闇竜というもの、ロキというもの
闇竜、というものがある。
この名称、上位世界で使われているリオ達を指す言葉の意訳らしい。
「いる、じゃないんだな」
「俺たちは生命体じゃないですから」
俺に宛がわれてしまったなんぞ豪華な部屋で俺はリオと、いつの間にかやってきていたデルちゃん、アストと再会することになった。
デルちゃんとアストは傭兵の姿、つまり簡素な革鎧を身にまとった姿と全身真っ黒な軽装といったいでたちだった。
デルちゃんにそもそも鎧が必要なのかと問えば、要らんと返ってきて、じゃあなんで着けてんだろうと思い、フリだろうなと結論付けた。
アストの方に関しては恐らくアウルムが俺に何度か見せている身体の金属化の力を持っているのであろうから、心配するだけ無駄である。
「しかし、俺の魔力で相手さんを封印していたとは初耳だったんだが?」
「俺らもついこないだキヴァから聞いたんだぞ。ああ、キヴァって封印属性の精霊な。俺らからすりゃ人間の影響を受けちまったやつらはそういう細々したもんに行くのかと思っちまうようなとこだが」
「封印属性って……いや、変化属性がいるからいいのか……?」
なんだそれと言いたくなってしまう属性の名前が出てきたものだ。
ちなみに、通常下位世界でいう“全属性”というのは、基本四属性と、双極属性の6属性、プラス闘属性やらなんやらの人間の種族が固有で持っている属性の全てをひっくるめた言い方だそうで、実際にはもっと使えない希少な属性が沢山あるのだという。
変化もその1つだとか。ちなみに、俺はロキ経由でその力を持っているが、実際の変化属性の持ち主として現在この世界に最も多大な影響を与えているのはリオだそうである。
つまり、俺は庇護者といっても過言ではない奴と契約を結ぶと。
「リオっていくつ属性あるんだ?」
「んー、大いなる闇、とか混沌、とか言われるからなあ。全部持ってるってのは保証するよ! 俺第二世代だし!」
気を利かせたアウルムが持ってきてくれた軽食で早すぎる朝食を済ませた。
外はまだ薄暗い。
「でも、なんで俺の魔力がまた大量に必要なんだ?」
「お前が生き残るためだ。シオンを切り離すときにも、ラスボス君と戦う時にも、半分――つまり、今お前が持ってる分だけじゃ魔力枯渇を起こす可能性があるからな」
さらっとえげつない事実を突きつけられたぞ今。
「当然だろ、シオンは世界樹の殻の外に出さなきゃならんのだぞ。ああ、ここには世界樹って考え方がねーんだっけか……」
「……俺は転生者だから多少は分かるぞ?」
デルちゃんたちの説明によると、世界は基本的に世界樹によって形成されるからの内側を指しているらしい。
世界のどこかにあるらしいその大樹は、運が良ければ星の上に、運が悪ければ宇宙のかなたにあるらしい。
「ま、俺らの場合、世界が殻を作るよりも先にマナが逃げないような土台があったせいで殻無しの世界なんだがな」
「そのせいで、アウルムみたいに他の世界に行き来しちまうやつがいるんだよ」
本来は門番というのがいて、そいつらによって門は閉ざされているらしいが、その扉のフレームしかないようなものらしい。なるほど、それでは確かにアウルムのようなやつも出てくるかもしれない。
「大体、今回の件は本来俺たちが徹底的に叩かなきゃならん事項だったようでな」
「そうなのか?」
「ああ。なんせ、俺たちの世界に、生身の人間でもいけるってことを知った人間が始めたことだったらしいからな」
上位世界に人間が生身で行くって、相当危険じゃないだろうかとそんな想像をめぐらせた俺に、リオが口を開いた。
「危険ではあるけど、生き残れないわけじゃない。彼らが実際、人間の文明を持ち込んだわけだし」
「そうなのか」
「うん、俺たち竜人族は元々がまあ、図体がでかいからね、物を作るのは得意じゃない。だから、元々持ってる情報網を特化させたり、口がまめるやつは交渉術を身に着けた。それが闇竜。商売事で俺らの右に出る奴はいないね」
竜が商売の話してらあ。
そんなことを思ってしまうが、彼らにとっては暇つぶしらしいので深く考えるだけ無駄なようだ。
「人間の考えに下手に影響受けたのは光竜だな。下手にプライドが高くて敵わん」
「あれは、人間の王侯貴族に光属性の適性が高い子たちが多かったせいだし、光竜にとっては何百年も前の話だからなー」
「ここでの換算だと、数万年単位の話になるぞ」
「……気の長いこって」
こいつらにとって時間ってどんだけ早く過ぎていくものなのだろうか。
お休みーすやあ、おはよーで人間死んでたとかよくありそうだな。
「ま、それはいいとして。ロキはそいつを止めようとしたんだよ。その時に魔力を半分も使ってしまった」
「そして今まで来てるってことか」
「ああ」
「ちなみに、その俺の末路は?」
「孫と曾孫に囲まれて死んでったけど?」
「待て、相手は誰だったんだ」
「お前の精神状態を保つためには聞かない方がいい」
「つまりそっちに行ったってことかああああ!!」
俺は女だったんですね!?
この野郎!!
「まあ、そこで成功したからその後もずっと女だったんだろうけどな」
「でも、魔力が減った途端、ロキは上手くそいつを阻めなくなっちまった。だろ、アウルム?」
「そっスね」
アウルムはずっと黙っていたが話を振られて小さくうなずいた。
「……アウルムの今までの言動、何となく理解できたぞ。要するに、お前的には、俺が幼少期から男子として生きているこの状況がお初で、これに懸けようと思った。この理解でいいか?」
「ああ、概ね合ってるぜ。魔物たちがどんだけ変わろうとしても、ヤロウが関わったお前の結末は凄惨なもんだ。そりゃ、ソルたちの魔物にまで伝播するわ」
とにかくこの惨劇を止めるにはここしかないらしい。
「そして、魔力の底上げが必要なもう1つの理由だが、大体分かるんじゃないか?」
「ああ、術者が死ぬと封印自体が解けるパターンだろ?」
「正解。今までのお前が死んでも無事だったのはその魂に術式を刻んであったから。ちなみに、そんなもんは今回の転生直前に相手さんによって削られております」
「今さらっと重大な情報を口にしたな?」
どうやら、俺の魂そのものが術式に関わっているらしく、俺が死ねば、その魂を捕まえて砕き、そうすれば封印は完全に解けるとのこと。
「ちなみに、解けたらどうなる?」
「この世界が枯れるだろうな」
「なんで俺どっかのチート主人公みたいなことになってんの?」
「あー、お前ら今称号わかんないんだっけか」
一気に情報を詰め込まれているが構わない。
俺たちには称号とかスキルとかがちゃんと存在しているらしい、ということは分かっている。今ではもう精度もまちまちらしいが。
「そうだな、お前はめちゃくちゃスキルと称号を持っているから、今回の件に関わるとこだけ言うぞ」
「ああ」
「称号は『破壊神の御子』『謀神の御子』『世界の寵児』『精霊の愛し子』『世界の支者』だな」
「チートだな」
「ゲームのロキとナナシの投げスペック思い出せ。ゲームだからあんな中途半端だが、単身で将軍に上り詰めるようなやつがその辺の将軍と同じタマかよ」
デルちゃん意外と俗っぽいとこから切り込んでくるなあと思いつつ、もうだいぶ薄れてしまった記憶を手繰り寄せる。そういや、詠唱破棄とかえげつないことめっちゃしてたな?
「スキルは『神々の寵愛』――これ俺らのせいだな。『破壊神の加護』――これは後で説明するわ。『世界の寵愛』、『闇竜の加護』、『封印精霊の加護』、『金属精霊の加護』――お前のせいだぞ、アウルム。あとは……『状態・精神状態異常無効』、『精神攻撃無効』、『転身の受け皿』」
「えげつねえスキルの山だな」
「漠然とした内容しか伝わってこない……」
名前から判断できないモノばかりで困るのだが?
あと、闇竜の加護は十中八九リオのせいだろう。
「ちょっと感想言わせろ」
「おう」
「『精神攻撃無効』ってなんだよ俺でも習得に人生5回くらい使ったんですけど? しかもカンストしてんぞ、これお前絶対最初の転生から持ってたな」
「数値あるんだ」
「10でカンストです」
表記を決めたのはどこのどいつだ。
それは置いておくとして、加護が羅列されたのが非常に気になるぞ。
「加護がめっちゃ並んだな」
「『神々の加護』は、上位精霊がこんだけ周りに出てくりゃ自然とつくわな。『世界の寵愛』は前の称号と併せて考えりゃ大体分かると思うが、この世界はお前を頼りにしつつお前を守ろうとしている。だからお前が倒れたらこの世界が倒れてしまうわけだ」
また話の規模がでかいが、ラノベなんかで読んでいた主人公らはこんなことに巻き込まれる奴らばっかりだったな。アイツらすげえわ。
「だからこそ、俺は戦場に出ちゃいけないわけだな?」
「そういうことだ。特に今回、今までで一番封印が弱まってる状態だ。お前らがここに生まれる直前に俺たちが一撃叩き込んでるから、わざと人間になって出てくる可能性もある。そっちも気を付けておけよ」
「ああ」
「――で、『封印精霊の加護』は、さっきも言ったがキヴァってやつの加護だな。大丈夫だ安心しろ一度掛けてしまえばドルバロムより弱い奴は皆封じられちまうから」
「ドルバロムの親父さんってドルバロムより弱いんだ?」
「俺たちの事情は関係ないよー?」
なんつった今。
え?
ここはスルーしろ?
「『金属精霊の加護』はアウルムたちのせいだ、ってさっき言ったな」
「ああ」
「『転身の受け皿』ってのは、変身魔法の上位版をお前が行使できるようになったとき、それをちゃんと身に着けるための植木鉢的な場所だな」
「それ、魔術の適性みたいなもんか?」
「いや、魔法の適性って言った方が近い。受け皿がない者はどんなに鍛錬しようが身につかない」
デルちゃんは、人間は容量が少なくて大変だねえと言った。つまり、容量があるから持っている、というものであるらしい。魔力量に比例するのだとアウルムが耳打ちしてくれた。
「んじゃ、最後に『破壊神の加護』なんだが……」
デルちゃんは窓の外を見上げた。
「俺、単独で破壊神やってるわけじゃないんだよ。俺の対の創造神がいて、俺とそいつと同じ仕事をしているのがもう1組いる。どちらの組からも加護を貰えなけりゃ、スキルとしては出ないんだが」
「……スピカが動いた?」
「あいつの性格考えりゃ、ありえなさ過ぎて笑えないんだよ」
どうやら、ここで現れるスキルというのは、上位の神からのものが重なると上書きされてしまうらしい。しかも、その時はちゃんと名前が出るのだとか。
要は、本来は『シヴァの加護』と『ロキの加護』が出るところを、その上位であるデスカルとスピカというらしい破壊神の加護が掛かったことで『破壊神の加護』にランクアップし、上位も甚だしいリオ達――彼らは基本あまり精神的にきっちり分かれているわけではないらしい――の加護が掛かったことで『闇竜の加護』にランクアップしたということである。
「しかし、スピカが動いたってことは、もしかしてあんま良くない状況?」
「ヤロウの根源がどこから来てるか調べないとだめっスね」
「いやー、十中八九媒体はアレだな……」
俺のあずかり知らぬ事情があるようだが、もうそこまで話の規模が大きくなってしまえば俺には何もできない。
「内通者の線洗ってみるか?」
「だな。ロキ、お前の方にもしもだが、ルイとかスピカとかいうやつらが現れたら、そいつらが俺らのもう1組の方だ。ルイは可愛く表してじゃじゃ馬、スピカは苦労人ってとこだな。アウルムにも加護懸けたようなやつらだ、世界を揺るがすことには結構敏感だし仕事も確かだ、じゃなきゃ創造神と破壊神なんてやってない」
デルちゃんはそう言って、人相書きを見せてくれた。
まあ、ルイは青い髪と金色の瞳の少女、スピカは黒髪黒目の少年と言った風貌のようである。スピカ、男なんだ……。
「と、言うことで。俺たちはもうちょいしたら一旦出てくる。鍛錬、頑張れよ」
「ああ。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
俺は窓を開け放ってデルちゃんとアストが姿を消すのを見送った。
そして、動き易い服――あまり褒められたものではないけれど、シャツとハーフパンツは非常に動きやすいのである――に着替えると、本日の鍛錬を開始した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。