならないとやっていけないこともあるのだ。

 休憩終了を告げに後ろからやってきたケオに振り返って、ライアはイベリスの花の居場所を問いた。






「…ということで!今回はバージョンアップして作ってみましたっ」

「はあ、そのセリフは一昨日聞いたな」

「いいえこのセリフは一週間前です」

「使いまわしてるのか」


 さっそくライアはイベリスの花を使って恋薬を作ってみた。そうしていつものように医薬室を訪れたジオドールに飲ませる。

 ゴクン、と飲み干したのを確認し、ライアは何か変化はないか、と尋ねたその時だった。今までにない明らかな反応がそこにあったのである。

 そう、その変化はちょうど奥の部屋からケオがカーテンを引いて出てきた時だった。


「ライア、そういえばこの前の薬の効果なんだが……え?」


 ライアには今自分の身に何が起こっているのかが理解出来なかった。視界いっぱいに広がるのは、ジオドールの端正な顔と、父親譲りの黒いさらさらとした髪。

 さらに唇に感じるのは間違いなく目の前にいるジオドールの……


「ラ、ライアアアア!?」

「ひっ、いやあああああっ!!」


 ケオとライアの悲鳴が同時に、医薬室から王城へ響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ