従兄弟は語る
中央付近にナチュラルにBL入ってます。
レイン視点
僕は、銀色の髪のいとこが嫌いだった。
最初に会ったのは女の姿だったが、しばらくして会ったら男の姿になっていた。
僕にとって、この、ロキでありスズであるいとこは、疎ましくて仕方がないものだった。
だって、僕がどれだけ努力しても手に入らない才能を持っているばかりか、僕の得意なものだって悠々と超えていくのだから!
魔術の適性だって振り切っている。これはフォンブラウという魔術師名門だったくせに剣術も一流一歩手前極めた頭のおかしい家の血筋なのでたぶん仕方がない。
だが、加えて彼は転生者だった。
転生者であるという事実をいとこの中では僕に最初に教えてくれていたようだが、だから何だという話だった。
まあ、今となってはそこは、苦笑しか浮かばないお話なのだが。
彼の中では、転生者というものは異質で、嫌厭されるのではないかという懸念を抱いていたらしい。スクルド伯母上に聞いて初めて知ったことだった。
信頼されていたのだということ。
その事実に気が付いた時にはもう、すっかりこっちも引っ込みがつかなくなって、いつの間にか距離が空いてしまっていた。
ロキはたぶん、同年代の喋れる男子が欲しかったのだと思う。
最初は男爵や伯爵といった階級の低いところの令嬢とばかり喋っていると聞いて苛ついたものだが、同郷の転生者、親友、姉だったなどの情報が手に入ってしまえば自分が情けなくなった。
彼に負けたくないと思う原因はメルヴァーチ家の跡継ぎの決め方にある。
メルヴァーチは実力主義だ。
それでも当主は青い髪であるのが望ましい。
僕は青い髪だった。弟も青い髪だった。
それでも仲が悪くなることなんてなかった。
僕は剣術に才能があると言われたし、弟は弓と魔術が得意だったからだ。
得意分野が違えばなかよく居られた。
そしてそれをぶち壊すのがフォンブラウの方のいとこ、特に、次女または三男扱いのロキである。
メルヴァーチは実力主義だといった。
つまりそれは、メルヴァーチの血を継いでいる実力者ならいいわけである。
他にもスクルド伯母様以外にウルド伯母様もベルダンディー伯母様も家庭があり、子供がいるが、とにかくフォンブラウの面々は酷い。
このままでは本家に残った父上が、ロキを養子にとって、メルヴァーチの跡継ぎにしてしまうかもしれなかった。
僕の才能とクラウドの才能をいっぺんにしかも倍にして持って生まれたような存在であるロキに、僕は妬みを抱いてしまったのだ。
子供の嫉妬、これいかに。
彼は疎まれていることを感じてか俺から離れていった。
クラウドからも離れていった。
たぶん、僕からあらぬ誤解を受けないようにするためだったのだと思う。
去年は会わなかった。
同じ学校に行っているのに、彼が僕を避けていたのだ。
どんなに探しても見当たらなくて、気が付いた時には彼は髪の色を変えて身を隠しており、それと知らずに突っ掛かっていた貴族の子弟らにいじめられていた。
それを知った時、僕はその者たちに詳しく話を聞いたが、令嬢姿と令息姿を使い分けているせいで、ごく一部の授業を取っていなければその事実を知らされた生徒がいなかったことを、カル殿下から聞くはめになった。
カル殿下はロキのことを酷く気に掛けていて、それが羨ましくもあったし、同時に、カル殿下にこんな心配を抱かせるなんて僕のいとこはなんて馬鹿なんだと思ったりもした。
そして、今年。
カル殿下も口を割らなかったロキの秘密は、案外あっさりと身内に公開された。
ロキが転生していたことには意味があったのだと、思い知らされた。
僕ではわからないこともすぐに彼は理解した。
指示が苦手だと言っていた割に状況判断は早かった。
彼にとっては僕はきっと取るに足らない存在だと勝手に自身も彼をも貶めるようなことを考えていた僕は、彼にどんな顔をして向き合えばいい。
僕が不用意にドラゴンゾンビに触れそうになったときの焦ったロキの表情。
めったに見れないものだったのと同時に、僕を心配してくれたのだと。
対処が早すぎて僕はすごいなあという簡単な感想しか述べることができなかったけれども、もう大丈夫、と言った時の安堵の表情。
いつもは全く表情筋が仕事をしない彼が、少し目尻を下げて安堵を浮かべたのだ。
しかも、僕相手に!
自分で頭をかち割ってしまいたかった。
こんな人を貶すようなことをしてきたのかとも思った。
彼は僕の考えをわかってくれていた。
そうじゃないと僕は自分に自信が持てなくて。
今ロキは僕の前で眠っている。魔力を使いすぎて眠ってしまったのだ。
熱いはずの気候なのに、ロキの周りは冷気が漂っていて、心地好くて。
僕は、眠ってしまった。
♢
僕は、ぼんやりと、目を開けていた。
しっかりしろ、と声を掛けてくる青紫の髪の男の顔があった。
右目を切りつけられたその男。
僕は、そいつを傭兵だと認識していた。
黒く魔力枯渇のために炭化した肌。
僕はそれがなぜかとても悲しくて、彼のは頬に触れようと手を伸ばして、諦めた。
僕の腕は、無くなっていた。
彼は言う。
守れなくてごめん、と。
戦争を起こしてしまってごめん、と。
クラウドを、リーフ姉上を、奪ってしまってすまない、と。
それでも生きてほしいのだと、彼は言う。
そんなことしなくていいよと、僕は言おうとして、喉が潰れていることに気が付いた。
呼吸はできるけれど、この焼け野原とタンパク質の焦げた臭いじゃ、ままならなくて。
時間がない、ごめんねと言って彼に重ねられた唇。
強制的に僕に魔力を渡すために繋がれたパス。
すぐに口を離して彼は言った。
これでもう大丈夫、と。
彼は僕に回復魔術をいっぱい使ってくれた。腕はもう治らないけれど、これを持って行けと言って、義手をくれた。
炭化の進む彼の肌がボロボロと崩れ始めて、もう魔力を使ってほしくなかった。ゆっくり休めと言いたいのに、最後まで彼は僕の喉を治してはくれなかった。
そして彼は、僕がほぼ全快状態に回復したところでこと切れた。
良かった、と。
待ってる人がいるよ、と。
皆に元気な顔を見せてあげてくれ、と。
まるで彼は僕を知っているかのように言った。
そしてその髪は。
銀色に変わった。
名前を教えてくれと乞うた。
なのに彼は言うのだ。
俺に名前などもうないんだと。
傭兵でも名前くらいある、平民でも名前くらい持ってると、それくらいわかっているのに、なあどうしてだ、僕に恩人のことを語らせてはくれないのかと。
でも彼は言ったのだ。
俺は、追放されたんだよ、この国から。
誰かを助けることができて本当によかったと。
そう言いながら彼のそのラズベリルの瞳が光を失った。
そして僕は悟った、気付いてしまった、彼の正体を知ってしまった。
彼の名は――――。
♢
僕が目を覚ました時、僕はロキの手を握りしめていた。
銀色の髪が柔らかく芝生に広がっている。
黒く炭化した部分などどこにもない。
そのことに酷く、安堵した。
ここにいるのだと。
生きているのだと。
涙が溢れて止まらなくて、それでもいいやと思えるほどに、この銀色が尊くて。
青紫の髪を僕は知っている。
銀色に変わったあの瞬間、彼は死んだ。
でも今ここに、生きている。
酷く彼の温もりに安堵する自分がいて、ちょっとだけ驚いた。
もう二度とこの熱が冷めないように。
願ってもいいだろうか。
♢ ♢ ♢
僕は、彼の遺体を持って戻った。
生き残った者たちがいた。
その中に、カル殿下の姿もあった。
カル殿下は僕の姿を認めるとすぐに傍に呼んだ。僕は彼の遺体を手放さず、そのままカル殿下の傍へ向かった。
「その骸は……」
「……私の、命の恩人です」
僕を生かしてくれた人。
そしてなおかつ、彼に裏切られた人だ。
男の振る舞いが板についていたのを思い起こすと、転生者だったのかもしれない。
それでも令嬢としての経験の方が長くて、僕に迷わず口付ける方を選んだのかもしれない。
僕は君を誇ろう、ロキ・フォンブラウ。
君は最高の従姉妹だ。
こんなことになるのなら、君を邪険に扱わなければよかった。
だってどうして、君に酷いことばかりしていたはずの僕なんかを、炭化するまで魔力を使って助けたりしたんだ。
粗末な服をそれでもしっかりと着こなして戦う君は、さぞ美しかっただろう。
君は、君を妬んで僻んでばかりの矮小な僕の記憶の中でも、ちゃんと輝いていた。
追放された君を見て安堵した僕に、生きる資格などないんだよ。
けれど君が生きてくれと願うなら。
僕は生きよう、この国のために。
婚約者に裏切られ、それでも婚約者とその国のために戦った君のことなど、僕以外知らなくていいんだ。
後々知って後悔すればいい、カル殿下。
教えてなんてやらない。
「彼を焼きます。御前、失礼いたします」
「ああ」
空は、僕らを嗤うように青かった。