報告
ヘイムダル視点
ギルドへ行くと言って、4時間ほどで帰って来たレインは真っ青だった。
行儀が悪いと分かっているのだろうにバタバタと駆け込んできたから、こちらが驚いてしまった。
「父上、曾御爺様、至急お耳に入れたいことが!」
ゼオンも一緒にいたので一緒に話を聞くことになったのだが、それは要領を得ない拙い話。14歳なのでと言えばそこまでだが、まあそれにしても酷い話だった。
死霊術師が残したらしいコードを発見した、と。
そんなモノがあればもっと早く気が付いているはずであり、おかしいなと思ったのだが、ではロキはどうしたと聞けば、ギルドに残ったという。
ロキが書き写したというコードを見た瞬間スクルドが悲鳴を上げた。
「スクルド!?」
「姉上!?」
アーノルドとゼオンが駆け寄る。
スクルドは少しの間震えていたが、その青い瞳に涙をいっぱいに浮かべながら言った。
「そのコードは上位のものです……」
「なッ」
気が付けないわけだ、と納得した。
上位世界のものは基本この世界ではごく当たり前にその辺にありすぎて、感知できない。
それと同じ手法を使われたらしい。
「これに気が付いたのは?」
「ドルバロム様です」
ドルバロム様は、これは必要だなと思ったことしか報告に上げない方らしい。それが告げたということはやはり大事なことなのだろう。
じきにロキが戻ってきて、淡々と冷静に報告を上げてくれた。
♢
「――では、ドラゴンゾンビを作ったのが件のコードであると」
「はい。それと、あのコードを書いたのは別の闇竜であるとのことです」
私は頭を抱えた。
闇竜のコードには闇竜しか対抗できない。
解除など、ドルバロム以外にできないだろうに、そのドルバロムでは解除できないところに設置されているとのこと。
実害はないらしいが、死徒列強にとってもネイヴァス傭兵団にとっても不利に働くことから、解除が望ましい。
ロキはその為の方法を何か考えているようだったが、我々はそんなことをわざわざした犯人を捜さねばならない。
ギルドから要請があったため人を近づけぬようゼオンに令を出させ、詳細はドルバロム様からの報告が上がってくるのを待つことになった。
ドルバロム様が普通に会話の成り立つ闇精霊でよかったと思う。
闇精霊というのは、総じて話が通じないのだ。
長い時を過ごすが故に、そして闇に漂っているが故に、彼らは時間にとてもルーズで人間の一言に対し返答までに1時間もかかるようなものがほとんどである。
それらを総称して闇竜というので、案外この世界には闇竜が溢れているのかもしれない。
「……また、面倒な」
「うかうか外を歩かせることもできなくなりましたね」
レイが私の横でそんなことを言う。まったくだ、子供は外で遊んでいればいいと思うのだが、そうさせてはくれない状況が世知辛い。
とはいっても、ストレス発散のようにロキとスカジが取っ組み合っている状態なのでこれいかに。
ドラゴンもびっくりするような魔法の威力でスカジを圧倒するロキと、そんなロキの魔法を切り裂きながら突進するスカジという図が出来上がりつつある。
ワイバーンの成体くらいなら余裕でその首を落とせるのではないだろうかと思う腕前をしているロキは、この家系にしては珍しく魔術適性の方が高かった私からすれば羨ましい限り。
スカジの方は魔術も使うがロキと違ってモーションが必要らしく、ロキとの打ち合いの時はほとんど魔術を使えないというのが実情のようだ。
「ヘイムダルー」
「なんだ、ドルバロム?」
「コードを仕掛けたのが誰かわかったんだけどー、相手の人間の方がよくわからないんだよねー」
「どういうことだ?」
ドルバロム様たちの索敵能力ならば簡単に探し出せるはずだと踏んでいたのだが。
「探したい気配は既に領内にないというかねー、憑依とかそんな感じ。使い捨てられた方は何にも覚えてないみたいだよー」
「……憑依、か……」
これはまた面倒な。
憑依は跡を辿るのが非常に難しい。
「死霊術の方は丸々全部ネイヴァスで処理するから気にしなくていいけどー、術者の方は追ってねー。イミット排斥派の可能性があるからねー」
イミット排斥派が動いたとすれば、王家への反逆に等しい。
王家だけでなく公爵家にもイミットの血は入り込んでいるのだ。
その事実を知らないものの方が多いが。
我々は偶然何も知らなかったが人刃の血が入ったに過ぎない。
そも、人刃の血が王家に入っているのはお隣の王国だったりするので、おそらくこの周辺に人刃の血が広がっていたのだろう。クラウンとリリアーデの居城は離れているが、このリガルディア王国南には彼らの娘クレアの居城がある。おそらくそこから広がったものだろう。
白というには整い、艶やかで、日光を反射して煌くまさしく白銀と呼ぶにふさわしい髪を持つロキ。
彼の髪を見ていると、やはり、その魔力量を辿ってしまう。
彼の魔力は普段は非常に清らかなものである。
恐ろしく澄み渡った水のようなものだ。
本来の魔力というのは、特に何を感じるわけではないはずなのだが、彼の魔力は非常に特異なのだ。
そう、言ってしまえば、彼の中だけで四季折々の風景を見せられる感覚。
それを彼自身が前世で経験しているのかもしれない、と思う。
よく彼は田舎の学生だったと言うので、彼の前世が住んでいたのは、山が近かったのだと勝手に想像している。
水も豊富だったのだろう。
イミットの文化体系と似ている部分が多々あるので、フォンブラウ領の“ワの森”に連れて行けばさぞ喜びそうなものだが。
これだけ自然を連想させる魔力を持っているものというのはとても少ない。
清らかなだけの子ならばいくらでもいるのだが。
親に囲われ、汚れたものを知らない子供の魔力にはありがちだったりする。
自然を連想させるということは、水は氾濫し、日光は強くなりすぎて干ばつを起こし、風は渦を巻いて家を崩す、そういったものを連想させる力強さも持っているということになる。
それと一つ考えたことがあるのだが。
恐らく、彼は前世で、翼がなくとも飛べるものを知っていたのではないかと思うのだ。
そうでなければ、通常は身体が浮くだけでその操作など行うことができない。イメージの具体性が足りないことが原因である。
ロキは絵を描くことができるのだと言ってレインが美術の稽古をやめてしまったのを思い出した。ロキは歌う方が得意なのも分かっている。
ならいっそメロディでもつけてやったらどうかと思うのだが、なぜかそうしないレイン。
何だが今回の一件でちょっと仲良くなっているので2人が一緒に音楽を披露してくれることを楽しみにしてみようか。
「ドルバロム、こちらに何か支援できそうなことがあれば言ってくれ。助力は惜しまぬ」
「うん、ありがとねー。とりあえず、数本人刃の遺体を貸してくれない? シェイドの剣折れたらしくってさー」
「うむ」
私は席を立ち、倉庫へ向かう。
シェイドというのは、ネイヴァスの副団長シェイディータのことである。
彼は武器の扱いを超一流にこなす、ウエポンマスター。人刃の主という者が存在するが、その上位種であるとのことだ。
曾孫たちが安全に暮らすために、せいぜいたっぷりと働いてもらわねばならないな。
キリがいいのでここまでです……