魔物の聖域
「今日から触れ合う魔物たちは、ここに居ます」
グリフォンの一件から2週間後、俺たちはハインドフット教授の授業で、学校の私有地である“アハンネスの森”に来ていた。
アハンネスの森というのは、魔物の聖域なんて呼ばれることもある場所である。
グリフォンもここに基本住んでいる。
「ここには何種類くらいの魔物がいるのですか?」
「うーん、大体確認されてるのは2000種類くらいだねえ」
カルの問いにハインドフット教授が答えた。
そんなにいるのか。
俺たちの手の中にはグリフォンの卵がある。
グリフォンの卵はまだ生まれてからあまり時間が経っていなかったのだろう、アウルムが抱いていてもまだあまり反応はない。
もしかすると、人間(俺たち)を警戒しているのかもしれないとアウルムは言っていた。
まあ、人間に攫われそうになった卵って人間嫌いの魔物になるらしいからなあ。
俺らは卵が孵ったら攻撃をくらう覚悟をしなくちゃいけないってことであろう。
痛いのはいやだけどさ。
「今日は自由散策ですが、泉には決して行ってはいけません。泉にはグリフォンがいますからね。彼らは突然現れた人間には容赦なく攻撃を加えてきますから」
「「「はーい」」」
皆返事をして、班を組んで、それぞれバラバラに散策を始めた。泉の方を示してくれるナビ(魔術)をつけてもらっているので泉に近付くことはないだろう。
アホが毎年それで大怪我をしますという脅しネタもあったらしいが。
俺たちは森の中をあるき、俺たちから逃れていくアルミラージを眺めたり、蔓型の魔物に絡まれたりしながらゆっくりと進んだ。
「あ」
「ん?」
ルナが何かに気付いた。
俺たちがそちらに視線を向けると、そこに灰色の塊――アルミラージだ――が蹲っているのが見えた。
「アルミラージの仔供ね」
「あ、ちょっとケガしてる」
エリスが治してあげようか、と言い出した時、待て、と俺は声を掛けていた。
「?」
「上見てみろ」
「きゃあ!」
ルナが驚いて尻餅を着いた。
そこにいたのは、灰色の蛇だった。
「あー、蛇はダメか?」
「う、うん、ダメぽです」
「ほら、そのアルミラージはそいつのご飯だろ。ほっとこう」
「……」
エリスがちょっとしゅんとした。
アウルムが俺たちの背を押す。
「早く離れろ、それバジリスクだ。俺がそいつと目合わせといてやるから先行け」
「石化効かねーのか」
「金属ですから」
いろいろとお前チートだろ、と言いつつアウルムにそこを任せて足早に離れる。
「てかここ、バジリスク居んのかよ」
「だから魔物の聖域なんだろ」
ちなみにイミットにも邪眼は効かない。イミットの方が上位の邪眼を持っているためだという話である。真偽のほどは定かではない。ゼロは俺たちについてきましたから。
それにしても、かなり光が差し込んでいてとても明るい森だ。魔物たちは此処で暮らしている。
「魔物って言うと鬱蒼とした森に棲んでいるイメージがあったなあ」
「それな」
「グリフォンもゴブリンも自分たちで木を倒したりするらしい」
「自分らに丁度いい住みやすい環境を維持してるってことか。相当頭いいな」
ほら、俺たちとりあえず高校生終わり間近だったから。
つか、ゴブリンも自分でそんなことするんか……。
ここはどうやら陽樹と陰樹の混交林であるらしい。そこかしこから木漏れ日が差し込んでいて幻想的だった。
「綺麗だな……」
「ここでちょっと休まね?」
「そうだな」
ずっと歩いてたし。
俺たちはその木漏れ日の中で腰を下ろした。追いついてきたアウルムは此処がいい、と言って俺の横に腰を下ろした。
「寝ちゃいそう……」
「すやぁ……」
「ソル、寝るなこんなとこで……」
お前らも眠そうですな。俺も眠い。
俺は抱えている卵を撫でる。
ハインドフット教授にはあとで泉に行っていいか聞いておこう。
グリフォンは他の仲間の卵でも一緒に育ててくれる。
しばらくそこにとどまっていたら、むく、と卵が動いた。
「お」
「あ」
「孵りそう」
「おー」
1週間ぽっちで孵るんじゃねーよ、俺はアウルムじゃないんですが。
4つのグリフォンの卵が、ぴきぴきと音をたてて割れた。
ぐー
くぇー
声を上げて生まれてきたグリフォンのおチビたち。それと目が合った。
「グエ」
「ん。おめでと」
俺が声を掛ける横で、アウルムも声掛けをしていた。
「おめでとさん。ありがとな」
俺が聞きとってないだけかもしれないが、たぶんアウルムは毎度言ってるな、生まれてきた命に“ありがとう”とは、そんなんだから聖母とか言われるのである。
男なのに溢れる母性とか言われる原因だろう。
嬉しそうにぴぃぴぃ言っているアウルムのとこのグリフォン。
俺にすり寄ってきてはくれないグリフォン。
何この差。
まあいいけど。
「痛い」
「いたたたた」
ソルとカルの小さな悲鳴が聞こえてそっちを見たら、2人とも引っ掻かれていた。俺は引っ掻かれてないだけマシなの!?
「無理に抱くな。降ろしてみろ」
2人が大人しくグリフォンを降ろした。俺もそっとグリフォンを降ろしてやる。アウルムも降ろしたが、すぐに縋りつかれている。甘えたになったか?
降ろされたソルとカルのとこにいたグリフォンたちはさっさと泉の方へと走っていってしまった。
でも俺とアウルムの足元にはまだ残っていらっしゃいます。やめれ。はよ泉に行けや。
「進もう」
「その子たちどうするの?」
「相手しなきゃ諦めて泉に行くだろ」
縋りついてくるグリフォンを避けながらアウルムは立ち上がってさっさと進んでいこうとする。俺たちもその後を追う。俺のすぐ後をグリフォンがついてくる。
「お前早く泉に行けよ」
「グゥ」
いや、グゥじゃねーよ首左右に振るな何で否定してんだよ。
♢
時間になったので集合場所に行く。結局グリフォンは離れてくれなかった!
「お帰り~。おや? グリフォンの卵は孵ったのかい」
「孵りました~」
「でも俺とアウルムから離れません」
撫でようと手を出そうとした生徒をハインドフット教授が制止して膝を地面に着いた。
グリフォンってのは、こうやって持ち上げるべき魔物らしい。
「この先の泉へ行っておくれ」
フルフルと首を2頭揃って左右に振ってて可愛いんだけど、ダメだから。
「……あー。やりたくねーんだけどな、これ」
アウルムがそう言って俺を見た。
あー。なるほどね。
俺は手に魔力を集束させた。吹き飛ばすのだ。
グリフォンを。
グリフォンは人の手では育てられない。
そんなことをしたらただの腑抜けになる。
それはグリフォンとしてどうなのよ。
俺たちの望むグリフォンに成れとは言ってない。
グリフォンは、グリフォンとしてあれ。
出なければ、馬以下の畜生と変わらん。
「傷つける気かね」
「グリフォンを育てられるなんて、思っちゃいないっスから」
「俺はむしろ邪魔。スーと喧嘩するに決まってんじゃないスか」
厳しい言葉をぶつけられておチビたちは涙目になりだした。
てか、理解できてるんだな。頭いいな、グリフォン。
「さあ、行けよ。早く行け。じゃないと吹っ飛ばすぜ」
手加減はしねーから。
アウルムの手にも魔力が集束している。
「早く、行け」
「馬以下になりてーのか、アァン? とっとと行けっつってんだよ!」
俺とアウルム、考えてることはあんま変わらんようだ。
皆も固唾をのんで見守っていた。
「――3」
「――2」
「――1」
何方ともなく、舌打ちする。
涙目になりながらも、まだ俺たちについて来ようとしているのが、分かるから。
「――去ね」
「――あばよ」
どんっ、すさまじい音と、魔力の爆散。
グリフォンたちを吹き飛ばした。
手応えはあまりなかった。わざと外したからな。
「あぁ……やってしまった……」
「自分らで行こうとしないあいつらが悪いっスよ」
「外したから平気ですよ。俺たちはしばらくグリフォンには近付かない方がいいな」
「だな」
まあ、そこは自業自得である。
苦笑したハインドフット教授が言葉を紡いだ。
「ああいうことするから、人間の傍からグリフォンが離れないんですよ」
「?」
「近付かないなんてとんでもない。あの子たちは学んじゃいましたよ。あなたたちについて行くのがダメなら、連れてくればいい、会いに行けばいい、とね」
「「――は?」」
あれだけ盛大に吹っ飛ばしたんだぞ?
それで擦り寄って来るか普通!?
「まー、言葉を理解しているようだったしね」
「私とソル嬢はともかく、2人は確実に気に入られていたからな。グリフォンに宝物と思われているかもしれないぞ、その瞳も、髪も」
やめろ、超局部的。
ちなみに俺の髪はちゃんと染めているので青紫なのだが――何故だろう、あの子たちは俺を銀色で見ていた気がしてならない。
「ハインドフット教授」
「はい、何ですかオランジェ嬢」
「グリフォンって人に懐くものですか?」
「いいえ。人には懐きません。力でねじ伏せて初めて、仕えるにふさわしいと判断するのですよ。けれど、たぶんこの2人は魔力量の桁外れさを理解していて従っていたのでしょうね」
俺とアウルムは顔を見合わせた。
「……聞いてねーぞ、グリフォンって隠蔽破り持ってんのか?」
「いや、たぶん俺の所為」
「お前かーお前が孵して最高品質で生まれたからなんかスペックめっちゃ高くて俺たちの考えてること分かんなかったから情報集めようとして隠蔽破りとか読心とか心眼とか持つようになった系かコノヤロウ」
結局その日はそのまま帰ることになった。皆にはまたかーとかテイマーになっちまえーとか言われた。
「ねえ」
「?」
急に手を掛けられたので振り返ったら、アレクセイだった。
アレクセイは確か将来はテイマーだったな。
魔物を使役する部隊の師団長にまでなるのだ。
「すごいな、ロキ、は」
「あー、俺よりもアウルムの方がよっぽどすごいですがね」
俺は将来テイマーになる予定はない。
騎馬隊になる予定ならあるが。
アレクセイはなかなか俺のことをロキと呼ぶのが難しいらしい。男装令嬢、としか見ていなかったせいだと本人が言っていたのでそういうことだろう。
「大体自分、転生者ってハンデもありますんで」
「いいや、それでもそれだけのことができるのは相当なことだ」
アレクセイは俺たちが初等部に通っていたころからの知り合いになっている。
ソルが惚れるのも分からなくはない。
イケメンである以前にむっちゃ優しい。
ほめて伸ばすタイプ。後輩受けよさそう。
アレクセイの青い髪が風になびく。
将来彼は立派なヒポグリフに乗っている。こっちを僻まれたってどうしようもないのである。自分でなんとかしろ。
俺は面倒見ないしな。
アレクセイはソルにお任せすることにしている。
ちなみに、ゲームではソルとアレクセイの関連はこれっぽっちもない。
ソルが「自重なんて知らないわ!」と言い出したので俺たちももうゲーム設定無視していろいろやりたいことやろうって話になったのだ。
「魔物に好かれるって、才能だと思うのだけれど」
「それはそうでしょうね。でも、魔物が自分から寄ってきてくれるような者がテイマーになるのが一番いいと思いますがね」
それは将来、トレーナーと呼ばれる部類になっていく。
じゃあなんで、シドはトレーナーではなくテイマーを名乗っていたのだろうか。
まあ、そんなことはいいか。
俺たちはゲームキャラではないのだし、シナリオなんぞどこにもない。
この後食堂へ行ったらまたエリスが絡まれ、それをカルが助けた件で、ゲームじゃないと思っていてもなんだかその流れ自体はあるんやね、と思ってしまう俺だった。
ところで、アウルムに話を詳しく聞いたが、どうやら今回のグリフォンの一連の話は、今までの経験には無かったらしい。道理でチビたちを吹き飛ばした後のことの意味が分からないって顔してたわけだ。




