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Imitation  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年生 夏季休暇編
135/154

何も言わぬ子

アーノルド視点です


息子というべきか、娘というべきか、今現在は息子の姿でいる彼は、応接間へ運び込まれ、ソファで眠っている。

いや、眠っているというよりは、昏睡状態にある、といった方が正しい気がする。

かろうじて上下する胸の動きに酷く我々は安堵していた。


男女どちらも同一人物であるということを知っている者は学友たちにも多々いるようだが、基本的にスズで通したいと元々彼が言っていたことを思い出し、何でちゃんと聞いてやらなかったのだろうかと今更ながらに後悔する。


生徒として最初から令息の姿で登録しておいてやればもっと楽に事を進められただろうなとは思う。


ロキが、ドルバロムと契約を結ぶ、などと言った時には、そんなことに身体が耐えられるはずがないと思った。

ドルバロムは、この世界を構成するうちの、闇、重力、空間の3要素を持ち合わせた、文字通り神に等しい存在である。

そんなモノの力なぞ受け入れ切れるはずがないと。


しかしロキはそれをやりきった。


その結果が今、ソファで伸びている状態なわけなのだが、彼自身はどう思っているのだろうか。


いや、それ以前に、どうしてもっと構ってやらなかったんだと言わんばかりの目でドルバロムが私を射抜いてくる。


俺はどうやら、ヘイムダル様からもお叱りを受けねばならないようである。

何故だろうかと考えても、今はロキ以外の理由が見当たらないので、おそらくロキに関係することなのだろうと腹を括ってはいた。


「……アーノルド」

「はい」


ヘイムダル様が口を開いた。

ロキの傍に腰かけているのはゼロとアウルムで、その傍にスクルド、フレイたち、ヘイムダル様が腰かけ、反対側、つまり最もロキから遠いところに座っているのが俺であった。


「……もう少し、ロキを自由に生きさせるべきだったとは、思わないか」

「……」


反論の余地なし。

俺は俯くことしかできなかった。


どういうことなのかというと、本来ロキは、もっと早くからこの世界にちゃんと根を下ろしているはずだった。

しかし、彼はこの世界と類似した世界観を知っていた。故に、つい最近までこの世界に足が着いていない状態だったようだ。


その原因になったのはどうやら、俺であったらしい。


それは、俺があまり子供と関わるのが得意ではないことから起きた弊害みたいなもので、普通の子供だったフレイたちは特になんともなくても、転生者で、前世の記憶を持っており、元々精神年齢の高かったロキにとっては、簡単に言ってしまえば、抑圧された状態にあったということだ。


身体の年齢に引っ張られる、ということがなかったわけではなかったが、俺の元へ最も近づいて来なかったのはロキだと断言できる。

仕事が忙しいから、疲れていらっしゃるから、そんな理由をつけて、ロキはきょうだいを笑って俺の元へ連れて来ても、その輪に入ることはなかった。


そのことが、彼をこの世界へ根付かせるのを阻害していたのだという。

親という存在が子供に目を向けているという感覚が薄かった状況。それを作らないためにスクルドはロキを構い倒していたが、ロキにとってスクルドはあくまでも母親で、どちらかというと守るべき対象に入っていたのだろう。たとえ彼女の渾名が脳筋だったとしてもだ。


つまり、俺という父親が関わらなかったがために、彼は前世の記憶に頼りがちになり、勝手に一人で立っていて、そこが薄氷の上だとしても、そこから動けなかったのだ。

これは、ゆゆしき事態であると、ヘイムダル様は言った。


「フォンブラウはどいつもこいつも本当に研究者気質で困る。大体、魔術師の家系ならもっと転生者についての調査をしろ。ロキは仲間と呼べる者たちがいたからよかったものの、普通は単独で来るものだ」


言われてしまってはぐうの音も出ず、俺はただひたすら俯き続ける。

ドルバロムが口を開いた。


「あのさあ、俺が言えた義理ではないんだが」

「何でしょう?」

「ロキがこの世界にちゃんと根を下ろして、まだ1週間しか経ってないんだよね。ちなみに、この世界にもっと早くから根を下ろしていれば、俺はこんな強行突破する気はなかったよ。だって本当なら、成長とともに少しずつ魔力上限は上がっているんだから」


俺はドルバロムを見る。

ドルバロムはいたって真剣な顔で俺に向けて言葉を放ってくる。


「土が無きゃ植物は育たない。生まれてすぐから別の人格に成り代わられていたようなものだよ、本当のロキはもっと幼くてもおかしくないのに、前後で変化がない。危うくはない。そしてその分、きっと彼はもうあなたたちに甘えたりしない」


何かしらの自信の下に断言される。

甘えてはもらえない。

それが、酷く苦しく感じたのはなぜだろうか?


まだ彼は14歳のはずで、成人可能な年齢まではあと1年ある。

しかし俺は思い出す。

15歳になったら、ロキは。

ロキは、フォンブラウの家名を捨てねばならない。


今まで通りフォンブラウにいても問題は何もないだろう。

そもそも、継承権を放棄しますという発表だけで済むはずである。


しかしそれは同時に、ウチで保護している必要もない、ということで、高等部はもしかしたら自分でお金を払って行ってしまうかもしれない。もう戻ってこないかもしれない。

ジグソーパズルという小さな雑貨屋さんは、それなりの繁盛っぷりを見せている。

ロキは、結構な私財を持っていると考えるべきである。


もう、勝手に独り立ちしてしまいそうなほどに。


まだほとんど一緒に食事を摂ってあげられたことも少なくて、それに対して不満を述べるのはいつもフレイやトール。

家族の中でも表情が薄く、尚且つあまり言葉を発さないロキは、何を考えているかよくわからないのだ。


「……もう、甘えては、もらえないな」


俺の中で出た結論を、伝える。ドルバロムは小さくうなずいた。


「彼は、無意識に甘えたり自制したりってのがよくあった。この人には自制しなくてはならない、この人には甘えてもいい、そう無意識に取捨選択をしたうえで甘えていたよ。たまに普通の子でもそういうのがいるけど、たぶんロキは前世からの筋金入りだね。姉だったソルがやたら彼に前世から構っていたような発言が見えるのもそのせいだと思う。もっと、おせっかいなくらい構ってあげていればよかったんだろうね。ロキは少し甘えん坊みたいだから」


手のかからないいい子である、程度の認識しかなかった俺と、ワガママをあまり言わなくて不安だと愚痴をこぼしていたアリア。セトナ・ノクターンだと知っても、やはりアリアはちゃんとメイドの仕事をしていたのだなと思う。


「ああ、それと覚悟しておいて。俺と契約した以上ロキの表情が動くことはもうほとんどないから」

「えっ」

「変化属性って、闇竜の特性にかなり近いんだよ。そのまま呑んじゃったっぽい」


ドルバロムの言葉に俺は蒼褪めたことだろう。

だって今までだってロクにあの子の表情を読み取ってやれなかったのに。


「ソルでも読み取れるか怪しいっスよ。俺は今までの積み重ねがあるからいいですけど、皆さんがこいつの表情を読むってのは、骨が折れますよ」


アウルムの言葉にスクルドが言葉を返す。


「そこは大丈夫よ。『表情筋がお仕事してないわ』って言えばちゃんと説明してくれるもの」

「ロキ兄上は結構笑いますよ? 口元に手を当てちゃいますけど、視線がすっと下に動いたら笑ってます」

「「ちょ、トール、ロキの表情の読み方詳しく!」」


フレイと一緒になって声を上げてしまった。

というかフレイ、お前も表情読めてなかったのか。


「こりゃ心配いらねえか?」

「ソルといいロキといい、こう、必要な時までにはちゃんと間に合わせてくるあたりすごいよね」

「だな」


彼らには前にも似たような経験があったようである。

ヘイムダル様が息を吐いた。


「……アーノルド、もうあと1年半しかない。存分に甘やかしてやるように」

「……はい!」


ヘイムダル様はそっとロキの頭を撫でて立ち上がる。

仕事を片付けるらしい。俺は休んできたので問題ない。

まあ、おそらく本当は義父上のためなのだろうが。


漸くロキに近付くことを許され、俺はロキの隣に座る。銀髪とはこんなにも儚げなものだっただろうか。

恐らくフォンブラウの赤が出たのであろうロキのラズベリルの瞳を思い出し、早くその色が俺たちと見えることを願った。


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