修業は貴族の基本である
ネタのつもりで書いていた。なぜこうなった。
ロキ視点、スクルド視点です。
「っつーワケでまだまだ時間あるし、修行してこーい」
レインと、その弟クラウド、姉のリーフと一緒に、フレイ兄上、スカジ姉上、俺、トールは庭に放り出された。
ゼオン叔父上に。
「……父上、いくらなんでも酷い」
「……レイン、苦労してるな」
「うるさい、母親がああ(・・)であるお前に同情されたくない」
何気にこいつとは会話合うんだよな。
いや、それが俺たちが脳筋って呼ばれる所以だって思ってますよ。
レインの髪は後ろだけ伸ばして他は肩までで切り揃えている。
剣士の家系のはずなのに細いラインしてるとか、言ったらいけないんですよね。
俺より細いとか言っちゃ駄目なんだよね?
そりゃ令嬢姿よりは太いけどさ。
「……ロキ、よね?」
「ええ、そうですよ、リーフ姉」
「よかったー、うん、まだ大丈夫よ。大丈夫、崖っぷちだけどまだ引き返せるわ」
「……スカジ姉上、こういう場合どうすればよいのでしょうか」
「顔を見せなければいいのではないか?」
無理難題だな。
リーフ姉はスカジ姉上と同じく俺たちから見ると2つ年上。
レインは俺と同い年で、クラウドは2つ下である。
俺の顔は彼女の好みのドンピシャらしく、初めて顔を見せたときから彼女はこの調子である。婚約者いるのにそれじゃいかんだろう。あと、とりあえずこれでも俺の戸籍上の性別は女だ。
とりあえず、鍛錬らしいことでもするかという話になり、俺はコートを脱いでアイテムボックスに放り込んだ。
スカジ姉上もドレスを脱いでアイテムボックスに放り込み、その下に来ていたシャツとハーフパンツという軽装をさらした。
「そ、その服は、傭兵の服ではないですか! スカジ姉、何だってそんな服!」
「む? 動き易いぞ? 傭兵が使うだけはある」
前世で一般に普及してたけどね、その服。
「ロキ、お前も着替えたらどうだ?」
「いっそ裸足になりませんか、姉上?」
「む。望むところだ」
スカジ姉上はヒールの靴だったので靴を脱いだ。そっちの方が動きやすかろうよ。こっちとしてはあのピンヒールで踏まれるのだけは避けたいってだけなんだが。
一旦部屋に転移で戻り、着替えて戻る。
シャツとハーフパンツなのは俺も変わらない。フレイ兄上もそのカッコに着替えて来てるし。トールも少し遅れてそんな恰好で。
ちなみにシャツの色だが、フレイ兄上が赤、スカジ姉上が青、俺が白、トールが紫である。父上が一通り揃えた。
「ぜ、全員……」
「動き易さは折り紙付きだぞ?」
「スカジ姉上、彼は貴族としての規範意識の方が強い」
レインは教科書通りの動きしかしない。その辺は俺も同じだが、レインはあれだ、良いサボり方を知らないってやつだった。
煙たがられるし、まあ、それを振りかざしてちゃ余計嫌われるんだけどさ。
「着ろとは言わんが、スカジ姉上の攻撃を避けるなら服はやはりだめになる。訓練着に着替えてくることを勧めるぞ、レイン」
「ふん、分かっている!」
レインが行ってしまい、ごめんねえとリーフ姉とクラウドが言ってその場を後にした。すぐに戻ってくるだろうから、今のうちに4人組手は終わらせておこう。
「では、やりましょう」
「得物はありだな?」
「ええ」
ゼオン叔父上に、姉の血統を放置したらどうなるか、たっぷりと味わっていただこうではないか。
♢ ♢ ♢
私は、小さく息を吐いた。
ゼオンったら、ロキたちを鍛錬して来いって、追い出しちゃうんだもの。
「はぁ……姉上、俺、レインの育て方間違ったかな……?」
「何言ってるの? レインもいい子じゃない」
「だが、ことあるごとにロキに突っ掛かっていくじゃないか」
私は今までのレインの行動を思い返す。
まず最初に、あの子の得意な剣術で挑んじゃったのよね。
レインは負けてしまった。ロキが褒めたのに、気休めなんていらない、って叫んでたっけ。
それ以来、やたらロキに挑むようになってしまった。
ロキは元々レイピアが得意だったせいで、レインのような大剣で戦う子とは根本が違う。
けれど、令息姿になったら今度は男の子。筋肉量も筋力が上がってしまって、おまけに使うのは刀になった。
刀はレイピアより重いけれど、片刃だし何より沿っていて私たちには使いにくい。
けれどそこは、転生者。
基本の型自体は簡単に知っていたようで、最初はその通りに振っているだけだった鍛錬は、いつしか足の動きが一緒になって、身を引きつつ斬るスタイルに変わっていた。
たまに戻ってくるムゲンがゼロをそっちのけで指導したのもあったと思うけれど、ロキは鍛錬をしていて一度だけ泣いたことがある。
あの時は茫然自失、表情が無くなって死にそうな顔になっちゃって焦ったなあ。
理由は単純。
私が使っていた愛剣を、あの子は斬ってしまったのだ。
それはもう見事にすっぱりと。
私の愛剣は鍛造だったから余計慌てたみたいだったけど、私は見ていた。
ロキは、魔力も何も纏わせない状態の、ただの黒鉄鍛造の品で私の魔力強化の入っていたミスリルを引き切ったのだ。
鉄ではミスリルなんて斬れない。切る事すらできない。そも、傷付かない。
つまり、そこを技量と速度だけで打ち破ってしまったのだ。
ギルドの印章がいまだに黒鉄級なのがものすごく気になるが、たぶん昇格試験受けてないんだよねえあの子。受ければいいと思う。赤銅級になったら、御小遣い増えるよ。
私は高等部に入ってから登録しに行ったから、ちょっと感覚違うかもしれないけれど。
とにかく、あの子は規格外のバケモノと呼ぶにふさわしい。
あれだけの愛を世界から注がれるまでにあの子の魂が歩んできた道を考えると喜べはしないのだけれど、あの子は今回、それらすべてを使って最高の状態を作り上げると思う。
そうあってほしいと、私が願っているだけかもしれないけれど。
ロキはまあ、ほんとに、出来過ぎた子だとは思う。
精神的な年齢は私たちと10は離れていないようだし、子供っぽいことを嫌がっている感じというよりは、きょうだいが多かったからそっちを構ってみたくて、親に甘えることは放置していた、って感じだった。
それのおかげでアーノルドの仕事ははかどっていたけれど、結果的にはあの子自身の首を絞めていた。そのことに彼は気が付けなかった。私も阻止はできなかった。
理由なんて簡単だ。
あの子自身が自覚していなかった。
苦しんでいることに気が付いていなかったのだ。
闇竜――ドルバロムとの契約のせいか今まで以上に表情が無くなってしまったロキ。
元々表情を読みにくい子だったけれど、ますます表情は読みにくくなり、今までは分かっていた部分も分かりづらくなってしまった。
その原因となったものを今ネイヴァスが排除に動いているなんて聞いたら、私はいてもたってもいられなくなった。最近はアーノルドと魔術の撃ち合いをしている。
転生者だろうが何だろうが関係ない!
愛しい子供を守りたいと願って何が悪いというの!
メティスは私たちに、前線にだけは行かないようにと言い含めてくる。彼女の気持ちだって分かる。だから私たちは、国内に広がっていそうな敵の排除に動こうとしている。
今一番厄介なのは、教会。
銀髪の子を執拗に狙っているのが何よりも面倒だ。
ギルドがそれに対抗して半精霊を集めている。
……嫌な予感がする。いつ頃当たるか分からないから困りものね。
私は一旦窓の外を見やった。空は青い。
ああそういえば、あの子たちを誰の監視もつけずに外に放ったんだったわ。
そろそろ始まるかしら。
「時に、ゼオン」
「はい?」
「うちの子たちをそのまま外に放置したわね」
「……何か、いけなかったでしょうか?」
「あなたがいいならいいわ」
直後、爆音が広がった。私は御爺様を見る。
御爺様は笑って手を振る。
「結界は張っておる、外には音すら漏れぬぞ。振動は伝わるがの」
立て続けに爆発音と、金属のぶつかり合う音。金属は5本ね。
恐らく、フレイが両手剣を、スカジが槍2本を、ロキが刀を、トールがレイピアを振ってぶつけあっている音なのだろうけれど、そのうち誰かのが折れそう。
落雷、地面の揺れ、冷気が広がったと思えば、熱気に全てが飲まれる。
なかなか強烈。
ドン、と鈍い音と共に少し建物が揺れた。
私は窓を開ける。
見渡すと、フレイが壁に打ち付けられて、壁にひびが入っていた。
「あ、母上……」
「フレイ、前より記録伸びたわね」
「……よかっ……た……」
そのままフレイが下に落ちていくのを、ロキが浮遊魔法で支えた。
「ロキ、そのまま上げてちょうだい、少し休みましょう。本気で魔術ぶっぱしてたでしょう?」
「……では」
3人は顔を見合わせて、そのまま窓から顔をのぞかせる。
外をあらためて見やったら、レインもクラウドもリーフも仰天して腰を抜かしてしまっていた。
「……なんだこれ」
「うふふ、私の子供たちが大人しく鍛錬するわけないじゃない」
「……それもそうだなー……」
5歳で熊を狩るのを鍛錬と称していた私の血ですよ。土地一個の破壊なんて造作もないに決まってるじゃないですか。
後でロキに話を聞いたら、放置された仕返しだったそうだ。
オイタが過ぎる気もするけど、私言えた義理じゃないもの。
後片付けは全部ゼオンにやらせた。