浮遊魔術でお散歩Ⅱ
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浮遊魔術機構というのは、重力魔術のコードを幾重にも組み込んだ複雑難解な代物だった。
「闇属性を嫌う割にはガンガン使いますね、この国」
「はは、六公にクローディが入っている時点で察してはいただろう?」
「ええ、まあ」
父上たちが調整をしつつ浮遊魔術機構に魔力を流して、ゆっくりと浮かんだ。
「ふむ。後は防壁と」
父上とヘイムダル曾御爺様は魔力が豊富だからいいが、ディーン御爺様はそこまで魔力量が多くない。重力魔術コードなどに魔力を断続的に流し続けていれば他の魔術など展開して数時間も移動はできない。
よって今回は降りることになった。
「悔しい……」
「いえ御父様、メルヴァーチ家はもとより騎士の家系ですよ。魔術師の家系ではありません」
俺たちの後ろで母上に慰められているディーン御爺様、ちょっとかわいそうである。
ちなみに、とんでもない事実を俺は聞いてしまった。
「そもそも、人刃の家系なのに魔力量が多い御爺様が異常なのですよ」
「ストップ!」
つい俺は声を上げてしまった。
「どうした、ロキ?」
「……父上? メルヴァーチ家は人刃の家系なのですか?」
「ああ、そうだが?」
「……」
俺は今ようやく、クラウンとリリアーデの温かい視線の意味を理解した。
「……親戚……」
「どうした」
「やたら『人刃』と『魔導王』に温かい目で見られているなとは思っていたのですが……直系……」
人刃族は一度、クラウンのみにまで数を減らしたことがある。
クラウンの保護にラーが奔走したという話は愚痴として聞かされたことがあり、その際に知った話だったのだが。
しかもそのクラウン自身も人刃と魂喰のハーフであり、人刃が再興するとは皆思っていなかったのだと本人たちから聞かされたぞ俺は。
直系か、俺は。
ん?
と、すると。
魔力の総量自体はそもそも種族ごとに異なる。
人間であれば俺の髪が白いのは当然のこと。
だが、人刃の血が入っているとすれば。
「……自分の血統分かってたらこんなに俺は遠回りしなくて済んだ……!」
「回り道も時には大事だぜ?」
肩を叩いて親指を立てるアウルム。
アウルム、そんな慰め要らねえ。
要するに、俺の魔力量はおかしい。
この一言である。
器どころの話ではない。
人刃族は確かに使える魔力量は少ないが、魔力保有能力が低いとは言っていない。
人刃族は分かりやすく武器の姿に“転身”する種族でもある。
転身には相当な魔力量が必要なはずで、さらにそのまま魔剣ばりの性能を発揮していくのだ。
「ちなみにこの家の初代の名前とかって分かったりします……?」
「グラム・メルヴァーチだな」
魔剣グラム来ましたー。
まあ、そんなもんですよね。カラドボルグとか言い出さないだけマシかなー。
「ちなみに2代目はカラドボルグだな」
「俺の前世の記憶を的確に抉らないでください!」
絶対これケルト系の剣ほぼ全部湧くぞ。この家の神々は北欧系だから。
てか、人刃だってんなら、最初はドラクルの下にいたんだろうなー。
「俺が銀髪なのって、世界を揺るがしかねませんね……」
「はっはっは。そうかそうか、ちゃんと説明していなかったなあ」
すっかり忘れてたぜ、ごめんなテヘペロ☆のノリでヘイムダル曾御爺様が笑った。もういい、何も言い返すまい。
「さて、行こうか」
「ゼロ、お前はどうするんだ」
「走る。俺もまだ、飛べない」
「お前らのって半転身だったよな。練習がてらいくか」
俺が提案すれば、小さくうなずいたゼロが一気に転身を始めた。
イミットは背面に長すぎるほどのスリットの入った服を着ているのだが、これ、転身したときにその翼を出すためのものである。
バキバキと音を立てるのは、転身に合わせて骨格が変化しているためだが、聞きたい音ではない。
初めて転身してしまった時からしばらくは苦痛に呻いて泣き叫んだりしていたが、今はすっかりなくなってしまった。つまらん。ゼロをよちよちしてやるの結構楽しかったのに。
ゼロの背から黒い一対の翼が生えた。
少し撫でてやると擦り寄ってきた。
尾も生えているな。角も小さいがある。
これがゼロの半転身か、と俺は息を吐いた。
「では、先導を頼むぞ、ゼロ」
「ん」
ゼロは小さくうなずくと走り出した。そしてメルヴァーチ家の屋敷の塀を駆け上って、飛んだ。
俺はそれとほぼ同時に上昇し、ゼロを追いかける。
「速いのう」
「速いですね」
すぐ後をヘイムダル曾御爺様と父上が追いかけてくる。
速度調整もだいぶできるようになった。ゼロばまだきちんとは飛べないので屋根伝いに行く。
飛行に関しては古風な箒やフォークなどを浮遊魔術で浮かせ、それに乗る方法が一般的だ。
だがこれ、分かると思うのだが、アイテムボックス持ち以外は手ぶらの時は飛べないってことになる。
転移が使えるならいいが、そんなの大陸中でも一握りしかいない。俺のように魔力量がおかしいか、ソルたちのように魔道具を持っていなければ普通は無理だ。
それを解決するために考え出されたのが今父上とヘイムダル曾御爺様が身に着けている魔術機構ということなのだろう。
でも、結構個々人で研究を進めていたらしく、2人の速度もなかなかに速い。
ゼロの速度についてくるくらいだからな。
時速60キロは越えているだろう。
街の上を飛んだが皆気が付いても手を振るだけだった。
いつもしてるなと思ってヘイムダル曾御爺様の方を見ると、にっこりと笑顔を返された。
どうやら結構頻繁にやっているようだ。
父上はどこで実験してたんだろう?
見たことないよ?
父上を見ると苦笑された。
「これだから魔術師の家系の天才は」
「スクルドの方が速いですよ」
「あれと一緒にしてはいかん」
ヘイムダル曾御爺様は今こうして結構な速度を出してお散歩について来ていることから分かるのだが、かなりの魔力量をお持ちである。
今の状態の俺よりも随分と限界値は高い。
これを感じ取れていなかった自分に気が付いた時は本当に驚愕の一言で、もしかして今までいろんな人の魔力量を感じ取れないまま来ているのだろうかと思って背筋が凍りそうだった。魔力量で大体相手の潜在能力を量るというのは基本になるからだ。
浮遊魔術と一般的に呼ばれるこれらは恐らく実践投入するとしたら、先に使えるようになるのはどちらかというと運動神経の良い者たちの方になるだろう。
バランスが良くないとこれはまともに使えそうにない。
結構な魔力を消費しているのが見ていて分かる。
これの術式後で見せてもらおうかな。
もし反重力系なら防御にも使える。
にしても、散歩っちゅう速度じゃねえな。
ゼロの跳躍距離が伸びてきている。翼が少し動いているのも見えるから、風を掴み始めているのだろう。
街を守る城壁の前で一旦降りる。
ヘイムダル曾御爺様が顔パスで俺たちを通してくれた。どうせ城壁を飛び越えていくので門は開かない。
「お気をつけて」
「そちらもな」
俺たちは礼をするにとどめ、壁を越えたところで再びゼロが先頭に出る。
真っ直ぐ森に向かっているので、そちらで野宿か何かしていたのではないだろうか。
傭兵だと言っていたが、何かあったんだろうか。
それとも、帝国側へ?
そんな思考を巡らせながら、俺たちは進んだのだった。