エルフと邂逅
ゼロが止まったのは、森に入って5分ほどしてからだった。
この森は鬱蒼としているが、その分魔物の危険度は低い。
暗い所に住む魔物がいないわけではないので、中央付近に近寄らなければいいだけだが、結構深いところに来ている。
「木々を避けるのが大変だな」
「やはり速度は落ちますね」
そりゃそうだろうよ。
ゼロが止まって周囲を見渡す。唐突にナイフが飛んできた。俺はそれを避け、そこに向けて手を振るった。
殺す気はないので風で作った球でしかないが、当たれば痛いだろう。風属性は破壊の“裂”特性を持っている。
鎌鼬のイメージが強いようだ。
「わわわっ!?」
慌てた少女の声、どさりと木の上から落ちてきた。
――今は、夏休み中だということをお伝えしておきたいと思う。
何がいいたいかというと、木なんぞ揺らせば虫が落ちてくるという話である。
ぽろぽろと毛虫が一緒に落ちて来て、少女の上に降りかかっていく。
大丈夫だよ、そいつら毒持ってないから。
少女が悲鳴を上げた。
「ひいいい毛虫いいいい!?」
「……毛虫が嫌なら森になぞ入らなければよいと思ったのは俺だけでしょうか?」
「……そんな絶対零度の冷めた視線を向けてやるな。お前もスカジもスクルドもコレーも虫を何も思うことなく木の棒なんかでポイする人種だがとりあえず女の子なのだから」
察せよということか。
というか、俺今父上でもわかるような冷めた目してんのか。
その瞬間、ゼロに跳び付いてくる少年の影。
黒い髪、黄色の瞳。
「コーキ」
「ゼロ! ひさしぶりだなあオイ!」
コーキ・ディディガナ。
俺はこの名を聞いたことがある気がして、少し止まってしまった。
「へっ? ちょ、コーキ、知り合いなの?」
「おー! こいつクラッフォンのやつだよ!」
「へー」
他に3人いる。男2人に女1人。
イミットに権力構図は何も関係がないので俺たちは黙ってコーキ殿が仲間たちにゼロのことを話すのを聞いていた。
「で、ゼロ? そっちの3人何?」
「主と、その父親と、曾爺さん」
「へー。お前が主取るなんて変なの」
「親父に置いてかれたのが最初」
「うわー、ムゲンさんえげつねー」
俺が手を近づけると毛虫たちが離れていくので、少女の傍にいてやったらめっちゃ感謝された。何もしてませんよ。
「ありがとうございました! 助かりました……」
「……夏の森は虫が多い。毒蛇もいる。せめて虫除けくらいは持っておくべきだ」
俺はアイテムボックスから虫除けを取り出す。
作ってみました。
霧吹き状に身体に吹きかけるだけですよ。
ソルたちに人気です。
「差し上げよう。姉妹で使うと良い」
「あ、ありがとうございます。あの、なんで私たちが姉妹だと……」
「髪の色と顔。似ている。装備品のランクも似たりよったり。そっちの剣士はちゃんと金をかけて重装備。ならば個々人で準備しているとみていいだろう?」
少女の方を見れば、少女が顔を真っ赤にしていた。
……何かいけないことを言っただろうか。
見て考えられるところを口にしただけのつもりだったんだが。
女性とこの少女はベージュのストレートヘアをリボンを編み込んで留めている。
あれ?
耳が尖ってる。
「……エルフ?」
「あ、はい」
……ドルバロムで見慣れ過ぎてて違和感なかった。
そっかーこの森にもエルフ住んでたりするのだろうか。
まあそれはどうでもいい。フォンブラウである俺には関係のないことだ。
大体、イミットと行動できる人間なんてほとんどいない。
男の内片方は身長が低く、斧を持っていて重装備。髭もじゃ。ドワーフだな。
もう1人の男は人間のようだが、盗賊系の軽装だった。
「えっと、エルカと申します。あなたは?」
「……リョウと呼んでくれ」
家名を明かす気はない。
それに、エルフには名乗ったら反感を抱かれかねない。エルフたちは人間に奴隷に落とされたりするから、あまり人間に対していい思いを抱いていない。
リョウの名を使ったのは、なんとなく、スズと名乗ってもロキと名乗っても公爵家と結びつく気がしたからだ。
女性の方がこちらにやってくる。
「エルカ」
「へっ?」
女性がエルカの頭を押さえて礼をさせる。俺に向けてだ。
何でだろうと思ったが、彼女には俺が公爵家だとバレても何の問題も無いはずだと考え、もう1つの可能性に行きあたった。
精霊である。
エルフが得意とするのは精霊魔法。
人間よりも上位世界に近い存在であるエルフは結構頻繁に魔法を行使する。
精霊を見ることもできたはずだ。
ということは、今の俺はどう見えているのか考える。
いや、どちらかというと。
メタリカとの契約の証を6つ、さらにはドルバロムの魔力自体もまだ完全に消えたわけではないということを考えると、たとえ抑えてくれているとしても、相当ヤバいことになっているのでは?
「あー……ええと。なんといえばいい? とりあえず、顔を上げていただきたい」
「無礼をお許しを、世界樹の愛し子」
「……」
待って、世界の愛し子とかそんな称号じゃなかったっけ?
世界樹なの?
「構わない、俺も俺の持つ称号がエルフにとってそこまで意味のあるものと知らなかった。顔を上げてくれ」
話も聞けないわこれじゃ。
女性はようやく顔を上げた。
誇り高きエルフ族が人間に頭を下げるというだけで驚きものらしく、周りの皆がすっかり固まっていた。