ドラゴンゾンビとイミットと
……お待たせしました……
ドラゴンゾンビの死骸は、腐敗が進んでいる割にあまり刺激臭がしなかった。
「どういうことだ……?」
その事実に気が付いたレインは首を傾げる。
「確かに腐敗しているのに、刺激臭がしないのはなぜだ。それに、日光を受けても崩れないなんて」
答えは別々にある。
俺はどちらも知っている。
そしておそらく彼が出てきたであろう原因も。
俺はリンクストーンを取り出して、トールに繋いだ。
リンクストーンが紫に光る。
「トール」
『ロキ兄上? どうしたのですか』
「コーキに繋いでくれ」
『はい』
コーキはお客様用の部屋にいたから直接レインたちにはまだ会っていない。
レインが俺に問いかけてきた。
「そのコーキというのは?」
「現在強制的に曾御爺様に屋敷に匿ってもらっている者たちの1人だ」
登録者不明のため警告用の赤紫と黒の光を放つリンクストーン。
『もしー』
「ああ、コーキ。ロキだ。ドラゴンゾンビの調査依頼が出ていた。俺たちが受けた。ゼロを伴っている。探知して来れるか」
『行く』
『あッ……行っちゃった』
トールがちょっと呆れたような声を出した。
「いや、用件は終わった。問題ない。ありがとう、トール」
『いえ、お役に立てたなら』
リンクストーンをアイテムボックスに仕舞い直し、俺はドラゴンゾンビを眺める。
レインが問いかけてくる。
「こうなった原因を知っているんだろ? 何があった」
「……俺も詳しくは知らん。ただ、ここは戦場になりかけて、戦場にすらならなかった」
「?」
「これをやったのは、闇精霊ドルバロムだ」
ふわりと俺の後方で気配が生じた。リオことドルバロムは人間に近い姿で現れていた。
「なッ」
「俺がドルバロムだよー」
「腐敗で倒したんだろ?」
「そうだねー。一瞬で全部腐らせたつもりだったんだけど、魔力が集中してるとこは無理だったねー」
ドラゴンは骨にも高いレジスト性能があるので、そりゃそうだろうって話である。
俺たちは骨に近付いてみる。
うっすらと触手のようなものがうねうねしているのが見えて気持ち悪い。
「っ、レイン、触るなッ!」
レインがちょっと触れようとしていたので慌てて庇う。触手っぽいものが俺に触れて、消し飛ばす勢いで光魔法が発動した。
「ちょ、いきなり【裁きの光】て」
「知るか」
俺はレインの方を見る。
指先が触れてしまったのだろうか、少し爛れている。
治癒を掛けてみる。
「ッ……浸食、か……?」
苦痛にレインが表情を歪めた。
ったく、いきなり触るものじゃないというのに!
まあ、たかが14歳なので今更だけども!
「浸食を食い止める方法はあるか、ドルバロム」
「ない。切り落とす」
「はい無理!」
「俺に移せ、俺ならすぐ治る」
アウルムの提案でアウルムに浸食の症状をそっくりそのまま移植。
浸食の結果爛れていたレインの指先は綺麗なものに戻った。
そしてアウルムは迷わず指を切り落とした。
「う、わ」
「ロキ、それ消し炭にしてくれ」
「おう」
青い炎でとっとと消し炭にする。ダイオキシンすら出さずに!
いや、人間の身体燃やしてダイオキシン出るかどうかは知らんけど。
「……ごめんなさい」
「いいんスよ、レイン様。でも、もうちょっと慎重にな」
「……はい」
レインは素直にアウルムに謝って、俺を見た。アウルムの指はどうなるかということについてだが、はっきり言って勝手に生えてくるので知ったことではない。
単純な話、生身で打ち切ってアストラルボディに組み替えて、というちょっと面倒なことをやってしまえばほぼ無傷の状態に戻るという。
レインの身体をざっと見て、何の術も状態異常もないものを確認し、ドラゴンゾンビの方へ向き直った。
「なんだか切ないな」
「そうか?」
触手が俺に伸びてくるが、俺に触れそうになったやつから消し飛んでいく。
「先にこの怨念を払っておいた方がいい。コーキが来る前に」
「だな」
俺はドラゴンゾンビの骨に直接触れた。
聖属性という、ちょっとばかり特殊な属性を使う。
光がドラゴンゾンビを覆っていく。
「どうか安らかに。【退魔】」
ふわり、と黒い靄が浮き上がるのが見えた。
黒い人影が沢山ある中に、半分くらい黒く染まってしまった黒髪の青年が見えた。
たぶん、アレがコーキの兄なんだろう。
ゆらゆらと黒い靄が解けて消えていく。
「安心して行きなよ。大丈夫、俺が主に全て伝えよう」
ドルバロムの言葉に青年は小さくうなずいて、空気に溶けるように消えていった。
最後に彼が、笑った気がした。
♢
ドラゴンゾンビの身体は崩れ始める。
コーキが来て、ドラゴンの身体の内側に人骨があったので、やはりこれはイミットだったらしいということで確定した。
俺は資料を簡単に報告書としてまとめ上げる。
その横で、真っ白な骨になったドラゴンゾンビの身体が、灰になっていった。
「灰になるのに条件があるのか?」
「みたいだねー」
コーキは兄の遺体の灰を持ち帰りたかったようだが、止めておいた。
流石にもう復活こそないだろうが、アンデッド化したものはいじるもんじゃない。
恐らく、あの、ドラゴンゾンビの身体に張り付いていた触手みたいなものに捕まって、コームでのユーキはゾンビ化していたのだろう。
「……イミットもゾンビ化するものなんだな」
「ドラゴンがゾンビ化するのだから、当然のような気もするが……」
死徒列強にはゾンビはいない。そんな腐った死体でやってられるかって話である。
リッチはいないのかと思って振り返ってみたが、1人居たな。それ以外はまともなアンデッドなど吸血鬼のユスティニフィーラとセトナくらいなものだ。
ドルバロムが爆弾を投下してくる。
「これ、大規模なコードがこの付近にあるみたいだね。コードを破壊しないとお話にならない。これは竜人の魔法では壊せないから、メビウスにやってもらうしかないかな?」
「はあ!?」
竜人が魔法を使っても、その土地の変化は数時間で元に戻ってしまう。つまり、その土地の状態を元に戻すためには、その土地を事前に知っておかねばならない。ドルバロムはずっとフォンブラウ領に意識を向けていたから、ここのコードが設置される前の状態がよくわからないということだろう。
「起点をいくつか破壊すればいいんじゃないか? それなら僕らでも壊せる」
「いや、全面消し飛ばすしかない。起点に霊脈が繋がってる」
アウルムの報告にレインがう、と詰まった。
消し飛ばす、ねえ。
人員をある程度配置してみるか?
ってかこれ、死霊術師の線じゃね?
「死霊術師だな?」
「だね。結構緻密だよー」
「見てくる」
俺は上空へ向かう。
目に魔力をしっかり通してコードを探す。
俺たちがいる平原を覆っているコードが見えた。
直径は500メートルってところだろうか?
一番内側とその外側が切れているのを見つける。
つまり、ゼロの魔術で一時的にでも消せる。
俺は地面に降りて報告書とは別にコードの写しを書いた。
「ゼロ、直径500メートル範囲にこれがある」
「……チッ、胸糞悪いコードだな」
「一番内側を一時的に止め、ギルドに戻る。すぐにヘイムダル曾御爺様に報告、魔術師隊を編成してもらおう。レインはゼオン叔父上へ報告を頼む」
「あ、ああ、分かった」
俺は周囲を見渡し、他の異常を探す。
ここは森へ行くための一直線であるし、魔物が特に出現するわけでもない。
ギルドもあるからほぼ平気。
……帰ろう、情報無さすぎて笑えんし。
ゼロがコードを一時停止させ、俺たちはすぐに街に戻った。今度は流石に飛んだ。