エルフと世界樹の愛し子
エルカの姉はファリカといい、狩人職にあるそうである。
エルカは狩人風ではあるが、魔術師としてついて来ているとのことだった。アイテムポーチにローブはしまっているようだ。
ドワーフの方はヴォーグ、人間はバルトというそうで、バルトがヴォーグと一緒に旅をしていて、ヘイムダル曾御爺様の屋敷のある都市――デンガックトイラザという――で出会ってパーティを組んだそうである。
コーキは途中で会ったらしい。
「貴族様相手とは……」
「バルト殿、そんなに硬くならないでください。俺たちも、ゼロがコーキを探知したそれについてきただけなので」
「俺は学がねぇんですよ。多少の粗野な口調は見逃してくだせぇ」
「ええ、構いません」
バルトはまだ20歳になったばかりということで、15歳からギルドで働いてはいるらしい。たぶんこの人、そこそこ腕はたつんだろうな。
そうじゃなきゃ、たとえ簡単な依頼だけ受けていたとしても、5年は生き残れない。
俺も久々に依頼を受けに行かねばならない気がする。
ギルド印章を見せてもらったら、普通に赤銅級だった。俺は黒鉄級なので彼の方が上ということになる。俺はギルド印章を見せた。
「君もギルドに?」
「フリーマーケットでちょっと、エレメントの卵を押し付けられまして。孵したら無料で登録させてくれました」
「すごいですね、エレメントの卵孵せるだなんて」
世界樹の愛し子なんだから魔物たちに好かれて当然、とファリカが小さく言った。マジか。そのせいだったのか。
ヴォーグは俺が今日身に着けているバングルが気になったらしく、こちらの手をちらちらと見ている。外しても問題はないが、今は外さぬ方がいい気がする。
「ヴォーグ殿、今これを外すことは叶わない。見たいのであれば、こちらへいらしてください」
「……いいのか」
「ええ」
ヴォーグ殿が俺の正面にやって来た。
左手のバングルを見せるように手を出せば、ゆっくりと手を取られ、ヴォーグ殿は食い入るように装飾を見つめ始める。
「……これを作られたのは、アウルム様か」
「……分かるのですか」
「あの方が作る植物紋様はいつも透かしだ。それに、これだけ緻密に金を操れる金人は、他にはいない」
金人、メタリカのことだったな。
「……そうなのか。彼にはいつも世話になっている。礼など言い足りんな」
「守ることに関しては並々ならぬ御方だ。何人もアンタを殺すことなどできないだろうな」
もしもそれが原因で俺がずっと生き残って来たのだとしたら、アウルム相当ヤバいぞ。
「……メタリカの目には、何か意味があるのか?」
ふと、そんなことを尋ねた。ヴォーグ殿は少し驚いたように目を見張り、小さくうなずいた。
「右目は“刃になろう”、左目は“盾になろう”だ」
「……」
何で左右逆の目を入れたのかと思っていたが、やはり意味があったのか。
そういう類のモノを見たのだと簡単に説明すると、ヴォーグ殿は少しばかり気の毒気な目を向けてきた。
メタリカが死ぬということは、本来ならばあり得ないと、デルちゃんやアストからも聞かされた。
ナナシのところでの戦いは相当なものだったはずだ。
なんか、調べたいことがいっぱい増えてきた。
古ドワーフ語と古エルフ語も教授いないわけじゃないんだよねー。取ってみようかなー。
エルカが俺の袖を引っ張った。
「?」
「あの、リョウさんはシヴァの御子ですよね?」
「……」
俺はちょっと、考え込んでしまった。
シヴァの御子のはずなんですけどね。上位のやつが上書きして行ったんですよ。
「あれ? 称号知ってらっしゃるのでは……?」
「ああ、知っては、いる。ただ、俺の称号にもスキルにも、神々の名はない」
「「何だって!?」」
俺のその台詞に驚いたように声を上げたのは父上とヘイムダル曾御爺様だった。
「ど、どういうことだ?」
「最低でもロキ神の名はあるはずでは?」
これ、言った方がよくね?
言った方がいいの?
――いいんじゃない?
投げやりか畜生!
「……シヴァ関連は『破壊神』に、ロキ関連は『闇竜』に上書きされまして……その」
「……上位竜種にでも進化なさるおつもりで?」
「……死徒化して上位人間種になる予定だったんですが……おいちょっとドルバロム出て来いきっちり話をつけようじゃねえか」
秘密多すぎ、反対。
上位竜になるのとか言われたぞ今。
ヒューマンになるんじゃないのか俺。闇竜ってもしかして、竜って言いつつ形決まってないの?
彼らに情報を渡したところで、どうせ彼らにプラスにもマイナスにもなりはしない。
まあ、口止めだけはしておこうかな。
「ああそれと、今の話についてはそのうち公表します。それまでは黙っておいてくださいね」
「ええ」
「「はい」」
「うむ」
「はーい」
コーキまで返事してくれたわ……いい子や……。
ドルバロムが出てきたところで蹴りを入れる。ドルバロムは軽くそれを流して俺を抱きしめてきた。
「仕方ないじゃん、大体、転身の器がある時点でこうなるの俺たちは分かってたし」
「お前らだけわかってる情報が多すぎるんだが?」
「世界はそんなもんだよ」
相変わらず俺はずっと浮いているしかないのでどうしようもない。ドルバルムがそのまま俺を地面に降ろした。
「?」
「んー?」
「地面に足着いた」
「あー、なるほど」
ドルバロムが何かに気付いたらしい。
「今夜中にこの森で起きる騒動は何とかしておくよ」
「こら、どういうことだ」
「ドラゴンゾンビが今夜ごろ湧くよ」
「「「ドラゴンゾンビぃ!?」」」
皆で声を上げた。
ヘイムダル曾御爺様が口を開いた。
「どういうことかお聞かせ願おうか、ドルバロム?」
「んー。簡単に言ってしまうと、今までたぶん、怨念とかが地面近くにあったんじゃないかな。変化中は他の魔力の干渉を嫌うから、今までスズは下に降りることができなかったんだと思うよ」
つまり、俺自身のせいというよりも?
「怨念探知機化なんかか、俺は」
「近いね。でも、本来闇竜の魔力は反発したりしないから、たぶん、闇竜の魔力とバランスを取るために今はスズ自身の魔力が光とか聖になってるんじゃないかな。それでも削りきれないくらいの負がこもった魔力が地面付近にあったと考えると」
「地中になんかあるってことか」
何だってまたこんなことに。
「俺もそれ参加するー」
「コーキ、本気なの?」
「んー、ドラゴン消えたから。結構前」
コーキはここに夜来ることにしたようだ。
ツキリと、頭痛がした。
なんか嫌な予感がする。
「コーキ、それは止めておいてもらえないだろうか」
「なんで?」
「ドルバロム単体でやってもらった方が楽だ。彼の魔法ならば地形なぞ変わっても数時間で元に戻るからな」
「えー」
ドラゴンの身元を確認したいのだろうが、コーキよりもゼロの方が強力なイミットであるのは何となくわかる。
ゼロを見れば首を左右に振った。
決定だな。
俺はアイテムボックスからリーヴァのくれたブローチを取り出して、コーキに見せる。
「それ、竜帝の愛し子の……!」
「簡易命令権だけなら譲渡されてるからな。いいな、今夜ここに近付くな。お前がゾンビ化したりすればこちらもお前を焼却する必要すら出てくる。イミットのゾンビ相手なんて冗談じゃないぞ」
リーヴァのブローチはイミットたちに簡易的な命令を出せることを保証したものでもある。部屋に戻ったら一度ソルやルナと連絡を取ろう。
ゲーム知識放棄するとこうなるのかなと思った。
♢
結局コーキは俺たちが保護してそのまま一緒に屋敷に戻ることになった。全員でゆっくりと歩いて城壁へと戻りつつ、俺は地面を歩いたり宙を飛んだりしていろいろとお試しをしてみたが、全身に変化属性魔力をいきわたらせ、自分の体重自体を変化させれば案外簡単に浮けることに気が付いた。
「いいですね、それ」
「物理法則をすべて無視できるというのがいい。変化属性って存在そのものが魔法の域に達してる気がしないか?」
「確かに」
まだ俺は学校で魔術をきちんと教わっているわけじゃないので、早く学びたくて仕方がない。気が向いたらフォンブラウ領や王都にも来てくれないかな?